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カラフル×ドロップ  作者: 水嶋陸


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第十六話 もう少しだけ。(前編)Side加瀬葵



もうすぐ玲菜に会える。そう思うだけでテンションがあがった。

『会いたい』のひとことで幸せになれるなんて、俺も単純だな。


「おつかれさまでしたー!」


撮影後、軽い足取りでスタジオを後にした俺は待ち合わせ場所に直行する。

ちょうど帰宅ラッシュの時間で駅前は人だらけ。うわ、やべーな。これちゃんと合流できっかな。

そんなことを考えていたときだった。


「え?」


一瞬で胸がざわめく。ちょうど改札から出てきた玲菜を見つけたのだ。

どうしてか彼女の周りだけくっきりと浮かび上がっているようだった。

同じく、俺に気付いたらしい玲菜が雑踏の中で手を振る。

――すぐに見つけてくれた。

そんなことが嬉しくて。他の誰でもない、俺だけを見て走って来る玲菜が愛しくて。

待ち切れず人の流れに逆らって玲菜の方へ走り出していた。俺らしくない行動。


「撮影お疲れさまでした」

「サンキュ。玲菜もお疲れ。今日バイトだっけ?」

「いえ。ちょっと用があって出かけてました」

「そっか。とりあえず飯にしない? 腹減って死にそう」

「ふふっ、わたしもです。どこかで食事しましょうか」

「おー! 玲菜何食べたい? 好き嫌いあるかんじ?」

「なんでも大丈夫です」

「じゃあこの辺で適当に入るか。気になる店があったら言って」

「了解です」


肩が触れるか触れないかの距離で歩き出すと、玲菜は嬉しそうに頬を染めた。

右手で髪を耳にかけ、俺を気遣うように見上げてくる。

こんな何気ない仕草さえ抜群の破壊力があるのに、本人はまるで意識してない様子でもどかしい。


「あっ」

「ん? 気になるお店あった?」

「えーと、その。あるにはあるのですが……」


もじもじする玲菜の視線を追うと、そこにあったのは牛丼屋。

サラリーマンや大学生でいっぱいになっている某人気チェーン店だった。

そういう店がある、ということくらいは知っていたけれど、訪れるのは俺も初めて。


「一応確認するけど、ほんとにここでよかった?」

「はい! ありがとうございます!」


爛々と瞳を輝かせる玲菜とカウンターにつく。並んで食べるってけっこう新鮮かも。

メニューを手にした玲菜は上機嫌だ。むさ苦しい男だらけの空間に咲く一輪の花、ってとこか。

彼女は自分が可愛くないなんて言うけれど、それは大きな間違いだ。


「なぁ、あの子可愛くない?」


さっきからチラチラ盗み見られてるなんて思いもしないのだろう。呑気に「どうします? 何にしましょうか」と注文を促してくるんだから。

「せっかくだから好きなのを頼みなよ」とさりげなく玲菜の手を取れば、見ていた奴らはちょっと驚いたように視線を外し内心ホッとした。他の奴に玲菜を見られたくない。


最近の玲菜は一段ときれいになった。頑なな雰囲気が和らいで穏やかになったし、初めて会った時とは比べ物にならないほどくるくる表情を変えるようになった。

そういえば夏休みに入る頃には何度かクラスメイトに話し掛けられてたな。まだ警戒しているものの、コミュニケーションを取ろうとがんばる玲菜をこっそり応援したっけ。


「玲菜はよく外食するの?」

「まさか。そんなの不経済じゃないですか」

「毎日自炊してるって言ってたしな。もしかして両親共働き?」

「まぁ、そんな感じです」

「じゃあ留守番多いんだ。兄弟は?」

「いません」

「そっか。じゃあちょっと寂しいな」


注文した後、あっという間に提供された牛丼を前に「いただきます」と手を合わせた俺たちは箸を掴んだ。

だけど何気なく玲菜を見て心臓が跳ねる。どうしてか――微笑んでいるのに頼りなくて、このまま消えてしまいそうな不安に駆られた。思わず箸を置いてじっと見つめてしまう。


「? どうしたんですか?」

「あ、いやゴメン。なんとなく」


気のせい、か? 考えすぎだったかもしれない。

不思議そうに首を傾げた玲菜は気を取り直したのか、まじまじ店の内装を観察している。


「このお店ずっと気になってたんですよ。だけど女性一人で入るには敷居が高いといいますか、なかなか勇気が出なくて」

「そんなに前から?」

「はい。これまで誘えるような友達はいませんでしたし、奏と出かけてもこういうお店には縁がなくて」

「……ふーん」


ごく普通に返事をしたつもりだったのに、ハッとして気まずそうに青ざめる玲菜。

不機嫌オーラを感じ取ったらしい彼女に気を遣わせてしまうなんて俺も修行が足りないな。

でもこの状況でにこにこするほど物分かりのいい人間じゃないんだよ。


「ご、誤解しないで下さい! 奏はその、昔から騒がしい場所が苦手で。だから」

「あんまり人のいない場所で会ってた?」

「そうですけど、何かいかがわしい想像してませんか?」

「別にー」

「変なこと考えないで下さい! 前にも言いましたが奏は家族みたいなもので」


奏。奏。そう何度も呼ぶなよ。家族ってなんだよ。向こうはそう思ってないの丸分かりだっつの!

