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第一話 隣の彼は極上でした。





「え? 新入生歓迎会を欠席したい?」

「はい。家庭の事情です」


入学式の翌日。わたしは職員室にいた。

土曜に新入生歓迎会が開かれるという話は聞いたものの、行けそうにないのだ。


「どうしても?」

「すみません」


無表情のまま頭を下げると、先生は困ったようにため息をつく。


「うーん、残念だけど仕方ないな。分かった。みんなには先生から伝えよう」

「ありがとうございます」


ほっと胸を撫で下ろして職員室を後にする。扉を引いた瞬間、


「明日の新歓、来ないの?」

「きゃあっ!?」


廊下で待ち構えていたらしい加瀬に声を掛けられた。

意図せず大きな悲鳴をあげてしまい、周囲の視線を集める。居心地が悪い。


「ねーなんで来ないの? 俺楽しみにしてたのにー」

「あ、あなたと親睦を深める気はありません」


ほんとうに心臓が破裂するかと思った。

なんとか涼しい顔を装って踵を返す。すると、


「ちょい待ち!」


後ろから腕を掴まれ、そのまま振り向かされた。

わたしは近くにいた女子に睨まれ、いっそう冷たく言い放つ。


「まだ何か?」


空気を読め! と叫び出したいのをこらえて返事を待つ。

不満そうな加瀬の顔が近付き、鼓動が高鳴る。


「ちゃんと名前で呼んでよ。あなた、じゃ誰か分かんないだろー?」


なんだ、そんなことか。


「加瀬葵」

「いや、そうじゃなくて」

「葵」


挑戦的に見あげて名前を呼んだ。けして屈することない響きを込めて。

だけどなぜか驚いたようにポカンと口を開いた加瀬は、次の瞬間に笑いだしていた。


「何がおかしいの?」

「ごめん、なんか嬉しくて。玲菜に下の名前で呼んでもらえると思わなかったから」

「自分を呼び捨てにする相手に敬称つける必要ある?」

「そーいうオチね。やっぱ新鮮。玲菜と出逢ってから女の子の新しい一面を開拓できたというか」

「私は開拓されてないし今後もその予定はありません」

「うわっ、冷た! ひどいよ玲菜ぁ」


掴まれた腕を振りほどいたとき、ずっとこちらの様子を窺っていた女の子たちが近寄ってきた。

わたしを完全に無視して加瀬の手に絡みつく。


「加瀬くん、わたしたちとも話そうよぉ。その子だけずるいー」

「え? あー、えっと」


ちら、とこちらを見た加瀬は明らかに困り顔。助けてほしいって? 無理な相談。 


「人気者は忙しいですね? 私はこれで」


日頃の行いが悪いのよ、といわんばかりに薄ら笑いを浮かべて背中を向けた。


「ちょ、玲菜!」


焦った声が飛んできても、廊下の角を曲がるまでわたしが振り返ることはなかった。




*******************************************************************




高校生になってはじめての週末。

わたしはいつもより少し早起きして、目的の場所に向かった。


「おはようございます」

「おー、君が芦田ちゃんか。凄腕のMCが来たって店長喜んでたよ」

「ありがとうございます」

「今日から2日間よろしくね。ティッシュ配りの子、先に入ってるから後で挨拶して」

「了解です」


某大手電機量販店の携帯ショップで働き始めたのはつい最近のことだ。

だけどわたしは既にキャンペーン業界内でちょっとした噂になっているらしい。


そもそもキャンペーンガール派遣事務所にはwebで求人広告を見て応募した。

面接のとき、あまりに地味なわたしを見て採用担当者が首をひねったものの、

ためしに受けた新人研修で社長に気に入られ、今に至る。

なぜ合格したか? その秘密は――――


「いらっしゃいませ! 本日もマックスランド桜坂店にお越しいただき誠にありがとうございますっ」


mocomoの衣装に着替えたわたしはマイクを片手に元気な声を出す。

白いミニスカートのワンピースは何度着ても慣れないけど、仕事と思えば割り切れた。


「芦田ちゃんちょっと。さっき朝礼で新しいイベントが加わったんだけど、対応できる?」


一通りアナウンスを終えたわたしにチーフが声を掛けてきた。

申し訳なさそうに資料を抱え、小声で囁く。


「これが新しい原稿ですか? 分かりました。5分ください。覚えます」

「え!? この量を5分はさすがに……」


わたしの最大かつ唯一の武器はこれだ。

毎週細かに修正が加えられるMC原稿を完璧に暗記し、臨時のイベントにもすぐに切り替えられる。

特別美人でもない、むしろ並みの王道を突っ走るわたしがキャンギャルを名乗れる理由。


「すみません。新しい携帯探してるんですけど」


書類を手渡されたあと、暗記のため一旦休憩室に行こうとしたら引きとめられた。


「はい! お伺い致しま――――」


接客もだいじな仕事。笑顔で振り向くと、


「げっ!!」


思わず素っ頓狂な声が出た。まずい。非常にまずい。


「? どうかしました?」

「い、いえ! 大変失礼しました。機種はもうお決まりですか?」


すぐに営業スマイルを取り繕い、引き攣りそうな唇を噛んだ。

彼の周りだけすっぽりと穴が空いたように、日常が消えうせている。

つまり、まったくもって現実味がないのだ。CGだって見劣りしそう。

まさに極上。

こんな言葉が似合う男の子を、わたしは加瀬の他に知らない。


「へぇー、そういう機能もあるんだ」


勧めた携帯を手にする加瀬。隣のわたしは気が気じゃない。


普段はリップクリームも持ち歩かないわたしは化粧映えするらしい。

地味だ地味だと嘆いていた派遣事務所の担当者も、メイク後の姿を見てから何も言わなくなった。

むしろ何も言えなくなっていた。真っ赤になって目を逸らされたのは謎だけど。

社長いわく、完璧に『別人』らしい。それがこんな形で役に立つとは思わなかった。


加瀬はわたしが芦田玲菜だとは気付いていない。

しばらく接客して確信し、お腹のあたりから安堵が広がっていく。

なんだか気が抜けそう……

だけどそれも束の間、熱い視線を感じてはっと我に返った。


「わ、私の顔に何かついてますか」


じーっと見つめられると落ち着かない。

ボロが出ないよう必死に祈りながら微笑んだ。


「いや。知り合いの子にちょっと似てるなーと」

「へぇ、そうなんですか」


真剣な眼差しに喉の奥がぎゅっと締まる。

お願い、どうか気付かないで――――


「おい加瀬、いつまで見てんだよ。置いてくぞー?」


携帯ショップの前に来た男の子たちがこちらに手を振ってきた。

その姿を凝視して背中に冷たい汗がにじむ。

クラスメイトだ。もしかしたら気付かれるかもしれない。


「大丈夫だよ」


ちいさな声がして、わたしは固まった。

あまりに優しい声で、耳を疑う。

重なる視線。碧い瞳に吸い込まれてしまいそう。


「あー悪い! いま行く」


ぽん、と軽く肩に手を置いて店を出ていく。

何も言わずに、振り向くことなくみんなを連れて離れていく。

もしかして、また助けてくれたの?

知られたくないって、気付いてくれたのかな?



「加瀬葵」



遠ざかる背中を見て呟いた。

どうしてだろう。胸が熱い。


ありがたいはずなのに、さびしい。

かなしくないのに、涙が出そう。


矛盾した想いを抱えたまま、わたしは原稿を手に握り締めていた。



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