学園祭だよ全員○○1
修学旅行が終了して2週間ほど経ったホームルーム。今日は文化祭の出し物を決めるという大事な打ち合わせである。
「今日のHRは文化祭の話し合いになってる。じゃ、笹倉ぁ、あと頼むわ」
「はい」
担任の木塚先生は副委員長にそう言うと、そそくさと教室の隅に置いてある自分専用のパイプ椅子へと歩いていく。
代わって副委員長の笹倉さんが教壇に立つ。
「では、文化祭の話し合いを開始しましょう」
副委員長が開会宣言をしている横で、火影が担任に詰め寄っている。
「先生! 委員長は俺ですよ!!」
「ふぁ…ああ、そうだった。じゃあお前にも頼むわ」
「俺の扱いは『も』ですか!」
「だってよ、お前より笹倉の方が話し合いの進行うまいじゃねえか」
「そんなこと無いッス! 大体、先生はいつも寝ているじゃないですか! 何でそんなことがわかるんです?」
木塚先生は無精髭面で自信に満ちた笑みを浮かべる。
「そりゃ俺は素晴らしき担任だからな。お前らのことなら何でも知っている。そうだなあ、火影、お前先週駅前のレンタルビデオ屋で…」
木塚先生の言葉に火影の顔が蒼白になる。
「な、何で知ってるンすか!」
「言ったろう? 俺は素晴らしき担任だとな。しかしお前、アレはなあ…」
「わ、わわー!! や、やめてください!」
火影は慌ててニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている担任の口を塞ごうとする。
「…じゃ、お前は大人しくしてろ」
「…はい」
火影は項垂れたまま副委員長の横に立つ。毎度の光景である。
「じゃ、頼むな」
HRの度に毎度行われるやりとりを終えると、木塚先生はパイプ椅子に座り、スースーと寝息を立て始めた。
相変わらず放任主義というか何というか、明らかに自分は何もする気のない担任である。
担任の木塚先生は基本的に連絡事項を伝える以外はすべて生徒…というか副委員長任せである。本人いわく、自分達のことは自分達で決めて自分達でやる、これをやらせる事も教育らしい。ただ、話し合いをしている横で気持ちよさそうに眠っている人間の言うことなので、いまいち説得力がない。最初は真面目な生徒が木塚先生に対して抗議していたものだが、呆れたのか慣れてしまったのか、今では誰も文句を言わなくなってしまった。
眠りの世界へと旅立った担任教師を気にも留めず、文化祭の出し物についての話し合いが始まる。
「さて、まずは出し物を決めましょう。別にありきたりなものでも構わないわよ」
「喫茶店」
「演劇」
「屋台!!」
「お化け屋敷」
ベタなものばかりが出てきた。
「よーし候補は決まった! じゃ、多数決でもするかぁ!!」
「じゃあ、紙を渡すから、希望する出し物を書いてこの箱に入れてくださいね」
副委員長はいつのまにか用意した箱と紙を出した。このあたりは流石だ。
……
結果は
喫茶店 15票
演劇 19票
屋台 1票
お化け屋敷 5票
「く…、仕方ねえが…今年は演劇に決定だあ!!」
明らかに納得がいかない表情を浮かべながら、委員長高らかに宣言。
「ええー、花丘さんのメイド姿見たかったのにー」
「いやいや、仁科さんのメイド姿こそ」
「高平さんなんかも見たかった!」
「まて、龍崎さんなんかも…」
「4人全員のメイド姿を見てみたいでござる。でも小島先輩のが一番…」
一斉に不満を漏らす喫茶店に投票したと思われる野郎ども(15人)。
「うるせぇ! 決定といったら決定だ!! ガタガタ言うんじゃねえ!!!」
いつも悪ノリして混沌へと導く委員長が珍しく制止した。
「火影、てめえ俺らの敵に回るのか?」
メイド一派のリーダー(西島君)が反論する。
「当たり前だ! そんな不純な動機で決めるんじゃねえ!!」
珍しく正論を言う委員長。
「……」
メイド一派全員沈黙。その後
教室は委員長への賞賛の拍手で包まれた。
うーん、八つ当たりだったな、あれは
自らの提案(おそらく屋台)が通らなかったことに対する腹いせだろう。拍手はしなかった。
「み、みんなありがとう! 俺は今猛烈に感動している!! うぉぉぉぉ!!!!」
泣き出す委員長。
「……コホン、では演劇に決まりましたので次はキャストを決めましょう」
職務放棄して泣いているバカを無視して話を進める副委員長。
