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   Ⅰ 二千五十二年 冬 (2)

 馬鹿げた偽装――二束三文で闇市から購入した粗末な拳銃。

 馬鹿げた偽装――頭のなくなった少女型アンドロイドのバッファに戦闘プログラムの痕跡を残す。

 馬鹿げた偽装――警官への口止め。

 それらの全てが、いとも簡単に認められる。

 確定する事実――ティムの逸脱した暴力行為。シュルデンの正当防衛。ティムの投身自殺。

 寝室からティムの端末を複数発見。内部のデータを確認し、N文庫へと送信する。中身――予測通りのもの。ライトノベルエンジンの書き換えプログラム。N文庫にとっては最悪の危険物の一つ。

 仕事を終えて現場を後にする。堂々とエントランスから歩み出る殺人犯を、警官たちが遠巻きに見つめ、陰口が盛り上がる。倫理に対して、管轄に対して、N文庫に対して。

 そのすべてを背中で無視してシュルデンは自らの足に乗り込む。外装だけをクラシカルに偽装した自動車。

 ハーフオートで発進する車内で、シートに身を深く預け、シュルデンは細く長い息を吐く。街の高い位置を走る高速道に侵入する。

 外気との温度差で濡れた窓越しに、街の様子が目に入る。

 不気味な植物のようにあちこちに密集して生えるビル。その合間に、拡張現実広告用のまっさらなパネルがちらちらと見える。細い街路を機械の恋人と歩く男女。きらびやかな電飾。

 主要道路のあちこちに、マネキンが屹立している。シュルデンは擬似視界に、街の拡張現実を受け入れる。

 幻の現実・視界に映るもの――美少女、美女、美少年、美青年。髪も目も服も何も無いマネキンたちが、一瞬で美しい男女のフィギュアとなる。

 あちらこちらで、3Dグラフィックの幼女が踊る。ありえないバストサイズの美女がくねる。ブーメランパンツの、引き締まった体型の美しい男子高校生が笑っている。

 一際目立つ高く大きなビルが、そんな街の風景の中心にある。

 N文庫の本拠地。ビルの周囲や窓際には、ずらりと美少女・美少年型の機械人形が並ぶ。

 ライトノベルロイド。

 ライトノベル・シティの象徴であり、君主だった。


   *


  前世紀末に生まれた「ライトノベル」と呼ばれる小説のジャンルは、独自の発展・進化を続けながら、二千年代に入り数年が経つ頃には、当時「オタク」と呼ばれていた一部趣味人たちに向けた=特化した作品を多く抱えるようになっていた。

 当時、そもそも不景気が続いていた事もあり、出版社は軒並み苦境に立たされていた。

 そんな中オタク向け作品は、端的に金になった。そうした作品を求める人間が、一定数存在した故に。書店には色とりどりの「萌える美少女」が表紙に描かれた文庫がライトノベルコーナーを占領するように並べられた。

 消費者が――オタク的趣味を持った人々が求めたのは、美少女・軽さ・ハーレム・ツンデレ・主人公最強物・日常系・セカイ系・ロリータコンプレックス・様々なフェティシズム……それら多くの要素が中心となったジャンルとしての進化であり、さらに言えば、自分たちが安定して楽しめる、いわば「規格化された」物語だった。

 勿論、それが全てではない。そこには驚嘆すべき新鮮な価値もあった。が、とりあえず見た目として目立ったのは、「分かりやすさ」であり、「萌え要素」だった。

 ある時、これを揶揄して、ライトノベルというものを糾弾しようと、一人の男がネットにある一文を書き込む。


『ライトノベルなんて物は、プログラムで自動的に作成できる』


 彼はその言葉によって、ラノベが如何にパターン化された、怠惰な娯楽であり、創作家でもない消費者を意識しすぎた故に堕落した存在であるかを主張しようとした。

 男は皮肉混じりに、実際にそれを証明しようとした。当時出版されていた大量のライトノベルを細切れにしてデータとして整理し分類し機械に押し込み、『ラノベ自動生成装置』なるプログラムを造り上げた。

 どうだ、お前達が好むラノベは、機械でも書ける単純なものだ。そんな暗い満足感と共に完成したライトノベルを男はネットに流し――作品はたちまち人気作となった。自動生成だとは明かさずしばらくネットに放置された作品には高評価が付けられ、閲覧数は膨大な数となった。

 盛り上がりに目をつけたある小さな会社組織が、男に接触を図った。機械が書いた小説を皆が賛美する状況に彼が何をその時思っていたかは分からないが、彼は見返りを求める事もなく、その会社に自分の作った自動生成ソフトをそっくり渡して、全てを話し、いずこかへと消えた。

 その後、ソフトを受け取った者たち――後に世界最大のラノベ会社であり、出版社の王となる「N文庫」は、架空の作者を立てて機械製のラノベを売りさばいた。N文庫のラノベは売れに売れ、その資金でソフトは改良を重ねられ、「ライトノベルエンジン」という名前が社内で囁かれるようになった。

 その後、内部告発によって生の作者の不在を暴かれたN文庫だったが、それを責める消費者は、意外なほどに少なかった。

 面白ければ良い。自分たちが見抜けなかったことの不甲斐なさもあり、社会はN文庫の所業をさして糾弾しなかった。そもそも、人々の中には「創作性」なんてものは一欠片だって求めてはいない、願望充足だけを求める者が多くいた。それにその頃、日本のラノベは世界に広がり、巨大な利益を国内に呼び込みつつあった。政府も国民も、その勢いを止めるような真似はしなかった。