いくら玲菜でも本気で気付いてないはずがない。もしかしたら俺の知らないところで会ってたりするのかも。いや、どうこう言える立場でもないんだけどさ。少なくとも――玲菜があいつに向ける視線は明らかに俺に対するものと違っていた。ジリ、と胸の奥が焦げていく。


「とにかく、わたしと奏は――」

「しー。黙って。おしゃべりな口にはキスしちゃうよ?」

「!!??」


すっと人差し指で唇を塞げば、真っ赤になってもだもだする玲菜。

たまに大胆発言するくせに俺がちょっと何かすると固まるんだからたまらない。

いつもならこれで満足したけれど、奏の名前を口にしたことで不満が上回っていた。

過去はどうあれいま目の前にいるのは俺なのに、なんであいつが出てくるんだよ。


「てか玲菜ひどくね?」

「え?」

「他の男の名前とか聞きたくない。俺だって名字呼びなのに」

「だ、だってそれは」

「ぶっぶー! 言い訳禁止。ペナルティです。これから俺のこと下の名前で呼ぶこと」

「そんな、いきなりなんて」

「あいつのことは名前で呼ぶのにー?」

「うっ」

「それともあいつが特別なの?」

「……っ」


言葉に詰まる玲菜。わざとすぐに答えられない質問をするなんて俺も悪趣味だな。

困らせていることは分かってるんだ。何でも恋愛だけで片付けられないことくらい。

ただあいつが玲菜にとって『大切な存在』であることは察しがつく訳で、俺がどうがんばっても同じポジションには行けないと思うと焦燥感が込み上げる。だけど――

ああ、まずい。玲菜が悲しそうな顔をしてる。早くフォローしなきゃ。

少しだって傷付けたくはない。誰よりも大切な女の子。


「ごめん、意地悪しすぎた。忘れて」


演技がこんなふうに役立つ日が来るとは思わなかったな。上手に本心を隠して平気なフリをする。

相手の望む自分になることを重ねて真実を押し殺すくらい、いまさら造作もないことだ。

玲菜の本心が読めないいま、無理に距離を縮めようとしても逆効果だろう。

身勝手な想いを、嫉妬をぶつけたところで何も解決しないというのに、玲菜のことになると余裕がなくなる。いちばんかっこつけたい相手の前でみっともない自分を晒してしまうなんて皮肉な話だ。


「葵」

「……え? なに、玲菜いま何て――」

「葵。素敵な名前ですね。あなたにぴったりです」


控え目に、だけどとても嬉しそうに名前を呼んだ玲菜が柔らかく微笑んだ。

澄んだ声は心地良く響いて、体中がふわふわした。ヤバイ。これは本格的にヤバイ。


「失敗だったかも」

「え?」

「玲菜に名前呼ばれたら、何でも許したくなる」


体温が2℃くらい上がったような気がする。これ錯覚だったらすげーな。

他の誰に呼ばれてもこうはならない。玲菜だから感じる甘い痺れは麻酔のように心を蝕んでいく。


「なんか悔しい。もっと早く出逢いたかったな。そしたらきっと楽しかったのに」

「いいんですよ。今のタイミングで」

「どうして?」

「今のタイミングで出会ったからこそわたしたちは惹かれあったんです。たとえ過去に出会っていたとしても、こうして一緒にいるとは限りませんよ。そう思うと、これまで別々に過ごしてきた時間を愛しく感じませんか? いまお互いがお互いを大切に想う自分を形作ってくれたんですから」


――――……。

ガツンと頭を殴られたみたいに、視野が広がっていく。

これまで加瀬の家で過ごしてきた日々を大切に思うことなんてなかった。むしろ早送りしたいと切に願っていたくらい。まさかそれも含めて認めてくれるというのか? こうして彼女の側にいられる自分の糧になっていたのだろうか?


「ほんとにそう思う? 過去の自分が今の糧になってるって」

「もちろんです。自分のためにがんばってきたことがいつか、大切なひとの幸せにつながることもある。わたしには勉強くらいしかありませんが、それでもあなたの役に立てて嬉しいんですよ」


蕾が咲き綻ぶような満面の笑顔。まっすぐ見つめてきた玲菜は視線が合うと慌てて逸らした。

思ったより距離が近いことに照れたのだろう。ずいぶん達観したようなことを言ったかと思えば年相応の女の子に早変わりする。元々隙のない玲菜がふいに無防備な姿を見せるだけで参ってしまうというのに、一体どこまで俺を落とせば気が済むのか。計算じゃないところがますます怖い。


「玲菜には敵わないな」

「何言ってるんですか。加瀬のおかげですよ」

「俺の?」

「人と向き合うのは正直今でも怖いです。だけど傷付いてもいいから側にいたいと思える相手なら騙されたって後悔しません」

「うあ、やっぱ玲菜男前!」

「これくらい肝が据わってないとあなたの隣にいられませんよ」

「……いてくれるの?」

「え?」


つい心の声が漏れてしまった。俺は「なんでもない」と曖昧に誤魔化す。今はまだダメだ。中途半端なことはしたくない。玲菜に選んでもらえる男になるならなおさら。


「つーかこのへんでやめとくか。牛丼冷めるし視線が痛い」

「視線? 視線って……あっ」


実は入店したときから注目されているのだが、俺たちの様子にますます視線が集まっていた。

玲菜はようやく気付いたのか恥ずかしそうに俯き、それから黙々と箸を進めた。

確かにこういう場所でする話じゃなかったな。焦るなよ。少し落ち着こう。


「これ食ったら場所変えよう。少し遅くなっても平気?」

「はい。少しくらいなら」

「よかった。帰りはちゃんと送るから安心して。話したいことがあるんだ」

「? 分かりました」



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