「え? 笹倉さん、まだシナリオも決めていないのに?」
女子から疑問の声が上がる。
副委員長の眼鏡がキラリと光る。
「大丈夫です。こんな事もあろうかと用意しておきました。もう決定です」
恐ろしいまで用意周到な副委員長。そして強引にシナリオを決定。
「……」
誰も反論はしなかった。これも副委員長への信頼の証なのか?それとも…。
「では、まずはヒロインの姫役です。誰か立候補する人はいる?」
シーン。
教室は静まりかえる。副委員長がいつの間にか用意していたシナリオの詳細がわからない以上、誰も手を出さない。まあヒロインは男に絶対回ってこないからなあ。
対岸の火事と思い気楽に構える。
「じゃあ、推薦でも良いわよ」
「花丘さんしかいない!」
「そうだ。メイド服も良いがお姫様姿も見てみたい!」
「確かにお姫様姿もたまらないでござる」
メイド一派は再び息を吹き返した。
「確かに、花丘さんならぴったりよね」
「そうね。花丘さんなら文句なしね」
女子も同調している。
「じゃあ、花丘さん、いいかしら?」
「え? えーと、私は龍崎さんなんかどうかなあ…と思うんだけど」
花丘さんは困惑気味だ。
まあ、確かにあの邪な一派に推薦されるのはちょっとね…
女子も同調しているとはいえ、あの連中に推薦されてどうこう…というのは流石にアイドルでも複雑なのだろう。
「おお、確かに龍崎さんもいい」
「姫と言うよりは女王様といった感じになりそうだが、またそれがいい」
「確かに彼女の前で跪きたい気もする」
「気の強い姫もたまらないでござる」
騒がしいメイド一派改め姫一派。
「じゃ、じゃあ龍崎さんはどうかしら?」
副委員長は多少困惑しながらも薫の方を見る。
「私は…、夕希なんかが良いと思うけど」
薫からまた新たな候補者が推薦された。
薫の奴、やりたくないから夕希を売ったな。
「おお、高平さんか。すらりとした姫もまたいい」
「お転婆そうな姫というのもなかなか…」
「スレンダーな姫さんもいいが、グラマーな姫さんもいいなあ」
「たまらないでござる」
また騒がしい姫一派。結局のところあいつらは誰でも良いのだろうか?
「……という事なんだけど、高平さん」
副委員長はたらい回しのような現状…というより騒がしい姫一派に呆れている。
「あ、あたしは姫なんかできないよ。薫か花丘さんの方が適任だと思うよ」
夕希は自分が身代わりされかかっている事に気が付いているのか、慌てて断る。
「そう。困ったわね」
考え込む副委員長。
「うぉぉーん!」
やかましい委員長。
「…じゃあ、また多数決で決めましょうか。3人とも、それでいいかしら?」
「仕方ないわね、いいわよ」
「ええ、構わないわ」
「そうしようか」
3人とも同意。3人が3人、多数決なら勝算あり(つまり役が当たらない)と踏んだのだろう。
「ではもう一度紙を配りますので、誰を推薦するか書いてください。もちろん、推薦するのは一人だけですよ」
副委員長から再び投票用紙が配られた。
さーて、誰が良いかねえ…
正直な所、誰でも構わないと思う。が、
「だ、誰にしたらいいんだ…」
「むう、困ったでござる…」
「俺は初志貫徹だ!」
「俺はやっぱり花丘さんだ!」
「あ、てめえ裏切る気か!」
「俺はもともと龍崎さん派だ!」
「俺は高平さんにするぞ!」
「俺もだ!」
「俺は龍崎さん」
「ちょっと待て! 花丘さん派じゃないのか?貴様らは!」
「うるさい! ここは譲れん!」
「何だと!」
姫一派にはこれは極めて重要な問題らしい。瞬く間に内戦勃発。教室が(15人の暴徒による)喧噪に包まれる。
うーむ、あれも男として譲れない事なんだな。それにしても、あいつらきっと制服(姫は違うか? )好きなんだろうな。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ姫一派(15人)の様子を眺めながら、そんなことを考える。
「だー! もう全員花丘さんにしろ!」
「何でだよ! 勝手に決めんな!」
「どうしたらよいでござるか…。いっそのこと3人全員…」
「おお! それいいな!」
「ヒロインが3人くらいいても問題ないな」
「そうだ! それなら最初から我々が争う必要がないじゃないか!」
何やら、無茶な方向に話が流れている。もちろん周囲の人間はそんな提案を真に受けず、さっさと投票を済ませていく。
