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第五話 近くて遠いキミ。(前編)





四月も後半に差しかかり、わたしたち一年生は遠足に来ていた。

体操服に着替え、それぞれのクラスで固まっている。


お昼の時間。

近郊の山へとハイキングに訪れたわたしたちは頂上にいた。

緑に囲まれた景色は穏やかで、展望台からは街並みを見下ろすことができる。


「うわっ、うまそー! 一個もーらい」

「勝手に食べないで下さい」


グループから外れてお弁当を広げていると、間もなく加瀬が現れた。

わざわざ人目につきにくい木陰を選んだと言うのに台無しだ。


「これ自分で作ったの?」

「それが何か」


いきなり素手でタコウィンナーを摘み上げ、一口で食べた加瀬。

関心したように唸り、目を輝かせている。


「玲菜って料理上手なんだ。なんか尊敬」

「これくらい普通です」

「いや、俺は米も炊けないし」

「は?」

「てか台所立ったことないかも」

「甘やかされて育ったんですね」

「うあ、言われちゃった。キビシー」


冷たくあしらえば困ったように笑うものの、怒りはしない。

いい加減諦めてしまえばいいのにと内心ため息をついた。


「このお弁当、かなり作り慣れてるよね」

「毎日ですから」

「え、毎日?」

「朝ごはんのついでです。残り物を詰めるだけ」

「えぇ!? 朝ごはんも作ってるの?」

「これくらい普通です」

「いや、玲菜の普通基準かなり高い気が……」


毎日料理をしている。そんなに珍しいことなのだろうか?

首を傾げていると、複数の足音が近付いてくる。


「加瀬くん! もー、急にいなくなるんだから」

「えーもう見つかった?」

「えーじゃないわよ! みんな加瀬くんとお昼たべるの楽しみにしてるんだからねっ」


頬をふくらませた女の子はクラスメイト……だったと思う。

正直ひとの顔を覚えるのは苦手だ。名前はもっと苦手。


「あ、じゃあ玲菜も一緒に」

「どうぞお引き取り下さい。むしろノシ付きで」

「うぁぁあ、玲菜がいじめたー!」


迷わず答えると、加瀬は泣き真似をして抗議した。

それを見ていた女の子たちのひとりが加瀬の腕に絡みつき、強引に引っ張っていく。


「芦田さんも気が向いたらおいでよ。じゃあね」


よくある社交辞令だ。

何度かこちらを振り向きながら連行される加瀬を見て笑みが漏れる。


「気が向いたらおいでよ、か……」


加瀬の周りは眩しい。いつだってきらきらしてる。

わたしはあそこへ行けない。日陰者には縁のない場所だ。


ひとり残された後、心地良い風が頬をかすめて瞼を閉じた。

木々の息吹を感じる。木の葉がすれるたびにさやさやと優しい音がした。


「せっかくだし少し休んでいこうかな」


わたしは暇潰しにと持参した薄い文庫本を開き、木の幹に寄りかかる。

久しぶりに訪れた平和なひとときを噛みしめながら。




*************************************************************





本に読みふけっている最中、集合の笛が鳴って飛びあがった。

みんなはもう整列し始めていて、慌てて荷物をまとめ輪に戻る。


「よーし、みんな揃ってるな。これから下山する」


点呼の後、先生に従って山を下り始めた。

しばらく歩いてから、水を飲もうとリュックを開き異変に気付く。


「あっ!?」


ない。ずっと大切にしていたお守りがなくなっている。

もしかして読書した場所に落としたのだろうか? 

本に夢中になって、慌てて飛び出したから――――


『はい。これを玲にあげる。お守りだよ』


懐かしい声が頭で再生される。昔こうして山に来たことがあった。

そして四つ葉のクローバーを指輪のように結んでくれた男の子がいた。


かなで


流れるように呟いた名前。

わたしははっと我に返り、時計を見た。もう夕方だ。

ポケットの携帯を取り出すも、ここは圏外。勝手な行動はみんなの迷惑になってしまう。

夕方の空が茜色に染まっていく。赤、黄色、オレンジが混ざり合い、溶けていく。

だけど……


「少しだけ、だよ」


最後尾にいたわたしは隙を突いて列を離れた。

残った体力を振り絞り、元いた木陰へと急ぐ。


「たしかこの辺で……あった!」


木の幹に寄りかかって休んでいた、まさにその場所に落ちていた。

ラミネートされた本のしおりは純白で、ピンクのリボンが通されている。

色褪せた四つ葉のクローバーは古いものの、きれいに保たれていた。


「よかった」


すぐに見つからなければ諦めないといけなかったかも。

小さなしおりをぎゅっと胸に引き寄せ、みんなに追いつこうと振り向いたとき、


「きゃっ!?」


何もないところでつまづき、派手に転倒した。

重心をかけていた右足首に鈍い痛みが走る。


上体を起こしながら、しおりがなくなっていないことを確認した。

安心して胸を撫で下ろすと、突然カラスの鳴き声がしてビクッと背中が震える。


昼間とは違った山の空気に気圧されてしまう。

ひとりでいることがこんなにも心細いなんて――――


『これから先、俺が困ったら玲菜を頼る。だから玲菜が困ったら、いちばんに俺を頼って。呼んだら絶対駆けつけるから』


加瀬との約束を思い出し、瞳の奥が熱くなる。

わたしは挫けまいと瞼をこすり、まっすぐに前を向いた。


誰かを頼ってちゃだめだ。これまでだってずっとがんばってこれたじゃない。

今さら甘えるなんて簡単にできないよ。加瀬とわたしは違うんだ。

たとえ同じ学校で、隣の席に座っていたとしても。






お気に入りにご登録下さったみなさま、ポイントを下さった方、

また貴重なお時間をいただきご覧下さっているみなさまに心から感謝します。


今回のお話は長くなりそうだったので二つに分けさせていただきました。

後編も更新しますので、どうぞよろしくお願いします(^^)

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