第十二話 プリンセスになる魔法。(後編)
「あの、ひとつお聞きしても?」
「うん、いーよー」
「どうしてこんなことになってるのでしょうか!?」
映画を観たあと、わたしたちはショッピングフロアまで降りてきた。
ずらりと並ぶショーケースには美術品のように展示されたドレスやアクセサリーの数々。
「玲菜ちゃんと話聞いてた? それとも俺に見惚れてた?」
「なっ!! ちゃんと気にしてましたよ両方!!」
「えーと、それどっちに突っ込めばいっかなー」
ははっと困ったように笑う加瀬はとても楽しそうできつくたしなめられない。
現代の魔法使い――店員さんは映画に出てきそうなフィッティングルームへあれやこれや持ってきて、わたしはその度に着替えて外に出ることを繰り返していた。
「あーそれもいいねー! 玲菜ドレス似合うから迷うわ」
「お客様はスタイルがよろしいのでこちらなども……」
「おおー! 玲菜、次こっち着てみて!」
いい加減にして下さい! と雷を落としたい気持ちを抑えて全身鏡の前に立つ。
パステルカラーで統一された店内はお姫様の部屋をイメージしたもの。
大きなため息がこぼれて天井をみあげた。クリスタルのシャンデリアが輝いている。
ふと自分に視線を戻して身震いする。こんなぜいたくな装飾品は使う機会もない。
だけど嵐のように試着したあと、加瀬は満足そうに頷いた。
「よしっ。ざっとこんなもんかなー? さっき取り置きしたの全部下さい」
「ありがとうございます。お支払いはいかがなさいますか?」
「一括で」
すっとカードを取りだした加瀬は完全にわたしを差し置いて会計を始めた。
もう見るのも怖い値段が積もっていって立てないほどクラクラしてくる。
「な、ななな何勝手に話進めてるんですか!? あなたがどうしてもドレス姿を見たいと言うから試着だけの約束で入ったんですよ!?」
「だってそうでも言わなきゃ玲菜こーゆーとこイヤがりそうだもんー」
「当然です! わたしたちは高校生ですよ? こんな高級ブティックなんて」
恥ずかしい。加瀬はともかくわたしは大目に見て普通かそれ以下の貧乏人だ。
本来であれば一生こんなお店には縁がないはずで、おそれ多いにも程がある。
「とにかく、ご両親のお金で買い物は――」
「あーこれ自分で稼いだ金だから気にしないで」
「へ?」
「さすがに親の金でこんなふうに買い物しないよ」
「……」
「言わなかった? 俺、実家の会社で広告塔みたいな仕事してんだよねー。最近はナントカって雑誌の表紙やったなぁ。んー、なんだっけ」
「ホスピタリティの真髄」
「そうそう! って、あれ? なんで知ってんの?」
「ぐ、偶然見たんですよ!」
「へぇー。ふぅーん」
ニヤッと口角をあげて瞳を細める加瀬。
わたしはますます居心地が悪くなってフィッティングルーム隅に隠れた。
だめ。このままじゃまた加瀬のペースだ。
今回ばかりはやり過ぎだし、ここは友人として注意すべき、よね。
「なおさら貯金すべきです」
「え?」
「あなたががんばって稼いだお金でしょう? だったらご自分のために使って下さい」
「玲菜ってほんと変わってんね」
「普通です」
「んー、俺あんま自分のもん買わないからなぁ」
これといって趣味もないし……と腕組みをする加瀬の横で既に包装を始めた店員さん。
なんとか止めようと画策するも、どのタイミングで口をはさんでいいのか分からない。
というか美的スペックが違いすぎて声を掛けるのさえはばかられてしまう。
「あ。ほしいものなら最近見つけたよ」
「ほしいもの?」
内心焦りつつ反射的に聞き返した。
さっきまでうーんうーんと悩んでいた加瀬はひらめいたようにポン、と手を叩いたのだ。
そしてじっとわたしの方へ碧い瞳を向けるから固まってしまう。
そう、信じられないくらい碧いのに――視線が熱いなんてどうして思ってしまうのか。
「でも簡単に手に入りそうにないから、じっくり攻めるつもり」
「え」
「……覚悟してね?」
覚悟してね、と囁いた加瀬は自信に溢れた様子で佇んでいる。
それってどういう意味?
