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   Ⅴ ナビゲーター

 

   Ⅴ ナビゲーター


 『俺』は可能性的観測椅子から身を起こして、可能性的複思考材の全てから自分を切り離した。

 失敗回数は既に五桁代も中盤に上ろうとしていた。意識をコピーしまくり同時に走らせ様々な宇宙を検索し、そこに住む糞馬鹿野郎――有理・悠里・有利・ユーリ・ジョルジュ・シュルデ・ユルゲン・ユルギス・ゲオルグ・URI32型・etc……――に干渉し、手助けし、偶に怒りに任せて罵声を浴びせつつ、飽きるほどに狂いかけるほどに『奴ら』の恋愛成就を支援してきた。

 そして現在まで、ただの一度も成功していない。どこのどんな宇宙でも、彼は(俺的な者達は)、恵理紗と――エリサ・エルザ・イライザ・エリーズ・その他大勢と、結婚にすら至らない。深い恋仲にすら至らない。

 運命、という言葉が俺の可能性的自己スペースの可能性的中空に可能性的に浮かび上がる。多宇宙の可能性資源をぶんどり引っ張ってきて作り上げた多重可能性リソース利用スペースは、通常の資源によって作られるあらゆるコンピューターを凌駕する性能を持つが、ひどく複雑で分かりづらい。適応するのは大変だ。

 運命――馬鹿馬鹿しく古めかしい言葉。地球の人類史において生れ落ち、科学技術と進歩史観の影響でなりを潜めたかと思えば、不況の度に再生する厄介なやつ。

 俺の住む宇宙は、時空構造の解析において多大な成功を早くから収めた宇宙であり、多宇宙構造、可能性宇宙の分岐構造に気がつき一部を利用することすら可能とした宇宙だった。

 だから、自分の宇宙単体で考える限り、「運命」という言葉の影響力はものすごく小さい。宇宙は分岐する。あらゆる要素によって――勿論人間の意志によっても、というのが、定説というか常識だからだ。

 だが、『無限の可能性』に沸く人々のケツに蹴りを入れて仰天させたのが、それまでの可能性宇宙論をひっくり返すような存在――『存在しないはずの、存在しない可能性』だったわけだ。

 ややっこしい。つまりは、俺のことだ。俺と恵理紗のことだ。

 あらゆる可能性が存在する。あらゆる可能性に分岐する。可能性宇宙は無限に存在する。

 それが、長らく常識だった。地球は丸い、というのと同じくらいに。

 だが数年前、俺や恵理紗やソフィアといった研究グループが面白半分に自分自身の多宇宙での生活を覗き見しようと考えたとき、そんな常識はどんがらぐっしゃり、潰れ崩れた。

 ソフィアはいい。彼女は無数の宇宙の中にあらゆる自分を見つけた。だが俺と恵理紗のほうは悲惨なものだった。

 互いに意識しあいつつ接近する、そんな一番桃色ロマンチックな時期だったのだ。別宇宙に自分たち二人が仲良くキャッキャしているようなものを見つけたならば、それをきっかけに関係が進むと期待していた。

 んが、見つかったのは、『見つからない』という事実だった。俺と恵理紗に関するあらゆる宇宙があるはずだった。友人止まりの宇宙。恋仲になった宇宙。破局した宇宙。結婚した宇宙。離婚した宇宙。よりを戻した宇宙……。

 実際にはどこにも、俺と恵理紗が「上手くいった」宇宙だけは、見つからなかった。具体的に言えば、「非常に深い恋人関係」以上の俺たちは見つからなかったのだ。

 それが分かったときの、俺と恵理紗の間に流れた微妙な、微妙すぎる残念な空気をちょっと想像してみてほしい。初々しい中学生のカップルが動物園で大っぴらなライオンの交尾を目撃した場合のほうが、まだマシだろう。

 しかし、俺と恵理紗はくじけなかった。世間がこの発見に「可能性宇宙観測グループの男女、お互いの相性の可能性天文学的規模の悪さを知る」などという見出しをつけて面白おかしく騒ぐ中、俺も恵理紗もメリケンサックや釘バットを手に記者どもに天誅を下す欲をぐっとこらえて、研究を続けた。

