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ニセモノ?ホンモノ?  作者: 名無幸
37/49

不満?2

ボッ


……


蹴ったボールはゴールのはるか上を超えていった。


うーん…


やっと10回蹴って5,6回は無回転で飛ぶようになった。でもまだコントロールが利かない。


2,3日くらい前はコントロールも利いていたのに、最近また利かなくなってきた。筋肉痛も酷いし、少し練習しすぎかな?


しかし、1日も早く完成させるには筋肉痛程度で弱音を吐いているわけにもいかない。


いつも体調万全でプレーできるわけではないんだ。こういう時にも普段通りのプレーができないと…


次のボールをセットした時に、グラウンド脇に座っていた瑞音が寄ってくる。


「慧くん、もうこんな時間よ。そろそろ切り上げたら?」


そう言って瑞音を自分の腕時計を指す。見れば、もう9時を回っている。


「…もうこんな時間か」


「最近練習しすぎよ。少し抑えないと」


「…そこは気をつけてるよ」


そう言うと、途端に瑞音の表情が険しくなる。


「どこが気をつけているのよ? ここのところ毎日遅くまで練習しているじゃない?」


「ちょっと試していることがあって…」


「入れ込み過ぎよ」


瑞音はたしなめるように言う。


別にそんなに入れ込んでいるつもりもないし、無理をしているつもりもない。ただ、練習時間が延びているのは確かだ。


「だから、気をつけてるって」


「どこが?」


瑞音の顔がますます険しくなる。これ以上下手な事を言うと本気で怒りそうだ。


「いや、一応睡眠時間削ってないし…」


「はあ…まだ自分で気がついてない」


やれやれと瑞音が溜息をつく。


「…どういう事?」


「慧くんは放っておくとどこまでも無理をするの。だから、こうやって誰かが止めないといけないのよ。で、私は監督からその役目を仰せつかったってわけ」


水音はエヘンと胸を張る。


部外者にそんなこと頼んだのか監督は…。


「そんなに無理してないけど?」


「…40度の熱を座薬で無理矢理下げて試合に出たり、脱臼した腕や捻挫した足をテーピングでグルグル巻きにして試合に出続けたのはどこの誰かしらねえ?」


瑞音はジト目でこちらを見つめる。


「…聞いてたの?」


「ええ、監督から伺いました」


「別にあのくらい…」


「どこがあのくらいよ…」


瑞音は呆れている。


「だから、ちょっとくらい練習時間延ばしても大丈夫だよ」


「駄目よ。もう今日は練習はここまで」


瑞音は手からボールを取り上げる。


…あまり心配させるのもなんだから、従っておいた方が良いだろう。


「わかった…帰ろうか」


「ええ」


二人でボールを片づけて家へと帰った。


次の日の部活。


「雪村、行ったぞ!」


「OK!」


練習最後の恒例メニューとなっているBチームとのミニゲーム。ボールを持ってゾーンに入ってくる相手を捕まえに行く。


しかし、


「!」


あっさりと振り切られた。振り切られた相手はそのままゴールへと突進。ギリギリのところで味方DFが二人で挟み込んでボールを奪い、事なきを得た。


「悪い」


DF陣に声をかける


「次は止めてくれよ」


困ったときはお互い様だと言わんばかりにこちらを励ます。


「ああ」


自分のポジション、やや右サイドよりのセンターに戻る。すると自分にパスが来た。


…左だ


左サイドでフリーで待っている味方へとロングパスを通そうとする。が、


「いただき!」


ボールのスピードが足らずに味方に渡る前にカットされた。


何か変だ…。


普段はあまりやらないようなミスを立て続けに2回。自分のプレーに違和感がする。どうもここ数日続いている筋肉痛と身体のだるさのせいなのか、体が重い。


瑞音の言う通り、少し練習しすぎかな?それにしても体が重い。


……


その違和感は的中した。その後も自分のプレーは最悪で、マークに行けば振り切られ、ポジションを修正しきれず、ボールを引き出す動きが足らないためにボールを受けられず、パスを出せばミスをすると、何もいいところがないままミニゲームを終えた。


「ピー」


試合終了を告げるホイッスルが鳴り、部員全員が監督の前に集まる。


「では、今日の練習はここまでです。ノートを出したら、帰っていいですよ」


監督の指示に従い、3年生から順に監督にノートを渡す。


「ありがとうございました」


ノートを渡した生徒は監督とコーチ1人1人に握手をしながらお礼を言う。我が部の決まり事である。


「ありがとうございました」


いつものように握手をして監督にノートを渡すと


「雪村君、これを」


メモを渡された。


「これは?」


「まあ、読んでください」


監督は意味もなくこんなことをする人ではない。おそらく、何か皆の前ではいえない重要なことが書いてあるのだろう。


「はい」


メモを受け取り、コーチと握手しながらお礼を言う。


…何々、『明日は部活を休んで構いませんから、風海総合病院へ行って検査を受けて下さい。もう予約は取ってあります。あと、今日は居残り練習をしないで真っ直ぐ家に帰るように 小野寺』


病院? 一体どういう事だろう?


