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ニセモノ?ホンモノ?  作者: 名無幸
2/49

彼女はアイドル

2年の新学期が始まって2日目。


外は春らしいポカポカとした陽気に包まれている。


時刻は午前8時。2-Eの教室は登校してくる生徒や、他クラスから遊びに来た生徒で騒がしい時間帯。


「ふぁ…」


外の陽気に誘われて、僕は欠伸を噛み殺しながらうつらうつらしている。


春はこうして縁側の年寄りのようにウトウトするのが日課である。


年寄り臭いと馬鹿にされそうだが、気持ちいいのだから気にしてもいない。


「毎日のことだが、しまらないな。お前」


眠りの世界に落ちかけた所を、現実に引き戻すように長身の男子生徒が登校するなり声をかけてきた。


「おはよ正明(まさあき)。あいも変わらず朝から元気なことで」


小さく欠伸をしながら友人の山名やまな 正明まさあきに答える。


正明はそんな僕を見て、短髪の頭を掻きながら呆れている。


「ウチの部(サッカー部)に朝練が無くて良かったな」


「確かにねぇ。バスケ部のしゅうちゃんみたいに毎日ボロボロにはなりたくないなあ」


「生憎だが、ボロボロにはなっていないが」


いつの間にか、目の前には長身痩躯で無愛想な表情を浮かべる生徒がいた。


朝練から戻ってきた景浦かげうら 愁一しゅういちである。


「あら愁ちゃんおはよー…」


「おはよう」


「ああ」


二人の挨拶に愁一は無表情のまま答える。


「愁一、ちょうど良かった。お前もコイツに何か言ってやってくれ」


正明は親指で僕を指さす。


「…何をだ?」


愁一は首を傾げる。


「朝から精力的に動いているお前から、このバカのだらけぶりに苦言を呈して欲しいんだ」


「む…そうだな」


愁一は、何を言おうか真面目に考える。


「ああ…、この朝からハイテンションな男の戯れ言は無視していいよぉ…」


再び眠りの世界へと旅立つ手前になりながら言う。


「うーむ…」


愁一は僕の言うことなど耳に入っていない。口元に手をやってどうしたものかとうなっている。


「…愁一、そこまで考えなくてもいいぞ。夜更かしするなとかその程度でいいんだ」


見かねた正明が助け船を出す。


「そうか…では…」


愁一は僕の方に向き直ると


「お前の好きにしろ」


と一言だけ僕に告げた。


「ちょ、ちょっと待て。いくらなんでもそれじゃダメだろ!」


「別にけいがだらけていて困ることなど何もない。それに、こいつなりの考えがあってこうしているのだろう」


愁一は無表情で答える。


「さすがは愁ちゃん。わかってるじゃないのぉ…」


「…お前がそれで損をしても俺には関係ないしな」


「…ははは、サラリと酷いこと言うね…。愁ちゃん」


友人のキツイ一言に苦笑いを浮かべる。


「何が愁ちゃんだ!もう少シャキッとしろ、シャキッと」


正明は大声を上げる。


説教臭いなあ…。こいつの方が年寄り臭いんじゃないか?


