仲直り
下校時に瑞音に声をかけて、公園に行くことにした。
「…」
「…」
相変わらず道中は無言だった。
程なくして公園へと辿り着く。
「とりあえず、座ろうか?」
「ええ」
ベンチに並んで座る。
「……」
「……」
どちらも何も言おうとしない。目も合わせられない。
…決心しておきながらこれだからねえ。
言うことはわかっているが、口に出てこない。自分の情けなさが何とも歯痒い。
「え…と瑞音」
とりあえず話し始めるきっかけを作るために声をかける。
「何?」
「その…突然誘ってゴメン」
つい言うべき事を後回しにしてしまう。
「別にいいわ。私も話したい事があったし」
「そ、そう」
口が渇く。
「それで、話って何かしら?」
「瑞音」
意を決して瑞音の眼をじっと見る。
「……」
「僕が間違ってた」
「え?」
瑞音は意外そうな顔をする。
「その…瑞音の事、信頼していないわけじゃないし、色々と世話を焼いてくれるのも嫌じゃないんだ。ただ…瑞音の重荷になりたくなくてさ」
「……」
瑞音はただ静かに、僕の言葉に耳を傾ける。
「僕の悩みだから僕が背負えばいいって思ってたし、自分でやれる事を瑞音にやらせるのも悪い気がしてた。でも…違ったんだな」
「……」
「何かしてあげようとしても、毎回断られたら信頼されてないと思うのも尤もだし、苦しんでいる姿を見せるよりも無理してる姿を見せられる方がもっと辛いのも当たり前だよね」
「……」
「だから、今まで苦しめてごめん」
ベンチから立ち上がり、瑞音の方を向いて深々と頭を下げる。
「…私の方こそごめんなさい」
「え?」
瑞音も同じように頭を下げる。
「私…慧くんの事疑ってた。私の事を信頼していないのかなって…」
「それはまあ…こっちが悪かったわけだから」
「違うの!」
突然瑞音は大声を出す。
「わかってた…慧くんが辛くても何も言わないのは私に心配かけたくないからって、世話を焼かれるのを嫌がるのも私の手を煩わせるのが悪いと思っているからだって」
「……」
「なのに…疑って、つまらない意地まで張ってあなたを避けるような真似して…」
「……」
「本当は昨日謝ろうかと思ってた。…でもできなかった。今日だって慧くんにこうして誘われなければ…」
俯いた瑞音の目から涙がこぼれる。声ももう涙声だ。
「もういいよ」
見ていられない、いや、これではこれ以上謝られると自分が惨めなので制止する。
「でも…」
「いいんだよ。もう…互いに悪かった思ってるんだから、もう自分を責めても仕方がないだろう?」
「慧…」
「ほら…涙拭いて」
ポケットティッシュを差し出す。
「ありがとう…」
瑞音は2、3枚ティッシュを取り出して目の下と手の甲を拭く。しかし、涙はまだ止まらないみたいだ。
「やれやれ…これで2度目かな泣かすのは。ホントダメな彼氏だね」
嘆息する。
「ふふふ…。はい、これでこの件はおしまい」
瑞音はパンと手を叩いて笑っている。
「ははは…そうしようか」
それからは他愛もない話をしていたのだが、結局巡り巡って喧嘩していた時、互いに何があったかを話していた。
「それで夕希の奴にさ『あんたが絶対に悪い』って言われて『どうして?』って聞いたら『勘』って言うんだよ」
「じゃあ高平さんの勘は大当たりじゃない」
「まあそうなんだけどね。情けない話なんだけど、瑞音がどうして怒ったのか全然わからなくてさ。夕希や愁一に言われてやっと気がついた」
「あら、自分で気がつかなかったの?あれだけヒントあげたのに…」
瑞音はジト目でこちらを見る。
「…誠に申し訳ない」
「いいわよ。誰かに言われたのがきっかけでも、あなたが気付いてくれたんだから。…私もね山名君やさつきに言われてやっと謝る気になったし」
「そうなの?」
