エピローグ
すっかり雪も溶けて、桜の舞う季節が来た。
「おはよう」
「おはよう。じゃあ行こうか」
「ええ」
いつものように瑞音と通い慣れた通学路を歩く。
いつもと変わらない通学路も、昨日からは真新しい制服を着た連中がちらほらと見受けられるようになった。
「そういえば今日よね?新入部員が来るの」
「ああ、そうだよ。今年はいつもの年の倍は入るんじゃないかってさ」
「じゃあ余計に緊張するわね。ね、キャプテンさん?」
「え?ああ…そうだね」
「ところで、挨拶はちゃんと考えたの?」
「それはもちろん。ばっちりです」
「ふーん…3日前に人に泣きついたのは誰だったかしらね?」
瑞音は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「…こういうのは柄じゃないからさ。キャプテンだってもう2ヶ月ちょっと経つけど、相変わらず慣れないし」
「あら、山名君言ってたわよ。『前のキャプテンと違って怒鳴られないから、評判は上々だ』って」
「…それは喜んで良いのか悪いのか」
「うふふ…そうね。でも…」
「でも?」
「『チームの雰囲気がとっても良い』って山名君言ってたわよ。きっとそれはあなたのおかげよ」
「そうかな?」
「そうよ。だから、自信を持ちなさい。あなたはあなたなりのやり方でキャプテンとして振る舞えばいいんだから」
瑞音はにっこりと笑う。
…結局、この笑顔にいつも救われているんだよな。
「…瑞音」
「なに?」
「ありがとう」
「別にお礼を言われるような事は言ってないわよ?」
「言ってるよ」
「そう?じゃあお礼に今度の日曜日に遊園地でも連れてって欲しいわね」
「え?」
「駄目?」
瑞音が懇願するような目で見る。
「…わかった。日曜日ね」
「本当?ありがとう」
瑞音は嬉しそうに笑う。…結局、この笑顔には弱くもあるんだよな。
こうして隣に並んで歩いて手を繋いだり、傍にいて彼女の笑顔を見られるのも、あとどのくらいの間だろうか?
笑っている瑞音の顔を見ながら、ふとそんなことを考える。
「どうかした?」
「いや…何でもない」
「あなたがそう言う時は、絶対何かあるわ。言いなさい」
「…あ、急がないと」
逃げようとすると
「待ちなさい」
瑞音は僕の左腕に自分の腕を絡めてがっちりとしがみつく。
「…まいったな」
「さ、一体何を考えていたの?白状しなさい」
「えっと…瑞音は可愛いなって」
「そんな事で騙されません」
「お世辞じゃないよ。…さっき瑞音の笑顔見てたらさ、こうやって瑞音が傍にいてくれるのはいつまでかなって…ちょっと不安になっちゃってさ」
「…え?」
「あー…ほら、僕はできれば絶対に離したくないからさ」
「……ふふ、馬鹿ね。朝からそんなこと考えていたの?」
瑞音は腕に思い切り抱きつき、さらに密着してくる。
「あ、ちょっと…」
「前に言ったでしょう?私は捕まえたら離さないって」
瑞音はそう言ってとびきりの笑顔を作る。
「ああ、そういえばそうだったね…」
「そうよ。じゃ、今日はこのまま学校まで行きましょう」
「へ?」
「だって、不安なんでしょう?」
「いや…別にたまたまふっと頭に浮かんだだけだから…」
「ほら、行くわよ」
瑞音は腕をぐいぐいと引っ張っていく。
…まあ、まだしばらくの間はそばにいられるのかな?
嬉しそうな顔で僕の腕を引っ張っていく彼女を見て、自然と笑みがこぼれた。




