不満?4
「ごめんねー。慧、買い出し手伝ってもらって」
「いーのいーの。試合に出られないし」
今日は明日の選手権予選準決勝に向けて最後の調整…なのだが、練習に参加できるわけもなく見学である。で、いつものようにマネージャー仕事を行い帰ろうとした所を、夕希に捕まった。買い出しを頼まれたのだが買うものが多く、男手が欲しい。
そこで暇だった僕に声がかかったというわけだ。
で、昼間の市街地を二人して荷物を左右の腕にぶら下げて歩いている。
「あとは何買うの?」
夕希は買うものを書いたメモと買い物カゴの中を交互に見て確認する。
「もうこれで全部」
「じゃあ、レジに行こうか」
「あ…慧。その前に、寄り道しても良い?」
「寄り道?」
「ああ…。バッシュ見て行きたいんだけど」
夕希はそう言ってバッシュ売り場の方を指さす。
「別にいいけど」
「ありがと。じゃ、行こ」
売り場には大小様々で色とりどりのバッシュが、メーカー毎に所狭しと並べられている。
「うーん…これいいなあ。あ、でもこれも」
夕希がバッシュを物色し始める。
「夕希が今履いてるのってどこのやつだっけ」
「んー? ここのやつ」
売り場の一角を指さす。そこはスポーツをするものなら誰でも知っているような大手メーカーだった。
「これ最新モデルみたいだよ」
その売場のバッシュを夕希のもとに持っていく。
「お。 いいね、これ。どれどれ値段は…と。ありゃ、これは無理」
夕希が値札を見て棚にバッシュを戻す。
値札を見ると19800円。確かに割高だった。
「スマン、値段見てなかった」
「いいよいいよ。あ、これもどうかなー」
夕希のバッシュ探索はそれから30分ほど続いたが、結局購入には至らなかった。
「そろそろ行こうか。悪いね、付きあわせて」
「ああ、別に気にしなくて良いよ。じゃ、レジに行こうか」
レジへ向かおうとしたその時
ゾクリ
誰かの視線を感じ、背筋が寒くなる。
「……」
慌てて周囲を見回すが、誰もいない。
「どうかした?」
「…いや、何でもないよ。行こうか」
気のせいかな?
レジで精算して店を出て、学校へ向かった。
買い出しを終えて戻ると、体育館には誰もいなかった。
どうやらもう練習を終えて解散したらしい。
「ありゃ?みんな置いてっちゃったのか。慧、買ってきたもの置いたら帰ろうか」
「りょうかーい」
部室に買ってきたものを置いてきた後、休日ということで人気の無い通学路を並んで歩く。
「慧、今日はありがとね」
「別にそんな改まって礼を言わなくてもいいよ」
「そんなわけにはいかないよ。あ、そうだ。これから何か予定ある?」
「いや、別にないけど」
「じゃあ、何か食べに行かない? おごるからさ」
時計を見ると12時を回ったくらい。ちょうど昼食の時間だ。
「いや、別にいいよ。ただ荷物持ちしただけでそこまでしなくても…」
「遠慮しなくてもいいよ。持ち合わせはちゃんとあるからさ」
「いや、たかるわけにも…」
「だから、遠慮するなって。あくまでも礼だから」
夕希は引き下がろうとしない。
…まあ、食事を奢って彼女の気が済むのなら、無下に断ることもないか。
「じゃあ、奢ってもらっちゃおうかな」
ゾクリ
また誰かがこっちを見ている。
「……」
周りを見るが、やはり誰もいない。
気のせいか?でも2度も気のせいというのは、不自然だよな。
小さな違和感も見逃さないよう、もう一度ゆっくりと周囲を見回す。しかし、誰もいない。
「慧。どうしたの? キョロキョロして」
「…何でもないよ。じゃあ行こうか。店は任せるね」
「ああ」
…本当に気のせいかな?
やって来たのは行きつけのイタリア料理屋リストランテ・ミケだった。昼食時ということで、店の中はサラリーマンらしき人や家族連れで賑わっている。
「やっぱここよねー。お値段お手頃で美味しいし」
「そうだね」
「あたしはボロネーゼにするけど、慧は何にする?」
「じゃ、アラビアータ」
「OK。すいませーん」
夕希は一番近くにいるウェイターを呼ぶ。
「お待たせいたしました。お、雪村君に高平さん。今日はデートかい?」
「違いますよ。夕希とデートなわけないじゃないですかー」
「……」
その言葉に一瞬夕希の表情が曇ったような気がしたが、気のせいか?
