デート???
終業式を終えてお待ちかねの夏休みに入る。
しかしいきなり関門が待ち受ける
薫との映画の約束だ。
一体どういうつもりなんだ?
薫はいつも人の都合などお構いなしである。しかし、行かないと後が怖い以上行くしかない。
映画に付き合え、などまるでデートである。
薫と? デート? そんな甘いモノになるのだろうか?
そんな事を考えながら準備を済ませ、施設を出た。
駅前に到着したが、まだ薫の姿はない。どうやら遅刻せずに済んだようだ。遅刻などした日には酷い目にあうのは明白である。
薫と出かけるときはいつも時間に気を使う。何せ、薫が先に来ていた場合は全て遅刻扱いにされるからだ。待ち合わせ時間前であっても遅刻扱いにされるのだからたまらない。
「あら、時間通りに来たわね」
程なく薫がやって来た。もう少し遅れていれば遅刻となる所だった。
「誰かさんは待たせるとうるさいから、遅刻するわけないでしょ」
「誰かさんって、誰の事?」
機嫌が悪くなる薫。
「誰かさんは誰かさんだよ」
「真面目に答えないと、すりつぶすわよ」
殺気立つ薫。
「まあまあ、落ち着いて」
さすがにこれ以上怒らせると暴れだしかねないのでなだめる。
「あなたが怒らせるようなこと言うからでしょ!」
正拳突きが炸裂し、その場に崩れ落ちる。
「いたた…悪かったって。ジョークなんだからそんなに真に受けないでくれよ」
「ふう、あなたと話していると疲れるわ。さ、行くわよ」
疲れるなら呼ばなければいいだろうに…。
薫と映画館へと歩いた。
その途中で一つ気がついたことがある。
薫の服装である。確か去年無理やり選ばされた時に選んだやつだ。
「薫が着てるその服って、以前僕が選んだやつじゃないの?」
「ええ、そうよ」
薫は何故か嬉しそうに答える。
「あの時気に入らないって言ってたのに結局買ったの?」
「それは…気に入らなくてもあなたが選んだものだからでしょう」
何故か口ごもる薫。
「あのー、それは以下が聞こえなかったんですけど」
「…」
薫はこちらを無視して足早に映画館へと歩いていく。
言いたくないなら、無理に聞かなくてもいいか…。それにしても気に入らないのに買うなんて、薫らしくないな。
「薫ー、置いて行かないでー」
早歩きでスタスタと進む薫を追いかけながら映画館へと向かった。
映画館につき、二人して黙ってチケット売り場に並んで自分たちの番を待つ。
薫はあれから黙ったままなので話しかけにくい。
仕方ないので今上映されている映画をチェックする。
…ホラーに子供向けのアニメにベタベタの恋愛映画に感動もの。この中に薫が見そうな映画はなさそうだな。一体何を見るつもりだ?他にもないかチェックしてみるとアクション映画が一つだけあった。
お、広州特別警察がやっているな。薫が見るとしたらこれかな。
ややあって自分たちの番が回ってくると、薫は意外な映画のチケットを買いだした。
「え、これ見るの?」
「そうよ。悪い?」
「いや、別に悪くはないけど」
「じゃ、行きましょう」
二人分のチケットを買い上映場所へと向かう。
何故、こんなものを選ぶんだろう? 薫が選んだのはベタベタの恋愛ものだった。
………
『どうして私達が離れ離れになくてはならないの?』
『わかってくれジェシカ。君を連れて行くわけにはいかないんだよ』
『どうして、どうしてなの?』
『これから行く所は未開の地だ。なにが起こるかわからない。だから君を危険にさらさないためにも、ここに残ってくれないか?』
『嫌』
『ジェシカ!』
『だって私決めたもの。どんな事があっても貴方について行くって。だから、私の事を大切に思うのなら貴方の傍にいさせて』
『しかし…』
『お願いよ…』
『‥‥わかった。君がそこまで言うのなら。一緒に行こう』
