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   Ⅴ ナビゲーター(2)


 この世の始まりと終わりについて、人は遥か昔から考え、豊かで時にふざけたとしか思えないような想像力でそれを思い描いてきた。ただ何も『ない』混沌が原初に存在し、何らかのきっかけでそれが揺らぎ、何かが生まれ、様々な意味が創造される――そんな類型に則った創世神話は世界各地に見られる。

 我らが可能性宇宙は、もしかすれば、そうした原初的混沌、無変化状態へと消えようとしているのかもしれなかった。

 分かったのは、確かに可能性宇宙の数が減ってきているということ。

 物理宇宙の拡大の速度と可能性宇宙の減少の速度がきっかり対応しているということ。

 その速度が、徐々に加速してきているということ。

 そして――可能性宇宙の収縮には、一つの中心、特異点が存在するということ。

 俺は概念視覚を、ある一つの宇宙に合わせる。焦点を絞り、はっきりと世界を見る。

 一度宇宙全域を阿呆な勘違いから論理的混沌に落とし、物理的にも崩壊させ、中世ファンタジー的世界として再建させたようなキワモノの宇宙からすれば、俺が今目を向ける宇宙は、平凡と言って良い代物かもしれなかった。

 陰惨且つ疲れ知らずな腐った歴史の延長上にある二十一世紀初頭。大きなテロが頻発し、世界中が怠惰な経済行為とその裏返しの民族紛争に満ちた、しかしどこかのんびりとしてそれ故に静かな失意が充溢している地球人類社会。

 いつか崩れる、いつまでもこんな脳天気が続くわけもないと思いながら、しかし目の前の営業成績以外のことをさして気にも留めないサラリーマン。社会の行く末なんてものに関して、大人世代の唱える耳当たりのいい進歩史観的希望的文言を一つも信じず、その反動として日々刹那的な狂騒に笑う子供たち。血まみれの経済社会の上に君臨するネズミの国で、夢のような国だと空っぽの笑みを浮かべるいい年をした無数の人々。

 ライトノベルロイドもドラグーンも若きウェルテルの悩みも連鎖する核テロもない、穏やかで、じっくりと柔らかな諦観で首を絞められていく世界。

 そして当然、そこにも俺がいた。

 瑞穂有理。特段過酷な使命も特別な命運も背負ってはいない、凡庸な高校二年生。

 同学年の藤沢恵理紗に想いを寄せる純情素朴(大嘘だ)な少年。

 そいつこそが、特異点だった。

 俺は頭を抱える。いやいや、なんでだよバカヤロー、と誰に対してか気の抜けた罵声を呟く。

 可能性宇宙の収縮を観察・解析してみると、その収束はある一点に向かって進行していることが判明した。一点だとか収束だとか言うのはあくまで可能性宇宙の群を擬似的に物理空間的表現になぞらえた一種の比喩的言い回しだが、まあそんなことはどうでもよろしい。

 収縮の中心、最後の最後に残るであろう宇宙を先読みし計算してみると、それがかの宇宙であることが分かったのだ。

 時空構造の解析に詳しい俺のいるような宇宙でもなければ、何か特別尖ったところのある宇宙でもない。どうしてそこなのかと聞かれれば、不機嫌な顔でも作って黙するより他にない。

 一月の調査・解析の後に、研究グループの一部はあまりの不安に倒れこんだりトイレに立ったまま失踪して辺境惑星の農家に嫁いだりした。

 まあ、分からないでもなかった。

 何せ、可能性宇宙の収縮が確実であると判明した上に、その収縮が『最後』まで止まらず継続するということまで分かったのだ。

 端的に言えば、多分世界は滅ぶ。

 最後の一つの宇宙が残るまで可能性は収縮する。その過程で、俺の宇宙も俺2の宇宙も俺334の宇宙も、あなたの宇宙も彼らの宇宙も何もかも消える。

 それから、どうなるのか。

 グループは当然、核となる宇宙についても調べまわった。特異点となる、瑞穂有理についても。

 彼は、最初から特異点だった。『ユーリ』という存在が『エリサ』という存在と上手くいく可能性が欠けていたのは、その副次的効果らしい。

 可能性世界が無限にいつまでも存続するのでなく、いつか収縮し滅ぶならば、そのための『楔』のようなものが必要になる。無限個の宇宙は、無限個であるが故に滅ばない。滅ぶためには、数が最初から有限でなくてはならない。

 恐らく、見逃されていただけで、細かな「欠け」は色々とあったのかもしれない。もっとも目立つのが、俺――『ユーリ』だったというだけで。

 いくら分岐しようと、そこだけは増えない。絶対的空白。滅びのための楔。契機となる虚ろ。

 かくして、『無限』という属性を制限された宇宙は、「滅べる」ことになる。

 なぜ「ユーリ」が「楔」であるかは、分からない。知らん、そんなもん。いっくら調べても、頭がおかしくなるばかりで判然としない。

 恐らく――これは非常に個人的主観に基づいた直感的且つあやふやさ満点の推論だが、楔なんてものは、何でも良かったのかもしれない。宇宙に可能性の偏りを、空白をもたらすものとして、「何か」があれば何でも。

 たまたまいつの時代だかに人間にそれが宿り、俺に宿ったというだけなのかもしれない。

 そういう完璧な偶然だとしたら、まあ無数の「俺たち」のご不幸には痛み入りますと言うしかない。勝手な宇宙の勝手な機構で、やたらめったら多くの独り身が、一億だかは軽くいるであろう独り身の俺が、枕を涙でぬらしたであろう。可愛そうに。

