病気になる?2
次の日
熱を測ると36.5度。どうやら熱も収まったようだ。
一日寝て見事に身体の方は回復。しかし…。
「……」
どうにも気力が湧かないというか、このまま寝ていたい気がする。まだなんか頭がボケボケした感じがするし。
そういえば、花丘さんも風邪治ったかな?
昨日は確か来ていなかった。熱出してるのに、あれだけ無茶をすれば当然か。
…おそらくそろそろ復帰してるだろうな。
同じクラスである以上は嫌でも顔を突き合わせることになるだろう。
もう一日休もうか?
……いやダメだ。何かしていないとまた一昨日の晩みたいに堂々巡りだ。
無理矢理ベッドから這い出て学校へと行くことにした。
登校すると相変わらず注目の的だが、もうこのさい気にしない。
教室に入ると珍しく夕希がいた。
「おはよ」
「おはよー…ってあれ?」
夕希は首を傾げる
「ん?どうかした?」
「やっぱりなんか元気ないね」
「ああ。病み上がりだから、テンションが高いわけないだろう」
「え? 病み上がり?」
夕希は首を傾げる。
「昨日は風邪引いてた。で、今日は治った」
「そうなんだ」
ふと教室の扉の方を見ると、登校して来た花丘さんと目があった
「……」
花丘さんは目線を外すとそそくさと自分の席に座ってしまった。
まあ…。そうなるよね。
特に気にしないことにする。
その様子を見ていた夕希が怪訝な顔をする。
「慧。花丘さんと何かあったの?」
「え?」
「花丘さんの方見てぼーっとしてさ。あ、まさかフラれた?」
夕希は含み笑いを浮かべている。
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ、どうしたのさ?」
「悪い。ちょっと職員室に用があるから」
「あ、ねえ」
何か居たたまれなくなって、慌てて教室を後にした。
今日も授業の方は右から左の上の空状態。
昨日のように寝ることはなくても、寝ていた分だけ昨日の方がマシだった気もする。
放課後になると正明がやってきた。
「慧部活どうする?」
「すまん、今日も休み」
帰り支度をしてそそくさと教室を出た。
まだ外は日が高い。こんな早い時間に帰るのも久しぶりだな。
校門を出ると
「待ちなさい」
背後から声をかけられた。振りかえるとそこには
「一緒に帰るわよ」
薫がいた。
…忘れてた。薫は部活に入っていないから、帰るとしたら今の時間だということを。
「じゃあ、行くわよ」
有無を言わさず、薫のお供をすることになった。
薫は何故か早足で先を歩いていく。
「あのー、もしかして急ぎの用事でもあるのでしょうか?」
「黙って着いてきなさい」
「はい…」
薫は帰り道とは明らかに違う方へ歩いていく。
確かこのまま行くと神社の方へ出る。それ以外は住宅しかないようなところだ。用があるとしたら神社しか考えられない。
神社になんか連れて行ってどうするんだろう?
疑問は残るが、黙って着いてこいと言われた以上従うしかない。大人しくそのままついて行くことにした。
神社につくと薫は脇の林の中へと入っていく。そしてしばらく歩いた先は、花丘さんと花火を見た場所だった。
「着いたわよ」
「……」
「何、呆けてるのかしら?」
「いえ、別に」
「そう」
薫はそれだけ言うと、草むらの上に腰を下ろして景色を眺める。
「貴方も座りなさい」
「はい」
薫の横に腰掛ける。
この前に来たのは、夜だったから昼間の景色は初めてだ。展望台のある高台ほどではないにしても、結構眺めはいい。
「貴方、一体どうしたの?」
薫は景色を見たまま聞いてくる。
「…些細なことがありまして」
「言いなさい」
「実は副委員長に嵌められまして、それでお姫様だっこ…」
「それじゃないわ。そんなのはもうわかっているわよ」
薫が段々と不機嫌になる。
「そうですか」
「だいたい貴方は、その事で人がどうこう言って気にするような人間じゃないでしょう?」
「そうですね」
「わかっているなら、理由を言いなさい。毎朝横でそんな顔されてたらたまらないわ」
薫は怒りを込めた口調で言う。
「こればかりは言えません」
「花丘さんと何かあったの?」
「…別になにもないです」
「じゃあ、どうしてそんなに腑抜けてるのかしら?」
「風邪が良くならなくて」
「…やっぱり、あの娘と何かあったのね?」
薫の声に更に怒気が込められる。
「違うよ」
「じゃあどうして私の方を一度も見ないの?」
「別に深い意味は無いよ」
「あるわ。貴方が嘘をつくときは絶対に人の顔を見ない。…子供の頃からそうよ」
「たとえそうだとしても、薫に関係はないだろう?」
「……」
薫は舌打ちすると黙ってしまう。まずい、怒ったか?