『ああ、ジェイムズ』
『ジェシカ』
これでもかというくらい甘く、ベタベタの恋愛映画だった。
まさか薫がこれを見たがるとはな…。そういえば、夕希の奴が『薫はよく恋愛小説読んでる』って言ってたな。
しかし退屈だ。さすがにここまでベタベタだと意外性も何もなく、つまらない。薫はというと
「……」
黙って真剣に見ている。
さすがに途中で帰るわけにはいかないしな。仕方ない、付き合おう。
黙って映画を見る。
眠くなってきた…。
しかし寝るわけにはいかない。
寝たら間違いなく殺されるな…。我慢我慢。
90分が経ち、ようやく退屈から開放される
「はあ、感動したわ」
薫は満足そうに伸びをしている。
「はは…」
笑うしかない。
「面白かったでしょう、慧?」
「…まあね」
「そうでしょう! もうラストのシーンなんか最高よね」
薫は珍しくはしゃいでいる。
「あ、ああ。ところで、これだけのために期末試験頑張ったの?」
「これだけとは何よ。せっかく面白い映画やっているんだから教えてあげたのよ。感謝しなさい」
薫は不満そうに鼻を鳴らす。
「ま、確かに楽しめたからね、ありがとう」
「そうでしょう、楽しめたでしょう」
満足そうな薫。
映画は全く楽しんでないけどね。
「さ、行くわよ」
薫は踵を返す。
「どこ行くの?」
「黙ってついて来なさい」
薫はさっさと行ってしまう。
仕方ない…。ここは従おう。
大人しく薫の言う事に従った。
薫は映画館を出て、真っ直ぐショッピングモールの方へ向かっているようだ。
「買い物にでも行くのかい?」
「ついて来ればわかるわよ」
薫は振り返らずに歩く。
行き先くらい言えばいいのに…。
大人しくついていく。
で、連れてこられてたのは、以前薫の服を選んだブティックだった。
「まさか…また服を選べなんて言わないよね?」
「ええ。さ、行くわよ」
薫はさっさと店へと入っていく。
じゃあ、荷物持ちか?
後を追った。
店内に入ると薫は女性ものの売り場に見向きもしないで奥へと進んでいく。
「そっちは男物だよ?」
「いいから、ついてきなさい」
荷物持ちでもない…か。
女性物の売り場を抜けると、今度は男性物の売り場に出る
「慧、好きな色は?」
「えーと…、青系統かな?」
「わかったわ。じゃあちょっと待ってなさい」
「ちょっと…」
薫はこちらの制止も聞かずに行ってしまった。そして
「うーん…、これは派手すぎるわね。これはサイズが合わないわね」
ブツブツ言いながら次々と服を手に取っている。
もしかして…。いやまさかあの薫がそんな事するわけが…。
「本当、あの悪趣味には何を着せればいいかしらね」
…あったみたいだな。しかし、一体どういう風の吹き回しなんだか。
わかった所でどうしようもないので、黙って待つ。
「これと…あとはこれと…、これくらいかしらね」
薫は2、3着を服を手にとって、こちらに戻ってくる。
「待たせたわね。はい、試着してみて」
薫は手にした服を差し出す。
「はいはい」
服を受け取り、試着室へと向かった。
試着室に入り、手渡された服に着替える。
…サイズは聞かれていないはず何だけどな。
薫の選んだ服はサイズがピッタリだった。
似合っているのか?これ。
鏡に映る自分を見つめる。
「慧、終わった?」
カーテンの向こうから薫の声がする。
「ああ、終わったよ」
カーテンを開ける。
「どう?」
「よく似合ってるわ。じゃあ次よ」
「はーい」
再びカーテンを閉めて着替える。
自分で見てもわからないしな。
着替えたらすぐに薫に見せる事にした。
「どうでしょう?」
「…いまいちね。これはやめましょう。じゃあ最後ね」
「はい」
再びカーテンを閉める。
今のが駄目で、さっきのが何でいいのだろうか?