 さて。それで、宇宙が収縮し、最後の一つになったあと、どうなるか。

 これは、グループ内でも意見が分かれた。最後の宇宙もなくなり、あわせてその可能性宇宙の物理側面も混沌に落ちるだとか、直ちに熱的死を迎えるだとか、色々と話は出たが、統一には至らなかった。

 色々と悲観的な意見が出る中、かろうじて希望的と言えなくもない意見も、あった。

 「創世」についての話が古くからあるなら、「終末」に関する話も無数に存在する。

 そしてそうした話には、寿司とガリのように、つき物というやつがある。紅茶にクッキー、夏の女子高生に白シャツ下着透け、バン●イにガ●プラ、猫に小判(これは意味が違う)……終末には、再生だ。

 収縮しきった可能性宇宙。膨張しきった物理宇宙。その先に、何があるのか。

 かの宇宙の「俺」が楔となるならば、そこで俺は、どうすべきなのか。

 一つ、どうにもくだらない、しかし無視できない仮説が立てられた。

 もし、終末が再生に転じ、よくある神話のように世界が『繰り返す』としたならば。

 そのためにどうしたらいいのか。

 収縮する可能性世界。その中心に、瑞穂有理という男がいて、彼は可能性世界で最も大きく、中心にある、「欠けた可能性」を抱えている。

 彼がもし、最終的局面で、その欠けを埋めることが出来たなら。

 収縮の中心核としての可能性的空白が、反転して存在することとなったら。

 凄まじい勢いで収縮していた可能性世界は、燦然と輝く『可能性』にぶつかり――ぶつかったものは、弾け、飛び散り、えらいことになる。可能性的原子核融合爆発。可能性的超新星爆発。可能性的――ビッグバン。

 もうここまでくると、ほとんどというか完全にポエジーだと言ってもいいとは思う。研究者の考えることでも凡庸な大人の考えることでもない。御伽噺みたいなものだ。

 研究グループは今や、飲めや歌えやの大騒ぎだ。忙しかった反動もあるのだろう、わざわざレトロな有機身体を取り出してきて腹芸までやっている奴もいる。

 まあ、しかたない。数々の計算は、勿論俺たちの宇宙がいつ消えるかも弾き出してしまったのだ。そういうわけで、俺はもうすぐいなくなる。恵理紗が消えたときに既に死んでいたようなものだから、まあそれ自体はさしてどうということもない。

 ただ、ちょっとどうかと思うのは、この宇宙の命運を最後の最後に託されるのが、あのいっとうぼやけた頭をした高校生の俺だということだ。

 俺はこれまでの成果の全て――膨大な研究成果を、生の人間が受け取ってもパンクして顔中から血を吹いて死んだりしないよう分かりやすくシンプルにコンパクトにまとめ(そのせいで情報量は元々のものと比べると銀河と埼玉県くらい異なる大きさになったが)、送信した。

 多宇宙進行コードに則って、情報は、最後の最後、終わりの時の直前には、何とか奴に届くだろう。ここまでやってきたことの続く先、最後のまとめが、こんなしょぼいことになるとは、なんだか脱力である。

 チャンスは一度だ。最後の宇宙まで消えるとすれば、その直前までが刻限となる。可能性宇宙全体が消えるという最中での話しだから、これまでのように「こっちの宇宙の俺が失敗したから今度はこっちに賭けてみよう」という話にはならない。

 俺は、病院のベッドに横たわる、若々しくどこかとぼけた、瑞穂有理を見やる。

 ソフィアもまた、情報を送信しただろう。彼女の場合は俺よりまだマシで、他世界のソフィアと意識共有しているから、この宇宙が無くなろうが擬似的に生き延びることが出来る。共有意識体でなくなればソフィアはソフィアとしての性能を落とすだろうが、彼女は他宇宙の自分を大抵いつも改造しているから、スタンドアローンでもそれなりにやっていけるはずだ。つまり、あの演劇部はいきなり部員、それもメインキャストが抜けるという悲劇に遭わなくて済む。

 さてさて。俺に出来ることは大体全部、終わりだ。

 俺は概念視界を一杯まで引いて、視覚を広く取る。

 人の想像力を遥かに超える数の宇宙が目に入った。そしてそれらが、次々に消えていく。

 俺やソフィアが協力して介入した世界も、どんどんなくなる。数々のエリサとユーリが消えていく。結ばれないまま。独り身の俺が消えていく。

 そして、消失の波が、とうとう我らが宇宙にも達する。

 文字通りの消失となるわけだ。天国も地獄もない。天国も地獄も、全部今ここにあると言い換えてもいい。

「いやはや、ほんとさ」

 俺はぼやく。自分の最後に。宇宙の最後に。

「頑張ってくれよ、有理。お前にかかってんだ。お前のヘタレのせいで、宇宙が滅ぶが再生するか、決まるかも知れないんだぞ――瑞穂有理!」

 びしっと言って、それから俺はへらへらと笑った。誰かに託して自分は先に消えるってのは、とんでもなく楽ちんなものだ。悪くない。

 視界がぶれる。概念視界が、ありえない虚無的な闇に一気に塗りつぶされる。

 さよなら、と声に出したつもりが、いつの間にか自己身体の感覚が消えていた。音も声も同時に消えていく。概念自体が根底から失われていく。

 さよなら。もう一度俺は言った。声の有無はもういい。関係ない。

 瑞穂有理、お前が最後だ、ざまあみろ!


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