表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/46

プロローグ



「待って。芦田玲菜(あしだれいな)サン! だよね?」



高校の入学式。わたしは人生で最大の天敵と出逢った。

派手な金髪に碧い瞳。新しい制服をすでに着崩し、ネクタイもしていない。


「さっきの新入生代表挨拶ちょーかっこよかった! 頭いいんだねー」

「どうも」


なるべく目を合わせないように返事をした。

もう話し掛けないでオーラを全開にしていたはずなのに、相手は空気が読めないらしい。


「君と同じクラスなんてラッキー! これから一年よろしくな。あ、俺は加瀬葵(かせあおい)。葵って呼んで」


爽やかな笑顔を振りまき、強引に握手を求めてくる。

こちらが友好的でないにも関わらず、相手は全く気に留めていない。


「ところでさ。君、彼氏いる? どんなひとがタイプ?」


頭ひとつぶん背の高い加瀬に顔を覗き込まれ、わたしは反射的に一歩下がった。

眉間にしわを寄せて不快感を露わにしても知らんプリ。


「ねーねー教えてよー!」

「越後の龍」

「へ?」

「上杉謙信よ。知に富み義に厚く、女に惑わされない武将」


淡々と言い放ち、背中を向けた。

軽い。ケバイ。空気読めない。まさに3K。それが加瀬葵の第一印象だった。


「うえすぎけんしん?」


呆気に取られた声が聞こえて内心勝ち誇ったのはひみつ。

馴れ馴れしい輩にはこれくらいがちょうどいい。


「あ、待ってよ芦田サン。一緒に教室いこ!」

「ひとりで平気です」


まだ熱気の醒めない体育館を後にして、わたしは教室へ向かった。

廊下をこんなに長く感じたことはない。

後ろからくっついてくる加瀬を振り切ろうと足早に歩いた。


「なんだよ。入学早々ふられてんのか?」

「うわっ、ひでーなー。軽く傷付いた今の」


教室に到着したとき、私たちにクラスメイトらしき男子が近付いてきた。

加瀬の肩に腕を回し、楽しげな声でからかう。


「うそつけ。てかお前なら誰でも選び放題だろ? うらやましいねぇ」


つられて彼の視線を追うと、たくさんの女子がこちらに注目していた。

認めたくはないが、加瀬には不思議なオーラがある。

天性の存在感というか、とにかく華やかさが群を抜いているのだ。


「嫉妬は非モテ男の標準装備だぞー?」

「なんだとこのヤロウ! 調子のんなっ」


涼しい顔で忠告すると、たちまち首に腕を巻きつけられてしまう加瀬。

苦しそうに表情を歪め、こちらに手を伸ばしてくる。


「いたっ! いたた痛い痛い、ギブ! ギブです! 芦田さん助けてー!」


腕を掴まれそうになったわたしが避けると、加瀬はなぜか嬉しそうに目を輝かせた。


「なんか新鮮かも。俺、女の子に無視されたの初めて」


きらきらした瞳に見つめられ、鳥肌が立つ。

変態だ。冷たくされて喜んでいる。


「おい、芦田さん引いてるだろ。お前はMか!」


思い切りげんこつを喰らい、頭のてっぺんを抑えたまま飛び跳ねる加瀬。

それを見て笑うクラスメイトたち。いつのまに囲まれていたのだろう。

きっと加瀬はどこにいて、何をしていても、みんなの中心にいるようなひとだ。

一方わたしは……


「あはは、芦田さんって面白いね」

「うん。ちょっと怖いかもって思ってたんだけど、加瀬くんを追い払うなんてすごい!」


信じられない言葉が飛び交い、わたしは瞳を見開いた。

集団行動が苦手で、ひとりで過ごした小・中時代。

成績が良かったので先生たちに目をかけてもらえたが、友達は少なかった。

こんなふうに輪の中で過ごすことには慣れていない。


「あ……」


とたんに恥ずかしさが込みあげ、わたしは俯いた。

新入生代表挨拶のときも、本当は緊張してたまらなかった。

中学に上がる頃には毅然と振舞えるようになっていたものの、それには心の準備が必要だ。


