表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カラフル×ドロップ  作者: 水嶋陸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/46

第九話 君の見てる世界。(後編)



「あー、なんか腹減ってきた」


黙って歩いていると、唐突にお腹をさする加瀬。

わたしはそれがおかしくて、制服の胸ポケットに入れているドロップを取りだした。


「仕方がないひとですね。ドロップ食べますか?」

「マジ!? やったぁ!」

「子供ですか」


くすくす笑みが零れて口元に手を当てる。

以前そうしたように缶の底を叩いてドロップを出す。

てのひらに転がったのはピンクのドロップ。今回は苺味。


「ちょーだい」


加瀬はわたしの目線に合わせて腰をかがめた。

傘の柄を握ったまま嬉しそうに表情を緩める。


「どうぞ」


わたしは深く考えずに言われるまま唇へ運んだ。

パクッと口に含んだ加瀬は味わうように目を閉じる。


「そんなに気に入りましたか? まぁ、レモンよりは――――」


突然、瞼を開いた加瀬と視線がかち合う。

すごく真面目な顔……。

非の打ちどころがない端正な容姿はどこか人間味に欠けるくらいだ。


「玲菜」


俺だけ見てて、と。加瀬は囁いて瞳を伏せる。

少しずつ近付くふたりの距離。

傘の影に隠れたわたしたちは別な空間へ飛んできたみたい。


雨音が遠のき、時が止まる。

ひどく静かに感じてもはや心臓の高鳴りだけが響く。


「ん。ドロップのお礼ー」


わたしは一瞬何が起きたのか理解できずに立ち尽くした。

たったいま頬に柔らかな唇の感触が。

しばらくして現実に戻り、たちまち羞恥心が込みあげていく。


「……っ!」

「あ、雨やんだね」


加瀬はいつものように平然と姿勢を正し離れて行った。

わたしは抗議するべきかもう触れないでおくべきかで葛藤し、後者を選択する。


「ほ、ほんとですね。傘をたたみましょう」

「もー少しだけこのままでいよっか」

「え?」


雨がやんでも傘をさしたままの加瀬。

相合傘という状況を楽しんでいるのかもしれないけど。


「変なひとだと思われますよ」

「うあ、ツッコミの切れが増してるー!」


わたしはショックを受けて傘をたたむ加瀬を無視し話を変えた。


「そういえば中間テストの結果、良かったですね。赤点どころか平均以上です」

「玲菜先生のおかげだな。サンキュ!」

「来月は期末テストですからそろそろ準備を始めた方がいいですよ」

「うげー、またテストかぁ。頭どーかなりそー」


うーんうーんと唸る加瀬が可愛くて、つい笑ってしまう。

加瀬はそんなわたしをチラと見てどこか安心したようだった。


「あのさ。前に大事な用事があるって言ったの覚えてる?」

「大事な用事? ああ、夏休みに何かあるんですよね」

「うん。できれば玲菜に一緒に来てほしい」

「いいですよ」

「マジ!? しかも即答!」

「友達の頼みを無下に断りませんよ」


『友達』


自分で言ってて恥ずかしい。でもとっても嬉しい響きに胸が鳴る。

照れを隠そうとひとつ咳払いして加瀬に向き合う。


「で、用事というのは?」

「二泊三日南の島へご招待」

「は?」

「ていうのは半分ほんと。兄貴の婚約記念パーティーがあるんだ。って言っても公式なのは別にやるから、今回はごく親しいひとたちだけのアットホームなイベントだけど」

「へぇ、そうなんですか……って、ええぇぇ!?」

「旅費とか全部こっちで持つから、玲菜はパスポートだけでいいよー」

「そ、そそそんなの聞いてません!」

「あれー? さっきはOKって言ったよねー?」

「泊まりとなれば話は別です! しかも海外なんて」

「上杉謙信」

「え」

「義理堅いヤツってかっこいいよなー? まさに背中を預けられる(おとこ)! って感じ」

「うっ……!」

「今回はパートナー同伴での出席が義務なんだよ。だから頼むっ! 人助け第二弾と思って」


「このとーり!」と両手を合わせられればぐっと返答に困ってしまう。

加瀬の願いを叶えたい。だけどお兄さんの婚約記念パーティーとなれば大勢の人間が出入りするだろう。ご家族と顔を合わせることになるかもしれないし、さすがに安請け合いできない。


