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ニセモノ?ホンモノ?  作者: 名無幸
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気まずい

当然の事だが、何事もなかったかのように朝はやってくる。もちろん一睡もしていないので気分は最悪である。


のそのそとベッドから出て、制服に着替えて部屋を出た。


気分が晴れないうえに、何か頭までぼうっとする。


人の気配のしない廊下をボケた頭でふらつきながら歩いて洗面所へと向かう。


洗面台の鏡に映る自分の姿を見る。


…あーあ、目が真っ赤、おまけに生気が抜けたような酷い顔だな。


冷ための水でバシャバシャと顔を洗い、寝癖を直す。


…さて、歯磨こう


歯ブラシに歯磨き粉をつけ、磨き始める。


……あれ?


いつもと味が違う。手に持ったチューブを見ると洗顔料だった。


…何やってんだか


口を濯ぎ、改めて磨き直す。


……


口を濯ぐ。


…さて、行こう


食事を取る気にもならず、朝食食べず、弁当も作らずに施設を出た。


偶然正明と校門で鉢合わせたので、正明と話しながら、教室に入り席につく。


「ところでお前、何か心当たり無いか?」


正明は何についてなのかを言わない。


「何の心当たり?」


「いや、花丘さんの様子が変なんだよ」


「様子が変?」


原因が自分であることは容易に想像はつく。が、わざととぼける。


「ああ、何か元気がないみたいなんだよ」


正明は瑞音の方を横目で見やる。


「どうしたんだろうね?」


「だから、それを俺が聞いてるんだよ」


正明は声を荒げる。


「さあ…」


「そうか…。てっきりお前が何かしたんじゃないかと思ったんだけどな」


正明は推測が外れ、少し落胆している。普段は鈍いくせに、こいつはたまに鋭くなる。


「仁科さんにでも聞いてみれば?」


「そうだな…。でもお前、本当に何にも知らないのか?」


正明はそう言ってまじまじとこちらを見つめる。鋭い時のこいつは疑り深いので結構厄介である。


「知らない」


「悪い、俺の勘違いだった。気にしないでくれ。じゃあな」


正明は席に戻っていった。


「……」


正明が戻っていったのを見計らって席を立ち、瑞音の席へと向かう。


「おはよう」


あくまでも平静を装って声をかける。


「あ…」


瑞音は意外そうな表情をしている。


「昨日は…」


謝ろうとしたら


「ごめんなさい。私さつきに用があるから」


瑞音は席を立ってそそくさと行ってしまった。


あらら、やっぱり機嫌が悪いか…


人が少なく、注意を引きにくいこの時間帯が謝るには一番良いと考えていたのだが、あっさりとその目論見は崩れ去った。


昼休みに入り、皆思い思いの場所へと動き出す。


さーて、食事としますか…


さきほど購買で買ってきたパンを片手に屋上へ向かおうとすると


「雪村さん」


仁科さんが心配そうな顔をしてやってきた。


「どうしたの?」


「雪村さん、瑞音ちゃんと何かあったんですか?」


「え?」


「瑞音ちゃん、今日は何だか変なんです。私と一緒に校舎で迷ったり、教科書間違えたり、時間割間違えたり…」


仁科さんは指折り数えながら瑞音の変な様子を語る。


「それはまた…。随分と様子がおかしいね」


「はい。私ならいつもの事ですけど、瑞音ちゃんまでそうなるのはおかしいです」


仁科さんは二重の意味でどう反応して良いか困る事を言う。


「どうしたんだろうね?」


当たり障りのない答えを返す、しかし


「雪村さん、何か知ってますね?」


仁科さんに怖い目で睨まれた。


何故わかった? 動揺を悟られないため、口元に手をやって考える。心当たりがある素振りは見せなかったはずだ。それとも、どこかにそんな気配を感じたのか? どうする? 正直に言うか? いや、まだ確信には至ってないはずだ。


僅か数秒の間考えを巡らせた後、無言でいては肯定したとみなされる恐れがあるので口を開く。


「…別に何も」


「雪村さん、シラを切るのはやめてください!」


こちらの態度が気に障ったのか、珍しく仁科さんが大声をあげる。どうやらもう言い逃れは難しいらしい。普段は落ち着いている(ボケている?)彼女がこれだけ怒っているのだ。


「…よくわかったね」


観念することにした。


「はい、何となく知っていると思いました」


仁科さんは胸を張る。


何となくわかるのか…。うーん、勘が鋭いのかな?


