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   Ⅱ セントラ暦二百九十三年 白梯子の月 


 セントラ暦二百九十三年 白梯子の月


 浮遊感だけがあった。

 ユルゲンは重力操作で前方に跳躍しつつ、その勢いに乗せて右手に握るロングソードを振るった。反応の遅れた教会騎士の胴をプレートごと切り裂き、絶命させる。短く刈った髪、精悍な顔つき、意志の強い瞳――彼の全てが、戦いに染まっていた。

 横合いから打ちかかってきた別の騎士に、左手を向ける。秘術によって空間を瞬間的に捻じ曲げ、振り落とされた刃を弾く。体勢を崩した隙にそのまま左腕を突き込み、首元を殴りつける。喉からくぐもった悲鳴を漏らし倒れこむ身体に、刃を突き刺す。

 引き抜いた剣を一振りして、周囲の敵を牽制する。最早どこもかしこも敵だらけだった。戦闘を予見し築いておいた防衛線も今は虚しい。全て破られ、後退し続け、いまや守るべき者たちはすぐ傍にいる。後がない状況だった。

「混沌騎士団の力を示せ! 相手は仇敵だ、何としてでも屠れ!」

 誰かがそう叫びを上げて、敵に突っ込んでいく。見ると、美しいプラチナブロンドを風になびかせた、兜も鎧も身につけない細身の女だった。

「ここを凌げばランヴィエは目前だ! あちらの援軍と合流できれば、新たな地に辿り着ける!」

 皆を奮起させるため、剣を振るい敵を葬りながら、彼女は力の限り叫ぶ。驚くほどの美貌が、戦いぶりと相まって凄絶な麗しさを振りまいている。

「姫様を守れ!」

 付け加えられた一言に、周囲の味方が疲労混じりに、しかしそれでも力強く呼応する。

 女は、聖銀の長剣一振りだけを手に、敵の只中へと突進する。教会騎士たちがそれに群がり、刃を振り、あるいは短槍で急所を狙う。重力操作で加速された刃が、彼女に無数に迫る。

 だが女は、その全てを信じ難い読みの鋭さで、ことごとく避けていく。全く見えていないはずの死角からの攻撃すら、紙一重で避けて反撃する。敵にとって見れば、悪夢に違いなかった。

「ソフィア!」

 叫び、ユルゲンもまた敵へと突進する。

「助かる!」

 短くこちらに言葉を投げ、『予言騎士』ソフィアは敵を二人同時に横薙ぎの刃で切りつける。首から血を流し蹲る敵を蹴り倒し、別の敵へと目を向ける。

 ユルゲンはソフィアの体力に配慮し、彼女へと向かう敵を引きつけるために、派手に戦うことにする。秘儀を使い空間の一部を熱し、空気を破裂させる。こけおどしだが、敵は殺到する。

 ソフィアの強みが尋常ではない敵の動きに対する読みであるとすれば、ユルゲンのそれは総合的な能力の高さというシンプルなものに他ならなかった。高い技量で剣を振るい、集中力の必要な秘儀を立て続けに・効果的に使用し、獅子奮迅の活躍をみせる。

 自重を操作し高く跳ぶと共に目の前の騎士を縦一線に斬り、空中で足を振るい自身に向けられていた槍を弾く。

 体重をかけて落下と同時に鎧の上から相手の背骨を砕き、その遺体を使ってメイスの一撃を防ぐ。

 身をかがめて攻撃をかわしながら、脛を切り裂く。柄で剣を受け止め、僅かな隙に切っ先を突き入れる。振り下ろされた刃を手甲で逸らし、がら空きになった胸に一太刀コンパクトに浴びせる。相手の剣を紙一重でかわし、同時にその剣を持つ手首を切り裂く。

 たちまち冗談のように、ユルゲンとソフィアの周囲に屍の群が築かれる。

 次第に、二人に対して挑みかかることに臆する者が出てくる。距離をとったまま、二人を厳しい視線でねめつけ、しかし剣を手に切りかかることに躊躇する騎士たちが。

 そうした騎士につられて、動きを止めるものが増えていく。教会騎士たちは予想外の被害と、鬼神の如き活躍をみせる二人に臆していた。同時に、混沌騎士たちも、初めての実践の疲弊と大きな被害と、狂乱する恐怖心によって動きを鈍らせ、止めていく。

 ひと時の、奇妙な静寂が、戦場に覆いかぶさろうとしていた。

(勝ち目が、あるのか?)

