もてるんだねえ
さて、帰るかな。
もう夜の7時を回ったとあって学校には殆ど人気はない。静かなため、廊下に自分の足音だけが響き渡る。コツコツと音を立てながら階段を降り、廊下を歩いていると、自分の足音以外の音と、聞きなれた声が後ろから聞こえてきたため、後ろを振り返る。
「おーい」
「夕希、今まで部活かい?」
「ああ、もう朝は早いし、遅くまで練習するし、まいっちゃうよ」
夕希は相当疲れた顔をしている。今日もしごかれたようだ。
「練習熱心だね、バスケ部は」
「キャプテンが燃えてるからね。『今年こそインターハイで上位進出だ!』って。あれ? 正明は?」
「ああ、あいつは『今日は用事がある』って部活が終わってすぐ帰ったよ」
「え? サッカー部も今の今まで部活だったんじゃないのか?」
夕希は意外そうな顔をする。
「うちはバスケ部ほど長い時間練習しないよ。個人練習は基本的に自主的に行うって方針だから」
「へえ、じゃああんたは自主練してたわけ?」
「ああ、自主的に練習しない奴は落ちこぼれるってシステムだからうちは」
「ふーん、それはまた大変だね」
「まあそうだね」
夕希とそんな話をしながら玄関へと足を進めると、すぐに玄関までたどり着く。
自分の下駄箱から靴を取り出し、上履きと履き替える。しかし、夕希は自分の下駄箱を見つめたまま、靴を履き替えようとしない。
「あれ? どうしたの?」
「いや、今日はあるのかと思ってね」
夕希は下駄箱を見つめたまま、動こうとしない。
「あるって、何が?」
「開けてみればわかるか…」
夕希は質問に答えず、意を決して下駄箱の扉を開ける。すると、バサバサと大量の封筒が下駄箱から飛び出し、夕希は額に手を当てて困ったような表情を浮かべる。
「あちゃあ、またこんなに沢山あるよ…」
「これ…いわゆるラブレター?」
「そ。慧、拾い集めるの手伝って」
「はーい」
夕希と共に散乱した封筒を拾い集める。
「はい」
集めた手紙を夕希に渡す。
「ありがと。じゃ、行こうか」
集め終えた封筒を片手に、夕希は靴を履き替え、共に玄関を出た。
「お前、もてるんだねえ」
からかうように笑いながら夕希を見る。
「そう思うかい?」
「それはあれだけあれば誰だってそう思うでしょう。うらやましい事だね」
「あんたの所はああならないのかい?」
「ならないよ。正明の所がああなったのは見たことあるけど」
「あいつは人気者だからね」
「何せ学園のプリンスだから」
プリンスという響きがおかしくて、含み笑いを浮かべる。
「正明も大変だね」
「はは…、あいつは真面目が服を着て歩いているような奴だから。お前と違って一つ一つちゃんと読んで返事をしているんだよ」
「何だよ。あたしだって読むだけはきちんと読むよ。返事は面倒だし、半分くらいは無視していいからしないけど」
夕希はムッとした表情で答える。
「無視していいのが半分? どういうこと?」
「半分くらいは女子からなんだよ」
夕希はそのさっぱりした性格と長身から、男子からの人気もなかなかだが、女子からの人気も高い。もちろんその事は知っていたが、まさか恋文(?)の山が来る程とは考えてもいなかった。
「ますます凄いねえ。男女からモテモテなんて」
「面倒なだけだよ。それにしても、あんたはいいよね。彼女いるし」
「まあ、ね」
偽物だけど。
「あんたも彼女いなかったら、結構モテるんじゃないの?」
突然何を言い出すんだこいつは。
「は?」
「だってさ、あんただって正明と同じサッカー部だし、成績だって悪くないし、顔だってまあまあだろ?」
「はは…何故だろうね」
「やっぱ薫のせいかな?」
「何でそこで薫が出てくるのかな?」
「知らないの! 女子の間じゃ有名な話だったんだよ。あんたに手を出したら薫が黙っていないって」
夕希は驚いた顔をして、多少早口にまくし立てる。
「え? そうなの?」
「そ、だから薫を恐れてみんなあんたに手を出さなかったんだよ」
「へえ。初耳だね」
「薫も結構可愛い所あるよね」
他の女子に睨みを利かせる事のどこが可愛いというのだろう? 夕希の言葉の意味を全く理解できなかった。
「ははは…そうだねえ」
仕方ないので笑って誤魔化す。しかし、夕希は懐疑的な視線を向けてくる。
「あんた、本当にわかってるの?」
「はは…もちろん」
「はあ、駄目だこりゃ」
そう言って夕希は大きなため息をつく。
「どうしたの? 今度は溜息ついて」
「あんたがモテない理由がよくわかったよ」
「薫が睨みを利かせてたのと、今は彼女がいるからでしょ?」
「それだけじゃないね、絶対」
「じゃあその理由は?」
「自分で考える事だね。じゃ、ここでね」
夕希は答えを言わないまま、さっさと行ってしまった。
…なんだよ。それ以外に何かあるのか?
ま、考えてもわからないし、考えないでおこう。
そのまま施設への道を多少早足で歩いて帰った。