考えてもわからないので、さっさと着替える。
「いかがなものでしょう」
「…これが一番いいわね。じゃあ最初に着たやつとこれにしましょう」
「あのー、これとさっきのがどう違うんでしょう?」
「あなたは黙って従えばいいのよ」
「はい…」
「じゃ、早く会計してきなさい」
「は?」
「何を驚いた顔してるのかしら? 私がお金まで払うわけないでしょう?」
薫は事も無げに言う。
えーと…3900円に2800円…。
慌てて値札を確認する。
「あのー、ちょっと持ち合わせが…」
「私の苦労を水の泡にする気かしら?」
「……行ってきます」
渋々レジに向かい、
これで今月は…。
泣く泣く諭吉さんを手放した。
服を買ったあと薫は喉が渇いたと言い、喫茶店に入ることにした。
「はあ、今日は楽しかったわ」
薫は嬉しそうに出されたコーヒーを飲んでいる。
「…そうですね。あの、薫?」
「何よ?」
「何故僕の服選んでくれたの?」
「酷すぎるからよ」
薫は事も無げに言う。
「そんなに酷いかな?」
「ええ、見ていられないわね」
薫はこちらの服装を見回しながら言う。
「…随分とハッキリ言うね」
「悪いかしら?」
「別に。もう自分でもわかってる事だからね」
コーヒーをすする。
「だったら直しなさいよ?」
「直せるものなら、直してるさ」
「やっぱりそうよね。貴方のセンスの無さはお父さん譲りだものね」
薫は表情一つ変えず、カップを口に運ぶ。
「そうなのかな?」
「ええ。貴方のお父さんもそれはもう、凄い格好してたわよ」
「そんなに凄かったかな?」
「…まさか気がついてなかったの?」
薫は呆れたようにこちらを見る。
「いや、ごめん。よく思い出せない」
「あれだけおばさんが怒っていたのに?」
「そんなに怒ってたかな?」
「呆れたわ…。貴方って本当に間抜けね」
薫は再びコーヒーをすする。
「確かに間抜けかもしれないけど、よく覚えてるね、そんな事」
「え?」
「僕は忘れてるのに、薫は本当に細かい所まで覚えているなと思って」
こちらもコーヒーを一口。
「それは…当たり前じゃない。大切な思い出だもの…」
薫は下を向いて、また口ごもる。
「何か、今日は意外な事ばかりだね」
「どういう意味よ?」
顔を上げる薫。
「いやあ、あの薫が口籠もったり、恋愛映画を見に引っ張ったり、服を選んでくれたり…」
「…そんなに、意外かしら?」
見る見るうちに薫の顔色が変わる。
「ま、まあまあ。薫にも意外な一面があったなあと思っただけで…」
「そうよねえ。私が人の世話焼いたり、恋愛映画見たりなんてどう考えてもおかしいわよねえ」
さっきまでのしおらしさはどこへやら。すっかり元に戻っている。
「別におかしいなんて言ってないだろ?」
「そうかしらねえ?」
今にもテーブルをひっくり返しそうな薫。
「だから落ち漬けって」
「別に怒ってなんかないわよ」
そう言いながらも、両手は固く握られている。
「言い方が悪かったよ。ただ、薫にも僕の知らない面があったんだなと思ってさ」
「……」
「その…意外と可愛らしい所もあるかなーと…」
「…本当?」
薫の表情が変わる。
「は、はい」
「…本当にそう思う?」
「だから、そう言ってるだろ?」
「……」
薫は黙ったままこちらを見ている。
「どうしたの?今日はなんか変だよ」
「う、うるさいわね。さ、帰るわよ」
突然席を立つ薫。
「まだコーヒー残ってるけど?」
「いいの! 支払いはまかせたわよ」
「ええ!」
「じゃ、待ってるわ」
薫は急ぎ足で店の外へと出て行ってしまった。
コーヒー2杯分なら、足りるよな?
寂しい財布の中身を確認し、レジに向かって支払いを済ませた。
「さ、帰りましょう」
「今日は随分落ち着きがないけど、何かあったの?」
「べ、別にいいじゃない。置いていくわよ」
珍しく動揺を見せながら、薫はさっさと歩いていく。
「待ってよ」
薫を追いかけて、帰路についた。