 本当にそんな宇宙が存在しないのか。存在しないとすれば、それでどうなるというのか。

 あるいは、人為的に、他宇宙に干渉して、『存在するはずの可能性』を導くことは可能か。

 調べに調べた。考えに考えた。複思考材が相当な量消費され、揺らぎの中に消えた。

 分かったことは、いくつかあった。

 一つ。どうやら本当に、俺と恵理紗が上手く行く宇宙は自然には存在していないということ。これは現在までにおびただしい数の宇宙を調べた結果としてであり、百パーセントの話ではないが。それでも、相当に高い確率で当たっているであろうと思われる。

 二つ。本当に俺と恵理紗に関する宇宙に『欠け』があるとしたら、どうなるか。これは、大いに背筋を冷やす結果を導くこととなった。

 何せ可能性宇宙論に関する話は複雑を超えて複雑で、専門家同士でも非言語的直覚会話でなければ十分お互いの話を理解できないほどで……だからまあ、ものすごく簡単に表現することになるが。

 言ってしまえば、可能性宇宙全体が滅ぶかもしれないということだ。

 中学生の書き散らした終末ものの落書き小説じゃあるまいし、滅ぶってアホか、と俺も最初は思ったが、次第にこれが本気の話だと誰もが納得するようになった。

 可能性には、流れがある。通常、それは均等に、全ての方向に伸びれるだけ伸びようとする。原則として隙間を許さず、意図的にある可能性だけを助長させたり抑え込んだりしようとしても、それはひどく難しい。『可能性の空きスペース』を、可能性そのものは許さないのだ。

 勿論可能性の分岐速度にも限界はあるとされているが、それは最小時間単位レベルであり、しかもその時間ごとに分岐して増える『量』に制限はないのだ。

 計算上の話だが、もし仮に『空き』が存在した場合、可能性は凄まじい勢いでそれを埋めようと走る。イメージとしては、海の中に沈んだ車を思い浮かべてもらえばいい。中のドライバーがあわてて窓を割ると、とんでもない勢いで水が流れ込んでくる。

 可能性もそれに近い。ただ一つ特殊なのは、その『勢い』――非物理的概念的なエネルギーだが――が一定以上になると、既に存在する可能性も何もかもを勢いに任せて引きずり込み、凝集させるようにして一点に集まってしまうということだ。

 先の例えで言えば、通常の物理法則にありえないほどの勢いで海水が流れ込み、車内を満たしてもそれは止まらず、とうとう地球上の海の水全てが一つの車の中に押し込まれてしまう、といったような話だ。

 可能性的ビッグクランチ。

 全ての可能性が『特異点』に凝縮し、ゼロかそれに最も近い可能性を残して消失する。

 「存在しない可能性」という、あるはずのない空白地点が、周囲の可能性を呼び込み引きずり込み、可能性宇宙全体を無化する。

 未だにそうなっていない理由は不明だが、もしかすれば空白地点の規模が問題なのかもしれない。一定以上の「深い関係になれなかったゆーりとえりさ」が存在した時点で、一気に可能性宇宙は崩壊するのかもしれない。

 ことここにきて、話は一般市民にとっても恋愛ごとの笑い話ではなくなった。一部の学生が不安だと騒ぎ、ある国はこの推測結果に無理な論拠で異を唱え、またある集団はこれぞわれらが最悪超絶望破壊神セカイケーイ様の予言そのものだと熱狂した。

 俺やソフィアは、破局を回避するがために、他宇宙への干渉をメインに、様々な方法を試し、まだまだ謎の多い可能性宇宙論を完成に近づけようとした。別宇宙に探査ドローンを様々な手段で撒き散らし、物理宇宙・可能性宇宙の両側面から複数宇宙の立体観測を実行した。

 何せ他世界への干渉は非常に難しく複雑怪奇な手段を必要とする技で、大いに手間取りはしたものの、俺たちは研究を大きな歩幅で進めている。


 ちなみに、蛇足ではあるが、恵理紗は他世界への干渉方法の確立に関する何度目かの実験で、この宇宙から蒸発した。別宇宙に意識や情報を繋ぐ方法の模索の中で、自己を別宇宙に不用意に同期させすぎたのだ。気がついたときには彼女は、完膚なきまでにロストされていた。ソフィアは彼女の後を引き継いだ。別宇宙の自分に意識を同期させる手段を完成させ安定的な運用に成功した。