「別にいいだろう? 好きにすれば」


愁一が正明をなだめる


「朝からそんなテンションで1日保つわけないだろ? もう少し気合い入れろ、気合い」


そう言う正明は朝から元気である。


「だったらあのバカはどうなるの?」


僕はバカを指さす。正明と愁一の視線が僕の指差す方を向く。


「今日もいい天気だぜ! こりゃ体育が楽しみだなあ!!」


朝から爽やかにバカッぷりを発揮する異次元のテンションの坊主頭が1人。


火影ほかげは朝はあんな調子だけど、一部の授業を除いてすべて寝ているけど?」


僕はフフンと鼻を鳴らす。


「ま、まあ確かに。あいつの寝言が聞こえない授業など、数えるくらいだしな…」


「確かにな…。しかもあれでは今の慧より迷惑だな」


二人共僕の主張に納得しながら異次元のテンション男を見やっている。


「だろう? つまり今はこうでも、騒ぎもしないし真面目に授業を聞いている僕の方がお利口さんだというわけだ」


「む、まあ…。し、しかしだな…」


言いくるめられそうになって、正明は何か反論しようとする。そこに


「山名君、おはよう」


僕の隣席の人物、花丘はなおか 瑞音みずねが登校して来た。


「あ、花丘さん、おはよう」


正明は笑顔で挨拶する。


「雪村くんに景浦君もおはよう」


花丘さんはパッチリした目で二人の顔を交互に見ながら挨拶する。


「…おはよう」


愁一は無表情で挨拶をする。


「ふぁあ…おはよう」


欠伸まじりに挨拶をする。


「な、何か眠そうね」


花丘さんは僕を見て不思議そうな顔をしている。


「ああ、こいつはいつも朝はこんな調子だから」


解説する正明。


「へえ、山名君とは正反対ね。雪村くんって、低血圧なの?」


「そんな事はありません。126/78の至って正常な血圧でございます。ついでに言えば心拍数も正常で不整脈もありません」


「そ、そうなの?」


どう反応していいのか困る花丘さん。


「こいつの言う事は気にしないでいいよ。いつもこんな感じだから」


また解説する正明。


「いつも…。な、何か大変ね」


ますますどう反応していいのか困る花丘さん。


「……」


愁一は黙ってやりとりを眺めている。


「正明君、人を困らせるような事を言ってはだめだろう?」


僕は諭すように言う。


「な…。も、元はと言えばお前が…」


「はいはい、わかってますよ」


「はあ。全くお前は…」


結局抵抗しても勝てなくて、溜息をつく正明。


「くすくす」


他愛もないやりとりを見ていた花丘さんは笑っている。その様子を見て教室の生徒たちがざわめきだす。


「笑われてしまったじゃないか正明君」


「そ、そんなに面白かったかな?」


困惑する正明。


「くすくす…ごめんなさい、二人とも仲が良いなと思って」


花丘さんは笑いをこらえながら謝る。


「それは恋人同士ですから」


一つ爆弾を投下してみた。


「な…」


「え!」


正明と花丘さんの表情は凍り付く。教室にも寒い空気が流れる。


「……」


そんな中、愁一だけは相変わらず無表情のままだ。


「なあ正明君」


僕はそう言って右手を口元に持って行きながらパチパチとウインクする。


「お、おおお前何言ってんだ! 俺はお前をそんな風には…」


正明は僕のあまりに唐突な発言に、慌てふためいている。


「ま、まさか本当なの?」


その様子を見て花丘さんの顔はさらに引きつる。


「い…いや、断じて違う! な、愁一?」


「……」


愁一は黙ったまま首を振る。その愁一の反応に教室がざわつく。


愁ちゃんやりすぎ。


「や、やっぱりそうなの? 山名君がそうだなんて、知らなかったなあ。で、でもまあ個人の自由だし…私がとやかく言うことは…」


花丘さんは無理矢理納得しようとする。


「別に無理に納得しなくてもいいよ。僕も正明もそんな趣味はないしね」


さすがにこのままでは自爆になるので訂正する。


「何だ、冗談だったの」


花丘さんはホッとしている。同時に教室中に残念がる空気と安堵する声が入り交じる。


「……」


相変わらず黙ったまま表情一つ変えない愁一だが、心なしか笑いを堪えてい

るようにも見える。


正明は烈火のごとく怒って僕に詰め寄る。


「慧! お前なあ…」


「そう怒らない。大体、お前が慌てふためいてどうする?」


「…まったくだ」


愁一はため息をつく。


「ぐ…ま、まあ確かに…」


二人から切り替えされ、あっさりと正明の勢いはしぼんでしまう。


「三人とも仲が良いのね」