胸に湧きあがった可能性が激しく鼓動を加速する一方で、期待して傷付きたくない弱虫な自分がそれをいさめた。
最近ほんとうにおかしい。調子が狂う、というレベルは超えてしまった気さえする。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」
結局大量に買い物した加瀬はきれいなショッピングバックを抱えてわたしを外に促した。
重厚なガラス張りの扉をドアマンが開き、会釈すると恭しく瞳を伏せられてしまう。
「休憩しにいこっか」
普段なら絶対に立ち入らないような店でも、加瀬はかけらも緊張していない。
これくらいの場所には慣れているのかもしれない。そんなことが頭をよぎった。
「どしたの玲菜。さっきからご機嫌ナナメっぽいけど」
買い物を終えたわたしたちはカフェに移動した。
加瀬と一緒だからか、いや貸切りだから当然なんだけどいちばん良い席へ案内されてしまう。
ウエイトレスさんの目がもれなくハートマークになっていても加瀬はこちらだけ見ていて落ち着かない。
「わたしばかり一方的にもてなされて不満です」
「えぇー! 普通は喜ぶとこじゃないの?」
「あなたの基準で一括りしないで下さいっ」
胸に溜まっていた言葉を吐き出せば、加瀬は不思議そうに首を傾げた。
確かに、高価な服やアクセサリーを贈られて喜ばない方が変わってるのかもしれないけど。
あんなにあっさり大人買いされてしまっては、金銭感覚が違いすぎて心配になってしまう。
わたしの憂いを見抜いたのか、加瀬はふっと真面目な顔で頬杖をつく。
「実はさ。兄貴の婚約パーティーで着てほしいんだ、さっきの」
「え?」
「ドレスコードとかゆーメンドーなもんがあってさ。だから必要経費ってわけ」
「……ほんとですか?」
「うん。誓って」
「それでは少しずつ返済させていただきます」
「えぇ、いいよ俺が勝手に買ったんだし」
「そういう訳にはいきません!」
「うあ、律義だなー」
興奮してずぞぞぞとジュースを吸い上げてしまったわたしはハッとしてうつむいた。
子供みたいだ。は、恥ずかしすぎる。
加瀬は何も言わずにただ、すごく嬉しそうな目でわたしを見守っていて顔から火が出そう。
「あと買ってないのは靴だけだね」
「く、靴は自分で用意します」
「こだわりがあるの?」
「いえ、特に。でも靴を贈られるとそのまま歩きだしてしまうと聞きますし……」
昔そんな話を聞いたことがある。ただの迷信と言われればそれまでだけど。
少しでも離れてしまいたくない、なんてバカなことを気にするようになってしまった。
「ははっ、なにー。かーわいい」
「??」
「玲菜は俺といたいって思ってくれるんだ」
愛しげな声につられて失敗した。今日いちばんの大失敗。
加瀬の柔らかな笑顔はおひさまの光だってきっと及ばない。
ドキドキしすぎてどうにかなりそう……っ。
わたしは挫けそうな心をなんとか気合いで持ち直す。
「う、自惚れないでくださ――」
「大丈夫」
「え?」
「大丈夫だから」
「……加瀬?」
「たとえばだよ。もしこの先玲菜が姿を消したとして」
「はい」
「俺はガラスの靴がなくても玲菜を見つける自信がある」
「!!」
ぼっと赤面するのが自分でも分かる。
加瀬はごく当然のようにさらりと言ってのけた。
十分に甘い、甘すぎる響きに意識ごと引きずり込まれそうになる。
「ま、またそんなふうにからかって」
「本気だよ?」
「騙されませんっ」
「今はそれでもいーよ。そのうち本気だってイヤでも分からせるから」
「……っ」
焦っても逃げても無駄。
加瀬が絶対といえば絶対であるかのように見えない鎖で縛られてしまう。
艶然とした笑みを口元に浮かべた加瀬は、圧倒され言葉につまるわたしを捕えた。
「兄貴の婚約パーティーさ」
「は、はい」
「今回はアットホームだって言ったけど、それなりに人が集まるんだよね」
「……そうでしょうね」
「でも絶対他の奴に触らせないし、必ず側にいる。だから玲菜は俺の側で、俺だけ見てて」
約束、と手を差しだす加瀬。わたしはその意図を察して自分の手も出した。
小指を重ねて結ぶなんて子供の頃以来だ。
「約束です」
声に出して頷いた。目が合えばどちらともなく微笑む。
――加瀬は王子様だ。こんな自分でもお姫様になれる夢を見せてくれる。
相手を信じたくなる魔法をかけてくれる。そう、臆病にならずまっすぐ前を見て。
長くなりました<(_ _)>
次回は加瀬(兄)のため南の島へ行きます!!




