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ニセモノ?ホンモノ?  作者: 名無幸
43/49

揃いも揃っておせっかい

「慧クーン。起きなさーい」


部屋のドアをノックされて目が覚める。


「ふぁ…何時だ」


欠伸をしながら枕元の目覚まし時計に目をやる。


…7時40分。


どうやら寝坊したらしい。


とりあえず扉を開けて戸倉先生に起きたことをアピールする。


「おはよう、慧クン」


「おはようございます。すぐ着替えて行きます」


「はい。まってるわ」


慌てて着替えて朝食が用意されている共用スペースへと向かった。


あ、瑞音に遅れるって連絡しないと


瑞音の携帯に電話しようとしてふと考える。そういえば喧嘩中だった。


良かったのか悪かったのか…。


朝食を急いで食べて、施設を出た。


教室にはいると予鈴ギリギリ。すでに夕希や愁一も朝練を終えて教室に戻ってきていた。そして何故か僕の席に集まっている。


「おーす、社長。今日は遅い出勤ですね」


夕希がからかうように声をかけてくる。


「たまには寝坊くらいするさ」


「…しかし、今寝坊すると彼女が怒るんじゃないのか?」


愁一が痛いところを突いてくる。


「ああ、今日は一緒に登校する予定じゃなかったから」


「…そうか」


「今日も花丘さん、何か用事か?」


「そんなところ」


「それは命拾いしたね。あんたの彼女、きっと怒ると怖いよー」


「はは…そうかもね」


夕希の言葉に苦笑する。


そこで予鈴がなった。


「あ、そろそろ席に戻るわ」


「あたしも」


「……」


予鈴とともに三人とも席に戻っていった。


さて…


席に座り瑞音の席へ視線を向ける。


「……」


見ている限り、普段と変わらない。


「……」


あ、目が合った。


「……」


瑞音はこちらを見てニッコリ微笑む。しかし、その笑顔はまったく普段通りではない。何か背後に青白い炎が見えるような…ただならぬ雰囲気をまとっている。


…ゾクリ。


その笑顔を見ていて思わず背筋が凍るような感覚を覚える。


ニコッ


とりあえず引きつった笑顔を返す。


「……」


こちらを無視するように瑞音はふいと顔を背けて、また正面の方を向いてしまった。


…雪解けは遙か遠い。春が来るのはいつだろうか?


授業を上の空ですごして昼休みがやってきた。


さて、…この調子じゃ瑞音を誘うのは不可能だな。それに弁当また忘れたし。


仕方ない、学食行こう。


学食につくと、既に席の半数以上が埋まっていた。


どこか空いている所は…


鯖の生姜煮定食の乗ったトレイを持ってキョロキョロと周りを見渡す。


「おーい」


ん?