 自問し、ユルゲンは息を整えながら周囲を見回した。多くを斬ったとはいえ、教会騎士たちはまだまだ数を残していた。百を少し超えるばかりの混沌騎士に対し、敵は二倍以上の数がいる。

 と、動きを止めた敵の中から、一人の騎士が歩み出た。

「さすがですね、ユルゲン」

 その姿を認めて、ユルゲンは片方の眉を僅かにひそめた。

「ウェルニクか……」

 歩み出た男は、周囲の騎士よりも軽装だった。急所を補うように小さな装甲が縫い付けられた、鎧というよりは戦闘服とでも呼んだ方が適当なものを身につけている。

 そしてそれは、ユルゲンも同じだった。高い技能を誇る騎士の戦いにおいて、プレートメイルはさして役に立たない。秘儀によって強化された刃や、重力操作で勢いの乗った刃を、鎧は受け止めてくれないからだ。

「なぜです……! ユルゲン、なぜ――教会を、セントラを、裏切るような真似を!」

 元々は愛嬌のある、紅顔の美青年であったであろう造りのウェルニクの顔には、今や色濃く苦悩が浮かび、病人のように生気を失っていた。

「ウェルニク。お前は何も知らない。セントラ教の隠蔽を――この世の秘密を」

「その話ならば既に聞き及んでいます。妄言でしかない! 混沌の使徒どもを、秩序の民と同列に扱うなどと――」

「事実だ」

「シュワン皇太子殿下のことも、事実だとおっしゃるのですか」

「嘘偽りで、私がエリを――エリーズ様をここまでお連れしたとでも言うのか?」

「ユルゲン、あなたは……!」

 耐え難いと言うように、顔を歪め、ウェルニクは拳を握り締めていた。

「ウェルニク。お前ほどの男なら、分かるはずだ。考えてもみろ、この世界は複数種の供犠廟(くぎびょう)によって成り立っている。秩序が世界の柱ならば、正逆としての混沌もまた柱だ」

「混沌は例外であり、滅びの根源としてのみ顕現する――それが我々教会騎士の、竜狩りの存在意義です」

「ウェルニク……」

「私は混沌の使途によって、故郷を丸々失った! ユルゲン、あなたはその私に、混沌を受け入れろと言うのか!」

 叫び、ウェルニクは腰に下げた剣に手をかける。

「私はあなたを目標としていた。私だけじゃない! 多くの教会騎士が、あなたに倣っていたのだ!」

「なら今も倣え。俺は今や、背教騎士(ドラグーン)だ」

 目を見開き、ウェルニクは沈黙してユルゲンを見つめていた。敬愛の念と、それを裏切られたことによる憎悪が瞳の中でぐるぐるととぐろを巻いていた。

 しばらくして、彼は腰から長剣を抜き放った。標準的な長さと太さのロングソードだが、その刃は鋼ではなく、澄んだ空色の結晶で出来ていた。

「ドラゴンスレイヤー……」

 ユルゲンは、その美しい刃を瞳に映し、思わずそう声を漏らしていた。

 秩序に仕える教会騎士。彼らに与えられる名誉の中で最も崇高なものの一つ。混沌の使徒、ドラゴンの娘たちを狩るための、秩序の結晶の刃。ドラゴンスレイヤー。

「他のものは決着がつくまで手を出すな……」

 ウェルニクがうなるような声で命じる。もとより、ユルゲンに気圧されていた周囲の騎士たちは、その指示に素直に従うよりほかになかった。

「ウェルニク、エリーズ様とシュワンは、つい最近まで同じ血統の姉弟として扱われていた。今になって、姉の側だけを種違いだと主張するのは不自然だと思わないか? 剣を収めろ、ウェルニク。真実を見定める目を失うな!」

 僅かの間、ウェルニクの目に迷いが走った。しかし、ユルゲンが更に何かを言うより先に、彼は結晶の剣をその場で振るい、空気を切り裂く甲高い音を響かせた。

「私の居場所はここだ、ユルゲン! 教会騎士以外にどこにもない! 世界にとって混沌の使徒たちが危険であるのは、事実だ!」

 尚もユルゲンは説得を試みようと口を開きかけたが、ウェルニクの両眼に宿った、ぎりぎりの悲しみや怒りを見て取って、それを断念した。

 言葉の代わりに、ユルゲンは剣を構えた。かつての部下であり同僚でもあった男に今返すことの出来る、最大限の謝意を込めて。

「来い、ウェルニク」

 迷いを捨て、それだけを告げる。

 その一言に、ウェルニクは自らも構え、そして誰にも聞こえない小声で呟いた。

「感謝します、ユルゲン」

 両者の爪先が、地を蹴った。



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