ひとりでいても寂しくないように。

ひとりでいても、辛くないように。

弱みを見せればたちまち付け込まれるのが集団の怖さだ。

自分の身を守るためにも、何かしら一目置かれる要素が大切だった。


「芦田さん? 大丈夫?」

「加瀬ー、お前がちょっかい出すから泣いちゃったぞ」


いやだ。不意に注意を引くのも、笑い声に晒されるのも耐えられない。

こわい。誰か助けて――――


「こーら。そんなにいじめないの」


ふわっと背中にぬくもりを感じて、後ろから抱き寄せられたことを悟った。

驚いて顔をあげると、いつのまにかわたしの側へ戻った加瀬がいた。

掴まれた肩が熱い。体が硬直して、身動きできない。


「芦田サン、ちょっと照れ屋なだけだから。みんなと話せて嬉しいんだよ」


すぐ耳元で優しい声がして、つま先から体温があがっていく。

痛いくらい心臓が早鐘を打ち、息がくるしい。


「加瀬、さりげにセクハラだぞ」

「俺はいいの。最初に声掛けた特権ということでー」


嘘のように空気が軽くなる。加瀬のひとことで、みんながほっとしてるみたいに。


「いっぺんに話し掛けたからびっくりしたんだよな? ごめんな」

「え……」


わたしにだけ聞こえる声で加瀬が囁き、そのままゆっくり離れて行く。

今までとは打って変わって真剣な口調に違和感を覚えた。


「まーとにかく! うちのクラスにはすげー頼りになる女の子がいるってことで」


だけど次の瞬間にはまた、人懐っこい笑顔を浮かべて周りを見回す。

さっきの加瀬は幻? 






教室で騒いでいると、担任が到着してオリエンテーションが始まった。

わたしは急いで座席表を確認し、自分の机へ移動する。

たくさんの書類が配られる間、鳴りやまない胸を抑えて呼吸を整えた。


しばらくして、ふと机の上にメモが飛んできた。

不審に思いつつ開いてみると、そこには電話番号。そして、


『隣の席なんて、これはもう運命だね』


端に書き足された文字から犯人を察した。

わたしは素知らぬ顔で前を向いている加瀬の方を見た。

左手でペンを回しながら上機嫌そう。


こうして見ると改めて、彼は特別なんだと気付いてしまう。

ただそこにいるだけで絵になってしまうなんて反則だ。


『興味ないです』


わたしはメモの裏に返事を書き始めてペンを止めた。

ひとつの可能性が脳裏をよぎる。


もしかしてひとりだったから声かけてくれたのかな?

新入生代表挨拶のあと、誰とも話さずに仏頂面していたわたし。

実家から離れた高校に進学して、中学からの知り合いもほとんどいない。

それを見かねてみんなと話すきかっけをくれたのだろうか。



まさかそんなこと、ありえない。

都合の良い解釈を消し去ろうとして、視線を感じた。

もう一度加瀬の方を見て後悔する。

ふっと目が合った瞬間、呼吸を忘れた。


穏やかな眼差しは慈しみに満ち、澄んだ瞳がまっすぐにわたしを捉えた。

次に、形の良い唇が微かに動く。


『玲菜』


声に出してはいない。釘づけになっていた唇の動きだけで名を呼ばれた。

ただそれだけ。それだけなのに。呪で縛られてしまったように、見惚れてしまう。

端正な容貌など序の口だ。突如醸し出す妖艶な空気に囚われ、見えない糸に繋がれる。


だめ。逃げられない……。


わたしは黙ってメモを鞄に滑り込ませた。きっと電話をかける日はこないだろうけど。

それを確認した加瀬が、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべてちいさくガッツポーズした。

なんだか悔しくてあからさまに顔を背けたけれど、今回の勝負はわたしの負け。



十六歳の春。

わたしは生まれて初めて、男の子をきれいだと思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