「それで、何があったんですか?」


仁科さんは真剣な眼で聞いていくる。


「実は…」


仁科さんに事情を全て話した。


「そうだったんですか。じゃあ瑞音ちゃんの様子がおかしいのは、雪村さんが瑞音ちゃんを泣かせたからなんですね」


「ちょっと、仁科さん声が大き…」


制止するがもう遅かった。教室にいる皆さんが一斉にこちらを見ているのがわかる。


「……」


「……」


「……」


ものすごく痛い視線を感じる(特に男どもから)。


「雪村さん、ちゃんと謝ってくださいね」


仁科さんは自分が何をしたのかわかっていない。諭すように言う。


「は、はい…」


「では失礼します」


仁科さんは自らが作ったこの険悪なムードを壊すことなく去っていった。


「…あの野郎」


「もう許すわけにはいかん」


「制裁を加えるべきだな」


「……女性を泣かすとは男の風上にも置けない奴でござる。まあでもそれが小島先輩でなくて良かったでござる」


「…雪村君がねえ」


「浮気かな?」


「無理矢理押し倒すとかしたのかもよ」


罵声から憶測から何からが飛び交う。


撤退開始…


とりあえず、屋上に逃げる事にした。


屋上のベンチに座り一息つく。


「ふぃー…」


まさか騒ぎが広がるとは。誤算だった。


「…ああ、もう」


これで余計に謝るチャンスを失ったことになる。


「……」


どうするか考えるのもバカらしくなってきたので、ベンチにもたれかかって空を眺める。


目の前に広がるのは雲一つ無い青空。今の自分にはそれがもの凄く恨めしく感じる。


「……」


見ていると余計に気が滅入ってきそうなので、再びどうするか考える。


…瑞音怒ってるみたいだから話しかけたところで逃げられるだろうし、部活は違うから部活中に捕まえるなんてのも無理だし、彼女の家に行くのもどうかと思うし。


頭を掻きながら次の手を延々と考えていると


「…どうした?」


いつの間にか目の前に愁一が立っていた。こちらの様子が不気味だったのか訝しげな目を向けてくる。


「…お前、知らないのか?」


「何がだ?」


愁一は小さく首を傾げる。どうやらこいつはあの時教室にいなかったらしい。


「知らないのならそれでいい。まあ青春の悩みを抱えてしまったってところだよ」


「お前には無縁そうな悩みだと思うが」


愁一は相変わらずの無表情でなかなか厳しいことを言う。


「それがそうでもなかったみたい」


「そうか…」


愁一はそういうと隣に腰掛けてきた。


「お悩み相談室でも開いてくれるのかい?」


「…そんなところだ」


「……」


驚いた。こいつはどう考えても相談に乗ってくれるようなタイプではないと思っていたが。


「…どうした?」


「いや、お前が人の悩みの相談に乗るとは思わなかった」


「聞くだけだ。大した助言はできん」


愁一は柄にもないことをやっていることを自覚しているらしい。顔を背けながら言う。


「じゃあ聞くだけ聞いてもらおうか」


愁一に、昨日のことと教室であったことを話した。愁一は無言でただ話を聞いている。その眼は真剣であることから、真面目に聞いてはいるらしい。


「…で、僕は危機的状況に追い込まれたと」


「…そうか」


愁一はそれだけ言って黙る。


「どうしたらいいもんかねえ」


「……」


愁一はしばらく考えると


「謝ることだ」


わかりきった事を言う。


「…そんなことはわかってるよ。悪いのは僕だし」


もともと答えには期待していなかったが、一つ大きな溜息をつく。


「その通りだ。もっと言えば、お前の悪い癖だな」


「何それ?」


「お前は他人が自分の領域に入るのを酷く嫌う。今回のこともそれが原因だ」


愁一らしい、冷静な分析である。改めて、こいつは人のことをよく見ていると感心する。