   *


 そして俺は可能性の音に触れた――などというわけではないのだが。

 久しぶりに意識をシンプルな個に戻して眠りについている最中に、アラームによって叩き起こされた直後は、そんな気分だった。

 呻き、混乱しながら身を起こし、観測椅子に這い上がる。観測ルーム全体に概念的多重情報像が投影され、しっちゃかめっちゃかになっていた。

 個人の生の視界や言語能では全く意味不明であるため、すぐに自己を平行して何十本か駆動させる。複思考資源に自己を連結する。

 途端に、感覚が多重化され、それを容易に処理するだけの明晰さが意識に宿る。

 多量のデータが収集され、自動整理されていた。無数の宇宙に放った観測機器が集めた情報が山と積まれている。

 長い時間をかけて集めた情報だった。他世界への干渉の難しさを回避するために、別の『自分』にまで手伝わせた。

 待ち望んでいたデータの第一弾、というわけだ。

 俺は片っ端から解析し処理していった。

 結果として、俺は、間の抜けた声を上げることになった。

「なんだ、これ?」

 物理宇宙と、可能性宇宙に関して、一つの宇宙からだけでなく、複数の宇宙から立体的に観測した、宇宙の姿。その変化の推移。

 それが、俺の思考域一杯に広がっていた。

 可能性宇宙の変化。その増大のペースが、俺の擬似的仮想的な両目を釘付けにしていた。

「広がって、ない」

 最小時間毎に、無限的に増大し続ける可能性宇宙。その数は膨大というのも馬鹿馬鹿しいほどに膨大で、大体の規模や数を推測するだけでも、凄まじい困難さがそれを邪魔する。理論的に、あるいはミクロな範囲では既に実証されている上に、実際宇宙の数はやたらめったら多く観測されているから、「宇宙は無限個に分岐し続けている」という説は正解だとされている。

 今回、苦労して行った観測によって、理論だけでなく、マクロな範囲で――実際に、宇宙の数の莫大さが確認されることになっていた。

 が――結果は予測を大きく裏切っていた。

 可能性宇宙の増大ペースが、予想よりも少なかったのだ。いや、少ないなどと半端な表現で済むものではない。むしろ、これは――

「減ってるじゃねーかよ……」

 無数に分岐する宇宙。分岐、するはずの、宇宙。

 だが、伸びるはずの枝の先が、見えない。そんな枝が、これまた無数に存在している。

「まてまて、ちょっとまて……」

 さすがに狼狽する。

 これまでに観測されていた、「存在しない可能性」は、『ユーリとエリサの上手くいく宇宙』のみだった。それだけでも大変なことだったのだ。

 それが、減っている? 全ての可能性を含むはずの可能性宇宙群において、『減る』というのは、可能性の「欠け」を表すことに他ならない。

 ぞっとする。これが、どういうことなのか。多重化され強化されたはずの思考が、かくつく。躓く。動きを一瞬止める。

 更に違和感を覚えて、俺は今度は物理宇宙の観測結果を確認する。すると、こちらでも異様な点を見つけてしまう。

 インフレーション、ビッグバン以来拡大を続けてきた物理宇宙。こちらは、その拡大がいつの間にか縮小に変わっているなどということは起きていなかった。

 が、しかし、その拡大のペースが、無視できないほど不自然に、「加速」していた。

 加速する物理宇宙の膨張。減速し反転し、その数を減らし規模を縮小させる可能性宇宙。

 一つ、馬鹿げた直感に従って、俺は可能性宇宙と物理宇宙、二種類のデータを重ねる。

単純な立体構造では全く足りず十一次元以上にまで概念的思索軸を増やして情報を重ね、比較し、互いに照応させる。

 そんな作業の間も、一度閃いた直感は少しも萎えず、むしろ輝きを増していった。

 表れた処理結果に、俺は思わず喉の奥から温い息を漏らす。

 物理宇宙の拡大ペースと、可能性宇宙の数の減少ペースは、一定の割合で対応していた。可能性宇宙が減るのが速くなればなるほど、それに対応して物理宇宙の膨張もまた早まっている。

 慌てて俺は、自分の思考ベースをソフィアを含む他の研究員に繋いだ。

 短い協議の後で、皆が皆、全ての可能性資源をつぎ込んで、この問題に取り組み始めた。

 目も眩むような驚異的な処理が、それから一ヶ月近く、休みなしで行われた。

 

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