「加瀬ならわたしでなくてもたくさん選べるじゃないですか」

「んー。まぁ、ぶっちゃけ選べるな」

「でしょう? 日陰者を連れていてはあなたが恥ずかしい思いをするだけです。考え直して――――」

「ちゃんと考えたよ。で、玲菜がいい」

「え?」

「玲菜じゃなきゃヤダ」

「ヤダと言われましても」

「ヤダ。ヤダヤダヤダ」

「子供ですか!」


しょんぼり拗ねて見せるのは計算の内。

分かっていても捨てられた子犬のように見つめられれば非常に弱い。


「はぁ。それ具体的にはいつですか?」

「八月上旬。夏休み真っ最中だね。金曜から三日間」

「分かりました。お盆は毎年予定があるのでちょうど良かったです。バイトは基本土日なので事前にシフトを調整します」

「やったぁ! サンキュー玲菜」

「あなたは本当に変わってますね」

「そお?」

「そうですよ。頭の中でイメージしてた御曹司と全然ちが……」


慌てて口をつぐんだ時には遅かった。

気遣う眼差しを向けると、加瀬は優しい瞳でわたしを見てる。


「すみません」

「いやー、実際よく言われるし。てかわざとそうしてる部分もあるから」

「わざと?」

「小学生の頃はさ。学校まで送迎車がついてたんだ」

「送迎車、ってもしかしてリムジンですか?」

「そうそう。もうね、超目立ってた。てか悪目立ちしすぎ」

「……」

「今は多少メディアに露出してるから立場隠すの難しんだけどさ。当時は『おぼっちゃま』扱いされるのが嫌で嫌で仕方なかったんだよねー。だから中学上がるときにオヤジと大喧嘩して送迎やめてもらった」

「喧嘩ですか」

「うん。これがまた頭の固い頑固オヤジでさー。絶対譲らないってキレるから、切り札がなきゃ負けてたね」

「切り札?」

「家の書斎にエロ本が紛れてた。んで母さんにバラすって脅した」


さっと距離を取って守りの態勢に入る。思い切り侮蔑を込めた目で加瀬を睨んだ。


「うあ、露骨に引いてる。ま、いまのは冗談だけどさ。もうみんなと壁作りたくないんだ」

「え?」

「俺だって最初から明るい少年じゃなかったんだぞー? 前はもっとこう、荒ぶってたというか家族にも反発してたというか」

「そうなんですか。意外です」

「服装がいまいちだらしないのはそんときの名残ってのもあるけど、言葉遣いは友達の影響が大きいかな」

「なるほど」

「あんま考えたくないけど、大人になったら友達作るの難しいっていうじゃん? だから今のうちにできるだけ気を許せる仲間を作っておきたいんだ」


あ、まただ。

加瀬は笑顔のままどこか寂しさを漂わせている。何かを悟っているみたいに。


「普通の公立高校を受験したのも学力だけの問題じゃなくてさ。普通の生活をしたいっていう願望が強かったんだよね」

「普通の生活?」

「あ、誤解すんなよー? 別に自慢してるとかじゃなくてさ。その、今まで周りにいた奴らはちょっと変わってて、一緒にいると息が詰まるんだ」

「それは……少しだけ分かる気がします」


「変わってる」の意味は違うかもしれない。それでもニュアンスは十分伝わった。

わたし自身、白鳳凰学院中等部の頃は激しい競争に身を置いていたのだ。

クラスメイトは友達というよりはライバル意識が強い。


おそらく能力別クラス編成がそれに拍車をかけていた。

より優秀な者が学校を制する。いわゆる身分制度のような雰囲気があったし、先生たちの扱いにも歴然とした差があった。それを逆手に取って身を守っていたのも事実だ。

だからみんな必死で勉強した。常に数字化される自分の価値を少しでも上げるために。


「なんか似たもの同士だね。俺たち」

「そうかもしれませんね」


常識から少し外れた環境で育ったという点では重なる部分がある。


『僕たち似たもの同士だね』


ふいに奏の顔が浮かび胸に苦みが広がる。切なさで心が弾けてしまいそう。

いつまでも過去を振り向いてちゃだめだ。わたしは首を横に振って前を見た。


「海外へ行くのは初めてなので楽しみです。何かお礼をさせて下さいね」


このとき加瀬に微笑みかけたわたしは淡い期待を抱いていた。

加瀬の見ている世界とわたしの見ている世界にそう大差はないんじゃないかって。

がんばれば、時間を重ねればきっと隙間を埋めていけるんじゃないかって。


高校一年生の夏休み。

わたしはそれがどんなに甘い希望だったかを思い知ることになる。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