「なるほど。相変わらず人の事はよく見ていることで」


「…別に見ているわけではない。単に俺も同じようなものだから、わかっただけだ。まあお前ほど酷くはないがな」


謙虚というか、素直じゃないというか…。まあこいつらしいと言ってしまえばそれまでだが。


「はいはいそうですか」


「…それはともかくとして、彼女は別に嫌わなくてもいいんじゃないのか?」


「…そうかもね」


「俺からはそれだけだ。そろそろ時間だ。戻るぞ」


「ああ」


愁一と共にベンチから立ち上がり、教室に戻った。


この後、「僕が花丘さんを泣かせた」という事実が広まるのは非常に速かった。いつの間にか他クラスや上級生や下級生にまで広まり、早くも話の内容はエスカレートしていた。原因は、歩くゴシップ誌が我がクラスに多い事だろう。


放課後、逃げるように部活へ行こうとすると


「慧ー、聞いたよ」


夕希が笑いながら、薫と共にやってきた。


「何を?」


「もうとぼけなくてもいいって。しかしあんたもやるねえ、あの花丘さんを泣かせるなんて」


夕希は人の肩をバンバン叩く。どう考えても、人の不幸を楽しんでいる。


「…別にわざとじゃないんだけど」


「そんな事は関係ないよ。もうこれであんたは学校中の男どもを敵にまわしたってわけ。よ、この極悪人」


夕希は笑いながらさらに強い力で肩を叩いてくる。人の不幸は密の味…そんな言葉があったことを思い出させる。


「だから、別に泣かせたくて泣かせたんじゃないんだけど」


「ホント、命知らずもいいところね」


夕希の横で、薫は呆れたように溜息をついている。


「ええ、私もそう思います」


「あなたを見てると飽きないわね。次から次へと騒ぎを起こすんですから」


薫は皮肉を込めて笑っている。


「次から次へって…、まだ2回目ですけど」


「2回とも後に引くほどの大騒ぎじゃない」


「確かにその通りです」


「まあ、せいぜい苦しむ事ね」


薫はまた皮肉を込めた笑みを浮かべる。


「ま、とりあえずは彼女に謝っておく事だね。じゃ、部活に行くから」


「私も帰るわ」


「じゃあ」


二人は言いたい事を言って去っていった。


…ったく、そんなことわかってるよ


やることなどもう言われなくてもわかっている。しかし今、彼女に近寄れば間違いなくこの学校の野獣どもに喰い殺されるだろう。


「おい慧、部活行くぞ」


正明は不機嫌そうに声をかけてくる。


「ああ、行くか」


逃げるように教室を出た。


「やっぱりお前のせいだったんだな」


正明はどうやらまだ疑っていたらしい。


「…まあね」


「お前も命知らずだな」


正明は笑っている。人の不幸は誰にとっても楽しいものであるということがよくわかる。まああまりにも不幸な場合は笑えないだろうが。


「それ、さっき夕希にも言われたよ」


「お前の事だから、何か余計な事言ったんだろうな」


「…お前、珍しく、というよりかつて無い程に鋭いね、今日は」


「まあね」


正明はわざとらしくこちらの真似をする。


「人の事に鋭くてどうするんだか。そんなんだから薫にも…」


調子に乗っているのが気に入らないで反攻に出る。


「こ、こら。今は俺の事を話しているんじゃないだろう?」


正明は途端に慌て出す。


「ああそうだった」


「まったく…。とにかく、さっさと謝らないとまずいと思うぞ」


正明まで同じ事を言う。


「…もう何人目かな?それを言ったのは」


「じゃあさっさと謝れよ」


「……はいはい」


それからは二人とも何も話すことなく部室へと歩いた。


それができたら苦労しないって…


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