「ええ。さつきにあなたと喧嘩した事言ったら『瑞音ちゃんは雪村さんの事が信じられないんですか!』って散々怒られて、山名君には『慧の奴を見捨てないでやってくれ』って頭下げられちゃったのよ」
なるほど…土曜日のアレは考えたとおりだったか。
「なるほど、それで…」
「ええ。…私もちょっと意地になってたから、二人に言われなかったらしばらくあのままだったかも」
「…みんなに感謝しないとね」
「そうね。でもあなたがもっと早く気が付けば良かったんじゃない?」
「…ごめんなさい」
「冗談よ」
瑞音は悪戯っぽい表情で言う。なんかもう、主導権を握られっぱなしである。
「でも瑞音もひどいよね。せっかく次の日に早速謝りに行ったらそそくさと行っちゃうんだからさ」
少しだけ腹が立ったので反撃。
「…あのときは、昨日の今日だったし聞く気になれなかったのよ」
「じゃあやっぱり怒ってたんだ」
「そうねえ。懲りずに何度も来ていれば許してあげたけどね」
「…大騒ぎになってしまったもので」
見苦しい言い訳をする。
「そう、それよ。何であんなに大騒ぎになったの?」
意外なことに、瑞音は原因を知らないらしい。
「…それはね、仁科さんのせい」
「え! さつきが?」
瑞音は驚いて目を見開く。
「仁科さんから瑞音の様子が変だって聞いて、それで事情を話したら彼女が『瑞音ちゃんの様子が変なのは、雪村さんが泣かせたからなんですね』と皆様に聞こえるような声で口に出したもので」
「…それで、瞬く間にそれが広がったってわけね」
「そう」
「まったく…、さつきには少しきつく言わないとだめかしらね」
瑞音は呆れ気味に言う。
「まあ実際はその通りだから。自ら蒔いた種だし」
「確かにそうよね。で、刈り取る方法は?」
「う…」
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
刈り取るも何も…もう尾ひれ背びれがついてとんでもないことになっている。この手の話は格好の餌だ。足掻いたところで余計に泥沼化するだろう。
「大丈夫。そのうち収まるわよ」
「それまで我慢…しかないか」
「じゃあ仲直りした事をアピールする?」
瑞音が我に策ありといった顔でこちらを見る。
「どうやって?」
「腕組みして学校へ行くとか…」
瑞音は自信満々に自ら考えた策を披露する。
「…却下」
「ええ! どうして?」
瑞音は大げさに驚く。
「そんな事をしたら、別の意味で睨まれるだろう?」
「ぷ…くっくっく」
瑞音は笑いをこらえている。
「どうしたの?」
「だって、あまりにも予想通りの答えなんですもの」
「…なんか正明の気持ちがわかるような気がするね」
普段同じ手口で苛めている友人の顔が目に浮かんだ。
「そうでしょう?」
瑞音は得意気だ。
かなわないな、これは
瑞音と話していると、すべて向こうのペースで話を進められてしまう。薫のように強引に話を進めていくわけではないので、気がついたら主導権を握られているから、余計に対処しにくい。
「慧くん、知ってる?今商店街でね…」
それからも、しばらくいろいろな話をして盛り上がった。話題は多岐に及んだが、基本的には彼女が話題を提供していたように思える。それと、『人を泣かせた罰』と脅されて(?)彼女には色々と聞かれた。
「あ、もうこんな時間。帰らないと」
瑞音は時計を確認し、ベンチを立つ。時間は午後9時近く、公園に来たのは6時半だから2時間以上話していた事になる。
玄関へと向かう瑞音を追いかける。
「今日はありがとう。じゃあまた学校でね」
「ああ。また」
瑞音の背中を見送ってから、ベンチから立ち上がる。
ふぃー…。袖で額の汗を拭う。
また元の黙阿弥…になってないことを祈ろう。