呼ばれた方を見ると、夕希が自分の向かいの席を指さして、おいでおいでと手招きしている。


夕希のいる所へと行き、席に座る。


「助かったよ」


「あんたが学食なんて珍しいね」


「弁当忘れてね。そう言う夕希はまた早弁かい?」


割り箸を2つに割って鯖を口に運ぶ。


「う、うるさいな。仕方ないだろ?朝練の後はお腹が減るんだよ」


夕希はムッとしながらLLサイズのカツ丼を口の中に掻き込んでいる。


「ホント…毎度の事ながら良く食べるね」


きっと、正明と夕希が姉弟だったら食費が大変なことになるだろうな…。夕希や正明の食欲旺盛な所を見る度にそう思う。


「食べないと保たないんだからしょうがないだろ?大体、あんたは運動部のくせに食べないから背が伸びないんだよ」


「これでも一般の人よりは食べてるよ」


付け合わせのカボチャの煮付けを口に運ぶ。


「ライスがLLなだけじゃないか」


夕希はカツ丼を食べ終えて付け合わせ(?)のレバニラ炒め大盛りを食べ始めている。


「別にいいじゃないの。自分に合った量を食べればさ」


「ま、そりゃそうだ。ところで慧」


「何?」


「花丘さんに謝ってないでしょ?」


「んぐっ!…ゴホッゴホッ」


思わずカボチャを喉に詰まらせそうになる。


「やっぱりねえ。通りで朝からにらめっこしていたわけだ」


夕希は僕の反応を見てニヤニヤと笑っている。


「…見てたの?」


「ちらっとね。いやー、あたしの思った通り花丘さん怒ると怖いねー。思わずあたしまで震えちゃったよ」


夕希はわざとらしくブルブルと震えてみせる。


「…お前、楽しんでないか?」


「そりゃ楽しいに決まってるじゃない。普段すましてるあんたが慌ててるんだからさ」


「……」


「で、あんたどうすんの?」


夕希はレバニラ炒めを平らげるとさっきまでのおどけた表情から真剣な顔になる。


「とりあえず、放っておく」


「…は?」


夕希は僕の言葉にキョトンとしている。


「何故怒ってるのかがわからなくてね。それで本人に聞こうかと思ったら相当怒っててとりつく島もなくてね。だから放っておく」


「あんた、本当に心当たり無いの?」


「ない」


「…絶対にそれはないと思うけど」


夕希は小さな声で何か呟く。


「ん?何か言った?」


「何でもない。慧、あたしは放っておくのはまずいと思うよ」


「そうは言ってもねえ…」


「とにかく、心当たりがないのなら謝っちゃえば?」


「どうして?」


「だって、絶対あんたが悪いもの」


夕希は確信めいた口調で言う。


「…何故に?」


「あたしの勘」


「……」


夕希は大真面目なのだろうが、さすがにこれで僕が悪いと言われるのは納得がいかない。


「何よ? あたしの勘って結構当たるんだよ」


「…こちらの深ーい悩みをその一言で片づけられるのはね」


「納得いかないの?じゃあそうだな…何て言うか、あんたって人の世話は焼くけど、世話されるのは苦手だからさ。きっとそれが原因の一つだと思うよ」


「…世話されるのに苦手も何もないだろ?」


最後に残った冷や奴の欠片を口に放り込む。


「苦手って言うのはさ、人から世話を焼かれるのを嫌うって事」


「別に嫌ってないけど?」


「嫌ってるよ。あんたさ、いつも『自分でやるからいい』って断るじゃないか」


「それは別に嫌ってるんじゃなくてさ…」


「わかってる。人に手をかけさせるのは悪いからとでも思ってるんでしょ?」


「そんなところ」


「で、瑞音に対してもそんな調子だと」


「そうだけど?」


「はぁ…」


夕希は呆れたように大きな溜息をつく。


何か夕希にも『あんたは何もわかってない』と言われているみたいだ。


「溜息つく所なの?」


「慧、あんたって本当に乙女心がわかってないねえ」


「……」


乙女という言葉からは程遠いこいつにだけは言われたくない事を言われた。それがもの凄く腹立たしい。


「何よ?その顔は?」


夕希は僕の反応を見てムッとする。


「…別に何でもないよ」


「どうせあたしは乙女から程遠いとでも思ったでしょ?」


「わかってるじゃないの」


「人が親切に助言してやってるってのにあんたは…。まあとにかく、これであんたが悪いのは明白になったね」


「何でそうなる?」


「…まだわかんないの?」


夕希はまた呆れたような顔をする。


「人に世話を焼かれようとしないことが、原因の一つであると思う」


「…あたしの言ったままじゃないか」


「だってさ、その事と乙女心がどう繋がるんだよ?」


「別に乙女心だけじゃないよ。その…なんて言うかさ、誰だって大切な人のためには何でもしてあげたいと思うだろ?」


「まあ、それは確かに」


「それなのに、何かしてあげようとする度に『別にいいよ』なんて言われて断られたらどう思う?」


「それは…怒るかもね」


「だろ?」


「…つまり、瑞音が僕のために何かしてあげようとする度に断っていて、それで怒ったと?」


「そういうこと」


夕希はやっと気付いたかと言わんばかりに、やれやれといった表情を浮かべる。


確かに夕希の言うとおりかもしれない。毎朝迎えに来るようになった時も『僕が迎えに行った方がいい』って言ったし、『お弁当作ってこようか?』と言われた時も『作ってもらえるからいい』って断ったし。…よくよく考えると瑞音が何かしら僕に助力しようとすると断ってるな。しかし…


