第十一話 過去と未来(前編)
七月。
順調に期末テストを乗りきったわたしたちは終業式を迎えた。
高校生になってはじめての夏休み。
解散したあとは自然と浮足立った雰囲気が漂っている。
わたしは少しずつ持ち帰っていたロッカーの荷物を再度確認していた。
夏休み中もセミナーで登校する機会があるけれど、必要以上に物を置きたくない。
「ねぇねぇ聞いた? 校門のとこに超~イケメンがいるらしいよ!」
「えー、うそぉ!? 誰かの彼氏かなー」
いいなーとうっとりするようなため息が漏れてわたしはクラスメイト達に視線を向けた。
すぐ隣で携帯を確認しながらおしゃべりする彼女たちの爪はいつもキラキラしてる。
加瀬もああいう長い爪が好きなのかな……。
無意識に飾り気のない自分の爪を見つめて慌てて我に返る。
最近、どうもおかしい。
色々な基準が「加瀬葵」に設定されつつある事実から目を背けられなくなってきた。
気付けば携帯ストラップを眺めてにこにこしたり、着信履歴を見てドキドキしたり。
いい加減認めるべきだと思いながら屈服するのが嫌で踏みとどまっている。
「うわ、写メ送ってきたー! やばいマジで惚れそうー」
「見せて見せて! あれ? この制服どこかで見たような……」
「知らないの? 白鳳凰学院だよ。ほら、あの有名進学校の」
――――白鳳凰学院。超イケメン。校門で誰かを待ってる。
脳内で素早くキーワード検索してひとつの結果がヒット。
……。えっ。えええええ。ま、まさか。
「もしかして黒髪長身の美少年ですか?」
「え、芦田さん知ってるの?」
「もしかして紫の瞳で冷たい微笑を湛えてたりしませんか?」
「そうそう! なんかねー、声掛けようとした子が凍りついた……って、芦田さんどこ行くの!?」
やっぱり――!!
内心泣きだしたいのを堪えて話を切りあげたわたしは教室を飛び出した。
上履きのまま靴箱を通り抜け、校門を見て確信する。
まさにビンゴ。
遠巻きに女の子たちに囲まれた、とんでもなくきれいな男の子がいる。
「奏!」
このままじゃわたしの日陰者ライフが危うい……っ!
焦りからつい大きな声を出し、かえって注目を集めてしまう。
澄ました顔で見えないバリアを張っていた奏はわたしを見るなり瞳を輝かせた。
「来るのが遅くなってごめん、玲」
花がふんわり咲き綻ぶような笑顔はもはやとどまることを知らない。
ゆっくりこちらへ歩いてくる奏の一挙一動にみんなが魅入っていた。
彼の背景に無数の星が浮かんでは散るのはイリュージョンとしか思えない。
奏はわたしの前でぴたりと足を止めると、愛おしげに髪を一束すくいあげ、キスをする。
「きゃあああ!!」
「キスした! 髪にキス! いやーっ!」
「今の見た!? てゆーかあの地味女、誰!?」
おわった。さよならわたしの日陰者ライフ。伏兵に油断したわ。
バカなことを考えている間にも割れんばかりの黄色い声に包まれて目眩がした。
真っ白になりそうな頭をなんとか支えて奏を見あげる。
『その制服、桜花学園だよね。また近いうちに会いにいくよ』
会いに行く、とは言ったもののこんなふうに待ち伏せされては寿命が縮む。
月でさえ恥じらって雲に隠れてしまうような眩しい男の子。
奏はそれでなくとも目立つのに、校門なんかで足を止めたら光が強すぎて目に毒だ。
「と、とりあえず場所変えない?」
「うん。騒がしいのは好きじゃない」
誰が騒ぎの原因を作ったのか、とお灸を据えたい気持ちを抑えて頷いた。
素直に新しい電話番号を教えなかった罰かもしれない。
わたしは内心嘆息して一旦教室に戻り、鞄を回収して学校を後にした。