「はは…そうか。で、ご注文は?」
「アラビアータとボロネーゼを一つずつ」
「はい、かしこまりました。ではごゆっくり」
オーダーを伝えると、ウェイターは一礼してカウンターの方へと歩いていった。
「ねえ慧」
ウェイターが去ると夕希が真剣な顔になる。
「ん?」
「彼女とは上手くやってるの?」
「うーん。多分」
「何よ、多分って」
「いや、最近あんまり会話してないな、と思って」
「そんな時に他の娘とデート?」
夕希はニヤリと笑う
「お前とは別にデートじゃないだろう?」
「わっかんないわよー。現場押さえられたらどんな尾ひれがつくか」
「大丈夫だと思うけどね」
「…」
あれ?また夕希の表情が曇った。
「夕希?」
「え? あ、ごめん。ボーっとしてた。何?」
「いや、ちょっと様子が変だったから、どうしたのかなって」
「何でもない。ところでさ、身体の方は大丈夫なの?」
「ああ、回復はしているみたいだよ」
「そうなの?良かったねー。でも焦れったくない? 動けないわけじゃないから」
「あー焦れったい焦れったい。もうつい体動かしちゃう」
二人して笑う。
「やっぱそうよねー。あたしも捻挫した時そうだったものー」
「あー捻挫とかだとそうだよなー。痛みが引けば動けるし」
……
他愛のない話をして20分ほど経過すると、注文した品がテーブルの上に並べられた。
「慧は辛い物が好きだったっけ?」
「うん、結構好きだよ」
アラビアータを一口。辛いには辛いが、後を引く感じがたまらない。
「あたしはあんまり得意じゃないんだよねえ。辛いのは」
夕希は苦笑しながらボロネーゼを口に運ぶ。
「あれ、そうだったっけ?」
「そうだよ。ま、甘いものもそんなに好きじゃないけど」
「僕も甘いものは嫌いじゃないけど、好きでもないかな。正明の奴は好きみたいだけど」
「正明のやつ、甘いものが好きなの?」
「そう。あれでも結構甘党なんだよ。この前だって御神楽先輩の差し入れのアップルパイ食べて、もの凄く緩んだ顔してたし」
こんな顔と、顔芸をしてみる。
「あはは…。へえ、あいつがねえ」
「確かにアップルパイは美味しかったんだけどね。こんな緩みきった顔はないだろう?」
「ないね。慧は何だっけ? カツサンド好きだったっけ?」
「そ。ついでにレタスよりキャベツ派」
ジロリ
…またか!
今度は即座に周囲を見回す。しかし、相変わらず視線を送っている人物を特定できない。
もう3度目だ。おそらく同一人物、しかもこちらを尾けてきている。
一体誰だ?一つだけわかることは、好奇の視線じゃない、明らかにこちらに敵意を向けた視線だ。
「慧? またキョロキョロしてるけどどうかした?」
もう3度目という事で、夕希も不審がっている。
「周囲に知り合いいないかなって確認。現場押さえられたら大変だし」
「別にあたしとなら大丈夫だよって言ったのはあんたじゃないの」
「あ、そうか。そういえばそうだったね」
笑ってごまかす。それにしても誰だ?
気にはなったが、これだけ探しても不審な人物は見当たらないので仕方ない。
料理を食べ終えて店の外へと出る。
「今日はご馳走様でした」
「こちらこそ、手伝ってくれてありがと」
「じゃ、また学校で」
「ええ。またね」
夕希と別れ、施設へと戻った。
で、次の日。
「おはよう」
顔は満面の笑顔だが、ただならぬ雰囲気を漂わせる目の前の彼女。
「…お、おはよ」
「どうかした?」
あくまでも、にこやかに問いかけてくる。…でもこれは絶対嬉しくて笑っているのではない。
「み、瑞音さん、一体何があったんですか? 朝からご機嫌斜めのようですが?」
「別にそんなことはないわよぉ。じゃ、行きましょうか」
そう言って腕に自分の腕を絡めると、肘を完璧に固める。
「い、痛い、痛いよ!」
「あら? ただ腕組んでるだけじゃない。じゃあ行きましょうか」
彼女はグイグイとこちらを引きずるように歩いていく。
た、助けて…
結局彼女は終日ご機嫌斜めだった。しかし、弁当にサンドイッチを持ってきてカツサンドをお裾分けしてくれた。