「あの、薫?」
「認めたくなかっただけよ」
「は?」
「あんたが、あの娘のせいで悩んでいるなんてね」
薫はそう言うと、物憂げな目をする。
「…どうして?」
「慧、ここが何なのか、覚えているかしら」
薫はこちらの問いに答えない。
ここが何か?ここは花丘さんと花火を見た…じゃないな。おそらく薫と僕につながりある場所であると言いたいのだろう。
「子供の頃、ここで遊んだのかなあ?」
「…やっぱり覚えていないわね。そう、ここは私とあんたの遊び場だったのよ」
薫は一瞬落胆したような顔をするが、すぐに真剣な顔に戻る。
「ちょっとした秘密の場所…ってところかな?」
「そうね。ここで二人で遊んで、昼寝して…私の大切な思い出の場所よ」
「……」
「何よ? 私がそういう事を言うのがおかしい?」
薫は拳を固めている。
「い、いや…」
「まあいいわ。それからあんたがいなくなって、ここは私だけの場所になった…」
「……」
「今でも、こうして時々来るのよ。…泣きたい時なんかにね」
「そう」
「慧」
景色の方を向いていた薫が突然こちらに向き直る。その目は心なしか潤み、風に長い髪がなびく。
…これが、あの3種の神器(怖い、強い、キレやすい)を持つ薫なのだろうか?思わず心臓の鼓動が速くなる。
「何でしょう?」
「私は…わたしは…」
薫はもう顔が真っ赤になっている。
これが(以下略)。普段とのあまりのギャップに心臓の鼓動は更に速くなる。
「わたしは…あなたが…好き」
途切れ途切れになりながら、薫は言葉を紡ぎ出す。
「あ…」
言葉が続かない。まさか、薫の口からはおよそ似合わないような言葉が出てくるとは思わなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「…慧、答えを聞かせて」
「え、えーと…突然そんな事言われても、その…もう少し考え…」
「駄目よ。今答えて」
薫は逃がさないとばかりに、両肩を掴んでくる。その手はいつもの馬鹿力ではなく、小刻みに震えて弱々しい。振り切れば容易に振り切れる、が。
「…答えて」
薫は潤んだ目のまま、こちらを真っ直ぐに見つめる。いつもの人を威嚇するようなものではない、期待と不安の入り交じった、弱々しさを感じさせる目だ。それを見ていたら、振り切ろうという気は失せてしまう。
このまま、薫の想いに応える方がいいのではないか?ふと、そんな考えが頭をよぎる。
花丘さんに告白したところでフラれるのは目に見えている。それなら…。別に薫のことが嫌いなわけではないし…。
……待て、何を考えているんだ?薫は本気だ。それなのに、こんな打算で応えていいのか?
「……」
薫は視線を外さない。その視線は、こちらの考えを見透かされているようにも見える。
…駄目だ。そんな都合のいい事はするわけにはいかない。
「薫」
「!」
薫はこちらの呼び掛けに身体をビクリと強張らせる。
「薫の気持ちは嬉しい。けど…僕は応えられない」
「……そう」
薫は消え入るような声でそう呟くと、僕の肩から手を離して立ち上がると、林の方へと歩き出す。
「あ、ちょっと」
「…ここは、貸してあげるわ。どうするかは自分で考えなさい」
薫はそれだけ言うと、林の中へ消えていった。
……
「ふう…」
薫の足音が遠ざかったのを確認して、大きく息を付く。
まさか、薫に告白されるとは思わなかった。それに…
『どうするかは自分で考えなさい』
当然と言えば当然だが、薫は文化祭の件を知っていた。そして、僕が落胆した理由もおそらくわかっている。断った時に、さして驚きもしなかったのは、きっと…こうなることはある程度覚悟していたのだろう。それでも…今までに見せたこともないような顔をして、自分の想いをぶつけてきた。
『え? 薫が? 確かに気は強いけど、そんなに我が侭放題…ってわけでもないよ』
夕希の言葉が蘇る。薫が手を出したり我が侭を言う相手は僕だけ。それが何故かは今わかった。
あれが…薫の精一杯だったんだ。本当は臆病な薫の…。
僕は、薫に対して不誠実だったのだろうか? 今までに、薫がどんな思いでいたかを考えたことがあっただろうか? 僕は何もわかろうとせずに、ただ怖がっていただけじゃないのか?
「…くっ」
目の前に広がる空と海、そして町並みを眺めながら、奥歯に力を込める。
…僕は、逃げてばかりだ。
勝てない勝負だからと逃げ、今も想いをぶつけてきた薫から逃げようとした。
「格好の悪いことで」
夕日に照らされる街を眺めて独り言を呟く。
別に逃げることは悪いことでもない。どんな時でも逃げない…なんて格好のいいことは言っても、そんなことはできるはずもない。
…ただ、逃げてはいけない時はあると思う。そういう時に逃げようとすると、余計に痛い思いをする事になる。
実際に今は痛いし、苦しい。だから、今は逃げる時じゃない。
「…勝てない勝負を、しよう」
そう決めて立ち上がり、崖を後にした。