「でも、それだけであれだけ怒るかな?」


「それだけって…怒らせるには充分だと思うよ?」


「うーん…。別の原因があるように思うんだけどなあ」


「別ってなにさ?」


「…考え中」


「だろうね。あ、そろそろ時間だ。教室戻るよ」


夕希は食堂の壁に掛けてある時計を見て立ち上がる。


時間はもう1時近く。


「ああ。夕希」


「何よ?」


「ありがと」


「い、いや…べ、別に礼を言われるような事じゃないよ。ほらほら、行くよ」


夕希は少し顔を赤くしながらさっさとトレイをカウンターへ持っていく。


「はいはい…」


夕希の後を追うように席を立つ。


何だかんだでお節介なんだよな夕希の奴。…まあ今回ばかりは感謝するか。


教室に戻り退屈な授業を聞いた後は部活の時間。


結局瑞音と会話するチャンスもないまま部活までを過ごした。


教室で帰り支度をしている正明に声をかける


「正明。帰ろう」


「あれ?お前…いいのか?」


「ああ、瑞音ならもう帰ったよ。多分用事でもあるんだろ」


「え?」


正明はキョロキョロと周囲を見渡して、瑞音がいないことを確認する。


「そういうわけで、行こうか」


「あ、ああ」


多少困惑気味の正明を連れて教室を出た。


「なあ、一つだけ聞いていいか?」


「瑞音と何かあったか? って」


「あ、ああ」


正明は自分の言いたいことを見透かされたのが意外だったのか、少しだけ驚いた顔をする。


「ちょっと仲違いを起こしてるだけだよ」


「仲違いって…喧嘩したって事か?」


「そんなところ」


「嘘だろ?」


「…嘘付いてどうする」


「……は、はは、ま、まあ元気出せって。ほら、そのうちもっといい彼女が見つかるって」


「いやまだ別れたわけじゃないんだけど…」


「しっかし、お前と花丘さんが喧嘩ねえ…」


「そんなに意外かい?」


「ああ、お前の事も花丘さんの事も良く知ってるからさ。二人が喧嘩したって言われても、ピンと来ないな」


「そうか。正明君も気を付けた方がいいよお…、どんなに仲睦まじくてもふとしたきっかけで薫とさようなら…」


「ちょ、ちょちょちょ待て待て!何でそうなる!」


正明の顔は一気に真っ赤になる。


「あれえ? だって最近一緒にお昼食べたり休みの日はどっかに出かけたりしてなかったかなー?」


「な、ななな何で知ってる! だ、大体まだ付き合ってるわけじゃ…」


「あれ? そうだったの?」


「今はお前の話をしてるんだろうが! 俺の事はどうでもいいだろ! 俺も全部白状したんだからお前も全部話せ! いいから話せ! 今後の参考にしてやる! だから白状しろ!」


すべてを白状させられた正明は真っ赤な顔のままギャアギャアと喚きだす。


「…とにかくまあ落ち着け」


「ゼェゼェ…す、すまん」


正明は息を整えて落ち着きを取り戻す。


「では参考になるように教えてあげましょう」


「う、うむ」


正明は唾を飲み込んで緊張した面持ちでこちらを見る。


「…それがまったく原因がわからない」


「はあ?」


「気をつけたまえよ正明君。人というものは理由もわからずに争いを繰り広げてしまうものなのさ…」


遠い目で夕日を見つめる。


「そ、そうなのか?」


「そうだ。特に薫の場合はその傾向が強いと思われるから気を付けたまえよ」


「わ、わかった……ってそうじゃなくて! つまり、お前は原因もわからないで花丘さんと喧嘩したって事なのか?」


「まあ喧嘩したというか彼女が何故か怒ったというか…だから僕も困り果てている。そして最悪な事に彼女の怒りは相当なもので、理由を聞こうにも聞けない。…このまま行けば危機的状況に陥る事は明白」


「そこまで深刻なのか?!」


「おそらくは…」


「……」


正明はそれを聞くと何故か考え込む。


「…あの、別にお前が考え込まなくてもいいんだけど」


「え? あ…そう言われればそうだな」


「とにかく、彼女の怒りが収まるまではそっとしておくさ」


「でも放っておいたらまずいんだろ?」


「まあそうなんだけど、手の打ちようがないからね」


「……ここはひとつ俺が」


「ん? 何一人でブツブツ言ってるんだ?」


「い、いやあ何でもない何でもない! あ、じゃあ俺こっちだから」


気がつくと別れる場所まで歩いてきていたようだ。


「ああ、じゃあな」


「じゃなー」


正明は僕と別れると早足で曲がり角の向こうに消えていった。


何か最後の方は妙に慌てていたな。


正明の行動を不審に思いながら、家の方へと歩き出した。

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