 プログラムによって書かれる無数の作品。N文庫はここで更に、商品価値を高める為に進化の目覚しいある技術に目をつけた。

 アンドロイド。眼には見えないプログラムではなく、人の形をした――それも人に好意を持たれやすい外見をしたアンドロイドを「作者」として立てる事を思いついたのだ。

 ライトノベルロイド。最初の自動生成プログラムの出現から、わずか数十年で、人々は生の作家も生の物語も、さして必要とはしなくなっていた。異常なことだと唱える者もいたが、文化的白痴化は既にテレビの登場で一度経験したことであり、人は往々にして経験のある物事に対しては警戒が薄い。

 ドラスティックな変化を向かえる社会に何を思っていたのか――最初に自動生成プログラムを、オタク層に対しての批判として突きつけた男は沈黙したまま、何も語らなかった。

 何も語らぬままに、ある日、N文庫のドラグーンによって、窓から放り投げられて十三階分を落下し、死亡した。


   *


 自宅に帰り着く。驚くほどにティムの自宅と大差ない賃貸部屋。物は少なく、生活感も薄い。あるのは退廃の薄い香りだけ。

 シュルデン――シャワーを浴びて、着替える。殺害現場の臭いを消すために。

 ティムのデータはすべて送信し、自身の記憶装置からは削除していた。が、その内容を生態脳は覚えてしまっている。

 ティムが作成し、ネット上に頒布していたのは、本人の言の通り、ライトノベルエンジンの修正パッチのようなものだった。

 通常、ラノベロイドは――そこに搭載されるライトノベルエンジンは、蓄積された凄まじい量のデータベース上の小説、旧時代のライトノベルやネット上の無料小説が中心となったテキストデータ、ネット上の私的・公的両サイトの文字情報などを取り込み、そこから小説を作成する。ユーザーの願望を汲み取り予測し商品を作成し、フィードバックデータを参照して更に商品を作成する。

 ラノベロイドの小説執筆は、厳密には執筆ではない。元々ライトノベルの多くは、過度に規格化されていた。望まれるヒロイン、既に了解されたヒロイン、萌えると分かりきっているものたち――だからこそ、二千年代初頭の稚拙なコンピューターでさえ、ラノベの自動生成が可能となった。

 現代ライトノベルは故に、本質的にコラージュである。切り張りされた、「既に了解された要素」の群れから生まれる擬似創造物。

 ラノベロイドは、人が一生かかっても読みきれない量のラノベを参照し、膨大な語彙でもって味付けし、切り張りし、更に、『メタ的な構造』を組み込む。

 目に見える表面的なテキストデータの裏に、メタ言語を利用してプログラムを書き記し、物語をユーザー一人ひとりに対して『最適化』するのだ。

 ライトノベルを読書する際に、人はまず、補助電子脳に自己身体観測を命じる。

 脳血流、脳内電位変化、体温、脈拍、呼吸、消化管活動、その他諸々……補助脳や観測用デバイスを通して得られたデータに応じて、『ライトノベル』は、変化する。展開が変わり、人物の口調や性格が偏向し、描写が過激になったりマイルドになったりする。細かく指定された分岐条件に応じて、一つの物語は単純なものでも数万パターン、複雑なものであれば計測自体困難なほどに分岐し変化する。

 個人それぞれに最適な物語、更に、同じ個人でも体調や気分によってさらに最適化される物語。

 この最適化が、ライトノベルエンジンによるライトノベルの、大ヒットの原因となった。人間では到底書くことのできない膨大な量の分岐用テキストデータも、自動化されたプログラムには容易に量産できる。

 リアルな体感ゲームがいくつも実現した中で、それでも尚大きな人気を、経済的繁栄を実現し続けるライトノベルの、それが強みだった。

 ティムの頒布したデータは、ラノベの自動生成における仕組みを、大きく変化させるものだった。参照するデータをかつての一般文芸――現在では絶滅寸前――にまで広げ、更にいくつか方向付けた『創造性』にしたがって、プログラムが『新しくより大きな価値』を模索するように仕向けるパッチ。彼は、それを長い時間かけて製作していた。そうして、かつての皮肉から生まれた過ちを、清算しようとしていた。

 その矢先に、そんな思惑に感づいたN文庫によってドラグーン自宅に送り込まれた。

 シュルデンは、擬似視界をすべて切って、ソファーに身をうずめた。目を閉じると、落下するティムの姿が見えた。

(いつも、落下だ)

 心中で、ぼやく。いくつもの落下が脳裏に浮かぶ。

 何人もの、本来問われるような罪を持たない人間たちが、落下していく。突き飛ばし、殴りよろめかせ、脅し、騙し――様々な手を使って、落とす。

 最初の一人を落下させてから、常にシュルデンは、自らの不誠実さが結実させる殺人は、落下によって行ってきていた。

 落下。落下。衝突。衝突。

 一度もシュルデンは、落ちた後の人間をじっくり見たことが無かった。彼らは、地面にぶつかり、その後どれくらいの時間、生きていたのか。あるいはすぐに死んだのか。

 落下する姿さえ、ろくに見てはいない。当然落下する最中の被害者の顔など、見たことがあるはずも無い。

 しかし、シュルデンは、閉じた瞼の裏に頻繁にそれを見る。

 恨みも怒りも、悲しみも歓喜も快楽も、何も感じさせることのない二つの瞳。逆さまの顔に張り付いた、虚無の表情。受容でも拒絶でもない表情。まるでこちら側――生者としての自分こそが虚無であるかのような表情……。



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