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ニセモノ?ホンモノ?  作者: 名無幸
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別人?

気がつくともう7時を回っている。いつの間にか照明に灯が入り、真っ暗になったグラウンドを照らしている。一緒に居残り練習していた他の部員達も既に皆帰ってしまい、残っているのは正明と僕だけである。


その正明はグラウンドの脇で、用意しておいたタオルで噴き出る汗を拭っている。


「慧ー。先に上がるぞー」


正明は大きな声をかけてくる。


「ああー。お疲れさーん」


ボールを拾う手を止めて、正明に応える。


「お疲れー」


正明は手を2,3回左右に振ると部室の方へと歩いていった。


さーて、続きっと…


ゴールの周りに散らばったボールをカゴに拾い集めて、再びボールを蹴っていた位置に戻る。


目の前には人が5人ならんだような形をした壁。FKの練習だ。


「……」


バスッ


バサ


バスッ


カーン


バスッ


バサ


……


誰もいなくなったグラウンドでひたすらボールを蹴り続ける。


そうこうしているうちに夜も8時を回ったということで、グラウンドにはほとんど人がいない。ボールを蹴る音が大きく響く。


バスッ


バサ


バスッ


カーン


バスッ


バサ


……


黙々とボールを蹴り続ける。


今日はまずまずかな


10本蹴って6本くらい。いつもより成功率が多少良い。まあ壁は動かないしGKもいないから実戦よりも入るのは当たり前である。GKのいない状態のFK練習ではキック自体の精度向上にはつながるものの、GKとの駆け引きができない。なので、できるだけGKの奴を捕まえて練習に付き合ってもらっている。今日はたまたま捕まらなかったので1人だが。


「…ん」


ん?何か聞こえたような…。今の時間は学校に人などほとんど残っていないし、ここにも自分しかいない。おそらく気のせいだろう。籠からボールを拾い上げ、ゴールの方を見ながら次に蹴る位置を考える。


「……ん」


まただ。空耳が聞こえるのは疲れがたまっているからだろうか?


よし、この一本を最後にしよう。


次はこの辺から


最後の一本は自分の一番苦手な角度と距離にすることにした。ボールをセットして、蹴る体勢に入ると


「わっ!」


後ろから突然大声がした。


「!!」


びくりと身体を強張らせた後、後ろを振り返ると


「びっくりした?」


ニコニコと微笑む花丘さんがいた。


「…とっても」


「そうでしょうね。こんなに驚いていたものね」


そう言って、花丘さんは僕の驚いた様子を真似する。そこまで驚いていただろうか?それにしても、何故ここに彼女がいるんだ?


「ところで、いつの間に背後にいたの?」


花丘さんは呆れたような顔をする。


「さっきからずっといたわよ」


「声くらいかければ良かったのに」


「さっきからかけてたじゃない」


「え?」


意外な答えが帰ってきた。


さっきから?あ…あれ空耳じゃなかったのか。


「本当、雪村くんって冷たいわね。こんなに可愛い彼女が声をかけてくれてるのに」


花丘さんはわざとらしく拗ねたようにしている。


「…自分で可愛いなんて言わないでください。それとあくまで偽物の関係ですから」


「やっぱりそうよね? 自分でそういうこと言うのって変よね」


「まあ、別に花…」


言いかけてやめた。


花丘さんは可愛いから自分で言っても問題ないかもねなんてよくよく考えたら恥ずかしい。


「別に…何?」


「何でもないよ。じゃあ帰ろうか」


「え? もう練習はいいの?」


「ああ。そろそろ帰ろうか思ってたから。じゃあ僕は片づけがあるから気をつけて帰ってね」


ゴール周辺に散らばったボールを片づけに行こうとすると、


「……」


花丘さんは何も言わずにジーッとこちらを見ていることに気がついた。何となくその視線には冷ややかなものを感じる。


もしかして、僕を待っていたのか?


「すぐ片づけるからちょっと待っててね」


先程の言葉を訂正する。が、相変わらず冷ややかな視線を向けてくる花丘さん。


待っていたと思ったのは勘違いだったのだろうか? じゃあ一体何なんだ?


「どうしたの?」


「手伝ってもいい?」


そう言ってゴールの方に視線を送る。


…手伝いたいなら最初からそう言えばいいのに。それにしても手伝おうとするなんて奇特な方だ。人手はあっても困らないし、本人がやりたいというなら別に手伝わせても良いだろう。


「じゃあ、ボール拾い手伝ってくれないかな?」


「ええ」


花丘さんはそう言うと意気揚々とボールを拾い始めた。


…何なんだろう? 普通、喜んで手伝うかな?


彼女の行動には疑問が残ったが、手伝ってもらったおかげでいつもより早く片づいた。


「雪村くん、いつも遅くまで練習しているの?」


「いつもじゃないよ、今日はたまたま」


「そんなに練習して疲れないの?」


「疲れているから練習するんだよ」


「?」


花丘さんは言葉の意味が理解できなかったのか、首を傾げる。


「疲れているとね、無駄な動きをしなくなるからいい感じで練習できるんだよ」


「へえ」


「それに試合の終盤にもいいプレーが出来るようになるための訓練でもあるんだよ」


「なるほど。だから毎日遅くまで練習してるのね」


花丘さんは納得がいったようだ。


「まあそれ以上に下手だからというのがあるんだけどね」


「ふふふ、でもこうやって頑張ってればきっと上手くなるわね」


「まあ、そうなればいいね」


「こうやって話していると、やっぱりいつもの雪村くんね」


どういうことだ? 別に二重人格でもないし、何かをすると性格が変わるようなこともないはずだが。


「さっきの雪村くん、別人みたいだったわ」


「そうかな?」


「そうよ。雪村くんっていつもはニコニコしてるのに、さっきは別人みたいに無表情だったもの」


こんな感じだったとその時の顔真似をする花丘さん。改めて思うが、そんな顔をしているだろうか?


「ああ、どうも集中してるときはそうなるみたい」


「それに、声をかけるのも怖いような感じがしたわよ」


そのわりには思い切り驚かしてくれたような…。


「はは…そんな怖かった?」


「ええ。あの朝の寝ぼけた雪村くんとは完全に別人だったわよ」


いつもはこんな感じと今度は寝惚けた顔の真似をしている。


…正明か愁一にでもどんな顔をしているか聞いてみよう。


「まあ、僕も怖いときは怖いということで」


「ふふふ」


花丘さんは突然妙な笑いを浮かべている。


「何?」


「さっきの雪村くん、ちょっとだけ格好良かったわよ」


ドクリ。


少しだけ心臓の鼓動が強くなるのを覚える。しかし、あくまでも平静を装って


「それはどうも」


気のない返事をする。


そんな僕の反応を見て溜息をつく花丘さん。


「……はあ」


「どうかしたの?」


「…何でもないわ。あ、私の家はこっちだから」


「じゃあ」


「じゃあね」


花丘さんと別れた。


格好いい…ねえ


自分の方を見てそう言った彼女の顔を思い出す。おそらくはお世辞じゃない…と思う。が、からかっているつもりなのだろう。


正直なところ、女性からそういうことを言われたことはないので免疫がない。さっきも思わずどう反応していいかわからなくなってしまった。


…まあ、悪い気はしないか。


多少足取りも軽い感じで帰路についた。

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