とりあえず喧騒は無視して名前を書いて投票した。
……
1枚岩かと思われた姫一派の思わぬ分裂で投票に時間がかかったが、無事に投票終了。姫一派は一時無謀な提案をしていたものの、受け入れられるはずもなく、結局は「個人の意志を尊重する」という事で決着がついた。
「それでは開票しますね」
副委員長は開票を開始した。
「まずは、花丘さん」
……
結果は
花丘 25票
龍崎 6票
高平 9票
花丘さんの圧勝だった。やはりアイドルは偉大らしい。
「じゃあヒロインは花丘さんに決定。花丘さん、お願いね」
「…わかったわ、やってみる」
まだ多少困惑気味だが、覚悟を決めたのか花丘さんは受諾した。
拍手が起こった。
「次に、もう一人の主役、近衛騎士の役です。これは男子ね」
「誰か立候補する?」
「はいっ!!」
いつの間にか我に帰った委員長が手を挙げる。
しーん。
全員呆気にとられている。
「却下します」
シナリオ担当の副委員長の厳しいお言葉。
「な、何故だ! 誰も立候補していないなら、決定じゃねえか!!」
猛然と抗議する委員長。
「火影君にこの役を任せる事は、絶対に認めません」
副委員長強権発動。
「じゃ、じゃあ誰にするってんだ?」
「そうね…、山名君なんてどうかしら?」
副委員長から新たな候補が提案された。
「確かに火影君に任せるくらいなら、山名君の方がいいわね」
「そうだな。火影なんかを花丘さんに触れさせるわけにはいかねえしな」
「確かに花丘さんの安全を考えたら、その方がいい」
「美男美女。まさにぴったりよねえ」
クラスの皆さんも賛成のようだ。
「山名君、やってくれるかしら?」
「俺は……」
少し考えた後
「俺は、慧の方がいいと思う」
正明は友を売るという愚行に出た。
あ、あいつ、何て事を…。ま、でも僕が正明に勝てるわけ…
「確かに雪村君でもいいわねえ」
「雪村君の騎士姿なんてのも面白いかもね」
「俺は火影じゃなきゃいい」
「見てみたいわね。きっと似合わないでしょうけど」
「確かに馬子にも衣装って感じで面白そうだね」
甘かったようだ。
な、何て移り気なんだ、このクラスの皆様は…。
思わず頭を抱えたくなった。
しかし、副委員長の一言が僕にとって好ましくない流れを止めた。
「雪村君はダメ」
「ええ!」
正明は意外な返答に間抜けな声をあげる。
助かった…。あのまま多数決になったらもしかしたら…負けたかもしれない。副委員長、ありがとう。
心の中で副委員長に感謝の言葉を述べていると、副委員長は次にとんでもないことを言いだした。
「雪村君の役はもう決まっています」
ちょっと待て。何故立候補も何もしていないのに、自分だけが役を決められてしまうんだ?
たまらずに手を挙げて質問する。
「あの、副委員長?」
「何?」
「私の意志は…」
「関係ありません。この役は雪村君にしかできません」
副委員長にとりつく島はない。
しかし、このまま決定されては大変なので食い下がる。
「あ、あのー、いくら何でも強引では…」
「大丈夫です。隣国の王子という主役二人の次に重大な役ですから」
いや大丈夫ってそういうことじゃ…。
「別に役が不満とかどうとかではなくて…」
「何なら信任投票でもしましょうか?」
副委員長はニッコリと微笑む。信任投票などしたところで無駄だろう。自分にさえ役が回らなければ誰でもいいと考えている奴が大半なのだから。
「……」
「雪村君、お願いね」
もう退路はないようだ。覚悟を決める。
「はい…」
「じゃあ近衛騎士役は山名君にお願いね」
「い、いや待って!えっと…愁一!愁一ならどうかな?」
正明は慌てて代替案を提示する。
「そうねえ…」
副委員長は正明と愁一を交互に見ながら何かを考える。そして
「やっぱり山名君に決定」
問答無用で決定した。
「…わかりました。やります」
正明は今のやりとりを見ていて反論するだけ無駄であることを悟ったらしい。渋々受諾した。
「次の役決めるわよ。次は…」
こうして、正明と僕、花丘さんは大役を担うことになってしまった。ちなみに、主役を逃れた愁一は王様役に、夢破れた火影は傭兵役になった。姫役を逃れた夕希と薫はそれぞれ大道具、衣装となった。
ついでに、キャストなのに裏方のチーフまで任される羽目になった。