花丘さんはやりとりを見て感心している。


「今度は褒められたぞお二人さん」


「そ、そうかな?」


「…そうでもないが」


照れる正明とな素っ気ない愁一。


「本当に息ぴったりって感じよ。あ、私友達の所に行くから」


そう言って花丘さんは友達の席へと去っていった。


「時に正明君」


僕は佇まいを正して正明の方を向く。


「何だよ? あらたまって」


正明は怪訝そうな目を向ける。


「彼女と我々が会話している時、妙に教室がざわついたが、どういうことだい?」


「…それは俺も聞きたい」


愁一も食いつく。


「お前ら、彼女のこと知らないのか?」


驚く正明。


「いや、花丘さんという人だということは知っている」


「同じく」


「…まさか彼女の事を知らん奴がいるとはな。彼女はな、この学校のアイド

ルとも称されてるんだよ」


呆れながらも解説する正明。


「なるほど…。確かに容姿の面は文句なしといった所かな?」


彼女の可愛らしいというより綺麗と言った方がいい整った顔立ち、ツヤツヤ

の黒髪のセミロングをまぶたの裏に思い浮かべる。


「同じく」


「それだけではない。彼女は何をやらせてもパーフェクト、その上あの素晴らしい人柄だ」


「ほうほう。つまり完璧人間で当然のことながら男性の皆さんにモテモテと」


「同じく」


「その通りだ」


正明は頷く。


「で、彼女に恋い焦がれる男性の皆さんは数限りなくいるが、皆撃墜されたと…」


「…ありがちだな」


「さっきから『同じく』しか言ってないと思ったらいきなり変わったね」


すかさずツッコミを入れるが、愁一はあっさり無視。


「その通りだ。そしてその中にはウチの部の三橋先輩や沖山先輩も含まれている」


「ウチの部のツートップまで撃墜か…。それはまた凄いね」


「……」


「ああそうだろう? しかし、あの人柄と笑顔のおかげで、フラれた連中は誰も彼女の事を恨まないらしい」


正明の弁論は続く。


コイツなんでこんなに饒舌なんだ?まあ面白そうだからいいか。


「それも凄いね。じゃあ女性の方々からは?」


「逆恨みされそうな気もするが」


「普通なら嫉妬されても仕方ないのだが、それはごく少数らしい」


正明はまだ雄弁に語る。


「つまり絵に描いたような完璧人間と」


「いうことか?」


「人の台詞に繋ぐな」


また愁一に突っ込む。


「……」


が、やっぱり無視。


「そうだ。これでわかったろう? 彼女がどれだけ凄いのか」


「はいはいわかりましたよ」


「一応はな」


「な、何かあんまりわかってなさそうだな…」


正明は懐疑的な視線を向ける。


「大丈夫だって。きっちり理解しましたから。で、最後の質問だ」


「何だよ? ははーん、彼女を狙うつもりか? やめとけ、お前なら撃墜確定だ」


正明はからかうようにニヤニヤ笑いながら言う。


「違う。何故彼女が君のことを知っているか、だ」


「…それは僕も聞きたい」


「ああそのことか。彼女とは中学が同じだったんだよ。で、去年も同じクラス」


「ほほー。それはそれは…」


「ふむ…なるほど」


正明はこちらの反応に訝しげな目を向ける。


「あのな…お前らの考えているような関係じゃないぞ」


「中学が同じというだけで、あそこまで…ねえ」


「そうだな…」


「…な、何だよあそこまでって。べ、別に普通に話してただけだろ?」

正明は明らかに動揺する。


「そうかなあ?」


「普通…でもなかったと思うが」


「だ、大体お前ら知ってるだろ?俺は…」


正明は言いかけてはっとして口をつぐむ。


「俺は?」


「何だ?」


「い、いや…その…あれだ。…あ、もう時間か。じゃな」


正明は顔を赤くして、逃げるように席に戻っていった。愁一はその様子を見て笑っている(ちなみに、笑っていると見えるのは僕や正明だけで、他人には無表情にしか見えないらしい)。


「…少し、やりすぎたか?」


「別にいいんじゃない?」


そうこうしているうちに予鈴が鳴ったため、愁一も席に戻る。


担任が教室に入り、騒々しかった教室に静寂が訪れる。


花丘さん、ね。自分には縁のない人かね。


担任の話も半分にそんなことを考えながらぼんやりとしていた。


――そしてその日の放課後、突然花丘さんから恋人として指名された。


読んでくださってありがとうございます。

少しの暇つぶしにでもなれば幸いです。

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