まあでも監督がそう言うのだから従うか


メモに書かれているとおり、今日は居残り練習をせずに帰ることにしよう。


次の日、監督の言いつけ通りに、部活を休んで風海総合病院へ来た。ここは八原医師という腕のいいスポーツ医学の専門医がいるため、うちの部の部員がお世話になっている。僕も、ここで月に1回膝の検査をしてもらっている。


それにしても、病院に行けとはどういうことなのだろうか?別に膝も痛くないし、怪我をしているわけでもない。筋肉痛は怪我とは言わないし…。


まあ考えていてもしょうがないか。監督が言うのだから何かあるのだろう。


病院の中に入る。


受付のカウンターで要件を伝えると、予約してあったこともあり、待ち時間もなくすぐに診察室へ案内された。


「やあ雪村君。小野寺先生から話は聞いてるよ」


八原医師は笑顔で迎える。


色白で、ヒョロヒョロとして頼りなさそうな外見だが、これでもスポーツ医学の権威らしい。…本人がどう考えてもスポーツに縁の無さそうな体つきをしているのが面白いところだが。


「あの、監督に言われてきたんですけど、一体?」


「ああ、大したことじゃない。ちょっと質問に答えてもらうのと、血液検査を行うだけだよ」


「はあ…」


「じゃ、早速始めるよ」


……


それからまず採血をされ、検査結果がでるまでの間最近からだが疲れていないか、集中力が持続しないかなど数十項目の質問をされた。


「うーん…」


八原医師は検査結果を見て唸る。


「あの、先生?何か病気でも見つかったんですか?」


恐る恐る聞いてみる。


「うん。雪村君、君はおそらくオーバートレーニング症候群にかかっている」


八原医師の口から、ショッキングな事実を告げられた。


「オーバートレーニング…」


確か、スポーツ医学の本に書いてあるれっきとした病気だ。


過度のトレーニングに、栄養不足、休養不足、それにストレスが重なることで発生する病気で、急激な記録の低下や集中力の欠如、筋肉や関節の痛み、酷い場合は抑鬱などの症状がでるというものだ。重症のものになると、再起不能となる。しかも治療法が休養を取るしかないうえに、全治がハッキリしないという厄介な代物である。


八原医師の話では、今日こうして監督が自分を診察させたのも、ここ数日の部活中の動きを見ていてその兆候を感じ取ったからだということだった。


「で、先生。どのくらい休養することになるんですか?」


「とりあえず、2ヶ月は部活はもちろん、運動禁止だ。あ、ストレッチ程度の軽い運動なら別にやってもいいよ」


「2ヶ月…」


驚きのあまり、放心状態になる。冬の選手権予選がもう1週間後に迫っている。このままでは出場が出来ない。


「やはり、休むしかないんですか?」


「うん。この病気は休むことでしか治療できない。君の場合は重症でもないが軽くもないので、2ヶ月は休養しないとだめだ。その後は、少しずつ負荷をかけていく。…だから完全復帰までは3ヶ月くらいかな。残念だけど、今年の冬の選手権予選に出ることは諦めた方がいい」


八原先生は静かに告げる。


「はい…」


「今回は残念だったけど、小野寺先生が気がつかなきゃ、もっと大変なことになっていたよ」


「はい…」


慰めのつもりで言ってくれていることは良くわかる。しかしそうは言われても、だったら何故もっと早く気がついてくれなかったと思ってしまう。


「とにかく…ゆっくり休めばまた1月くらいから部活にも復帰できる。今は我慢するんだ」


「はい…」


「じゃあ、睡眠障害もないみたいだし、薬は出さないから」


「はい…ありがとうございました」


「お大事に」


診察室を出た。、


「2ヶ月は休むこと」


病院の廊下を出口に向かって歩きながら、先生に言われた言葉を反芻する。


…何で


ギリギリと音が聞こえそうなくらい強く、歯を食いしばる。


折角膝が治ったと思えば、次はこれか。ホント、ついてないというか何というか…神も仏もないのか?


翌日、監督のもとを尋ね、診断結果を報告した。


「そうですか。やはり…」


監督は悪い予測が当たり、複雑な表情をしている。


「…申し訳ありません。選手権は出場できそうにありません」


「まだそうと決まったわけではありません。とにかくあなたは治療に専念してください。予選は間に合わなくても、本戦なら間に合う可能性もあります」


そう言って監督は穏やかな笑みを浮かべる。半分は期待、半分は励ましだろう。


「わかりました。失礼します」


「はい」


部屋を出て、教室に戻った。


いつものように部活が始まる。しかし、グラウンドの外で見ることしかできない。怪我でも何でもないのに、こうして外から眺めることしかできないのは何とも歯痒い。ウォームアップに混ざるだけじゃやはり物足りないし。


目の前では紅白戦が行われている。自分の代わりにレギュラー組に入っているのは鈴木だ。運動量と守備力は優れているが、攻撃面では物足りない選手だ。案の定、守備の面では良い働きを続けているものの、いかんせんボールを捌けていない。そのせいか、どうしても組み立てを先輩に頼っているところがある。


これに対し、控え組で僕のポジションに入っているのは黒井だ。こちらは攻撃面では驚くような大胆な展開と正確なパスを供給している。しかし、守備の面はお粗末としか言いようのないレベルだ。こちらはDF陣から色々と言われている。


…大丈夫かな


見ていると余計にイライラしてくる。別に信頼していないわけではないが、外から見ていて自分ならこうするのにと考えるとやはり歯痒くなる。耐えかねて、1人で身体を動かす。まだ筋肉痛が酷いが、動けないわけでもない。


…出たい。


ストレッチじゃ物足りなくなって、短距離ダッシュでもしていたら


「何をしているのかしら?」


棘のある声が後ろからしてきた。


振りかえるとニコニコした…そこはかとなく怖い笑顔でマネージャーの御神楽先輩が立っていた。


「申し訳ございません。大人しくしております」


「よろしい」


大人しく見ているだけにした。


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