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 1 ・二千十四年五月中旬(4)


 思えば、この「革命について」の話は、恵理紗が論理的に順序立てて物事を考えて言語化した珍しい例の一つだった。

 誤解を恐れて言うのなら、恵理紗は別段政治的な人間じゃない。右でも左でもアカでも青でもレインボーでもなんでもない。チェ・ゲバラの後継者でもカストロの子孫でもKKKでもない。政治問題についてとりあえず語ることで自分にキャラ付けしてるような子供でもなかった。たまたま授業の課題でそういうテーマを取り扱ったというだけだった。人並みはずれた覚悟は持っているものの、少女らしいかわいらしさだって持ち合わせている。むしろそうした特殊な話に関係する特徴のほうが、イレギュラーだと言ってもいい。

 革命について語ったのと同じくらい、別の事柄についても彼女と僕は色々話し合った。小説について。映画について。漫画について。絵画について。深夜アニメについて。ゲームソフトについて。服について。バッグについて。

 そんな種々の話の中で、彼女に関して気づいた大きなことが一つある。

 どうも彼女は――藤沢恵理紗は、何と言うべきか、「直感」のようなものが恐ろしく優れた人間であるということで――そしてそれゆえにちょっとした苦労も抱え込んでいる少女なのだということだ。

 一番分かりやすい例は、数学だった。

 授業中教師に指名された時の返答や、定期テストの解答欄に、彼女の特性は見事に現れた。

 複雑な図形や関数の問題を、ほとんど途中式や補助線やその他諸々の工程無しに、回答しあまつさえほとんど正答していたのだ。

 おそらく小学時代は見逃されてきたのだろう。だが中学レベルの数学の、それも比較的複雑な問題で、答えだけがぽつりと解答欄に書かれているのは端から見れば少しばかり異様である。

 当然カンニングその他の不正が疑われたのだが、何の証拠も挙がらず、また恵理紗自身元々素行も成績も良い生徒であったため、特に深刻な事態にまでは至らなかった。

「どうしてか、分かるの」

 数学の答えも友人が彼氏と喧嘩別れすることも、夕方の天気も駅前の小さな本屋がつぶれるだろうことも。恵理紗はそう言って、見抜いた。

 彼女と友人になって後、僕は彼女のそうした直感が――ほとんど予言めいているといっていいようなことを時に言い出しかねないその直感が、単なるあてずっぽうでないことを知ることになった。

 出来のいい推理小説を貸すと、大抵恵理紗はすぐに犯人やトリックや動機、物語の結末まで見抜いたりした。あまり読者に情報が提示されていないはずの序盤部分で『読み切った』ことさえ、何度かあった。

 あの教師には近づかないほうが良いと言われた半年後、ほとんど前触れなくそいつは生徒に対する恫喝や暴力で校舎から消えた。大いに盛り上がった文化祭後の打ち上げで二次会への参加に渋い顔をしたと思ったら、本当に信じ難いくらい盛り下がった二次会となった。普通十数分かけて解く方程式を十数秒で回答した。歴史の授業で、どの教科書や参考テキストにも載っていない部分の史実を予測し、的中させた。数時間後に起こる生徒同士の喧嘩を予測し、学校最寄のコンビニとカフェの廃業を予測し、担任が疲労で倒れることを予測し、午後のゲリラ豪雨を予測した。それら全ての予測が、当たりに当たった。

 彼女のそうした「規格外の勘のよさ」は多くの人間にとっては、「ちょっとあの子直感的ですごいよね」という程度のものだった。恵理紗は友人に率先して『予言』するようなことはしなかったからだ。

 けれど、僕は彼女と親しくなり、交流を重ねるうちにその異様さに気がついた。

 誰でも、ある程度の情報を得られれば答えられるし未来を予測できる。考えてたどり着くことが出来る。一つのリンゴと一つのリンゴが合わさったら何個のリンゴになるかな? と問われれば、二つになると即座に「分かる」。訓練によって慣れが身につけば、九九を即座に暗算できるし、算盤やフラッシュ暗算などに長ける人間は、論理的に一つずつ計算することなく大きな数の加減乗除を短時間で行える。

 だが、恵理紗のそれはそんなレベルではなかった。他人をぼうっと眺めていたと思ったら、次の瞬間にはそいつが半年後くらいに暴力事件を起こして辞職することを見抜いている。

 考え事が早いだの、訓練だの、慣れだの、そんなものがひどく馬鹿馬鹿しくなる、跳躍的回答。だからこそ皆それを『直感的』と呼ぶ。

 直感なるものを定義するのは難しい。脳構造における思考や直感というものは恐ろしく難解で、科学的解明は未だ成されていない。だから彼女の「直感的回答」なるもののプロセスを説明できる人はいないし、彼女に限らず人が『直感』と言うとき、その言葉の意味にはあいまいさが多分に含まれる。

 一方で、物事にはいつも例外がある。僕は、彼女と親しくなり、その傍で何度も彼女の「直感」を目の当たりにした。結果気づいたことがある。それは、彼女の「直感」は、おそらく僕ら普通の人間の「考え方や理解の仕方」の延長上にあるものだということ。ただ、ちょっと変わっていて、普通の人同士でも人によって一つずつ理解するか一足跳びに理解できるかに差があるように、彼女は百足跳びに理解するのだと言うこと。

 ――そして、『自分がどうして理解できたか理解できない』のだということ。

 あまりに早く、あまりに過程を圧縮し高速で飲み込み彼方の答えまで進む。そのせいで、「過程」の理解があまり成されないまま、到着地点である「答え」が分かってしまう。僕は何度も、そんな恵理紗を見てきていた。はっきりとした答えを出しておきながら、戸惑う彼女に。

 まあ、それはともかく。

 藤沢恵理紗には、『物事の行き着く先』が、見える。人よりずっと早く、明瞭に。

 だから、僕は彼女の虜となった。

 僕に見えないものの全てが、そこにあったから。



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