子爵令嬢ボニーは義妹に脅されています
異世界に転生して、子爵令嬢ボニーとして育った。けれど、私の母親は流行り病で亡くなってしまった。
そこで、私の父親は再婚することにしたらしい。といっても、父親と再婚相手は、元々愛人関係だった。
そして、腹違いの義妹パトリシアも家へやってきた。パトリシアは見た目だけなら、とってもかわいらしい子だった。
「ボニーお義姉様の亡くなられたお母様は、とてもかわいそうですわね。最初からお父様は、私のお母様の方を愛していましたもの」
家の中で、パトリシアは煽ってきた。面倒な相手だ。
「その通りでございます」
そう言いつつ、適当に受け流した。なぜなら、実際その通りだからだ。
私の父親は、私の母親をあまり愛していなかった。父親は、愛人ばかり溺愛していたんだ。そして、愛人の子どもだったパトリシアも、すごく愛でられていたという。
つまり、私はパトリシアに逆らわない方がいい。父親は私よりも、パトリシアの味方をするだろうし。
「ボニーお義姉様ったら張り合いがありませんわね。お父様はボニーお義姉様より、私に愛情を注いでくれていますのよ。つまり、私の命令を聞かないと、どうなるか分かっているでしょうね。私がお父様に頼んで、ボニーお義姉様の暗殺を依頼することだってできますのよ」
パトリシアが変に突っかかってくる。つまり、私がパトリシアに逆らったら、パトリシアは父親に告げ口しに行くという脅迫なのだろう。
「パトリシア様はご自身で何でもできる、とても優秀な方だと聞いております。そのため、私の助けなど、パトリシア様には必要ないに違いありません」
そのように伝えてみた。すると、パトリシアは少しだけ得意げな表情を浮かべてみせた。
「そうですわっ。って、違いますの。ボニーお義姉様には社交パーティで、私の引き立て役になってほしいのです。そう、全ては私を愛らしく演出するためにですわ」
パトリシアが楽しそうに言ってくる。嫌だよ
「私なんかがパトリシア様を引き立てなくても、パトリシア様は素晴らしく魅力的なお嬢様ですよ」
とりあえず、私は全力でパトリシアを褒めた。パトリシアをおだてて、いい気にさせたら、話をうやむやにできないだろうか。無理かな。
「嬉しいですけれども。ふん。ボニーお義姉様には、品のないおばさんっぽい感じで振る舞ってほしいのです。派手な厚塗りメイクや、露出の多いドレスなどはいかがでしょうか。あと、ボニーお義姉様はお胸が大きくいらっしゃいますが、そんな下品な姿は流行りませんわ。この国の男性達は、若く見える女性が大好きですから。私のような、幼い美少女の見た目が好まれますのよ」
パトリシアが妙な提案をしてくる。困ったなあ。あと、胸が大きいこと自体を下品と言うのは、ただの体型差別だろ。
まあ下手に反論したら、余計厄介なことになりそうだな。どうしよう。
「かしこまりました。パトリシア様の言う通りに致しましょう。しかし、私がやりすぎると、子爵家の名に傷がつきます。そうすれば、同じ子爵家であるパトリシア様の評判も落ちてしまいます。ですから、私は令嬢として恥ずかしくないギリギリのラインで、品のないおばさんらしさを演じたいのですが。よろしいでしょうか。これはパトリシア様のためです」
あくまで、パトリシアのことを想って言っているかように、頑張って振る舞ってみる。すると、パトリシアは笑顔で頷いた。
「仕方がありませんね。では、私に恥をかかせないよう調整しつつ、ボニーお義姉様は引き立て役になってくださいな」
パトリシアのその言葉を待っていた。とりあえず、私はメイドに合図をして、羊皮紙とペンとインクを用意してもらった。
「パトリシア様、ありがとうございます。では、今の内容を紙に書いていただけると助かります。パトリシア様の素晴らしいお言葉を、私が忘れることのないよう気をつけたいのです」
そう言ってみたけれど、これはただの証拠作りだ。何かあったとき、パトリシアの筆跡で書かれた命令書があれば、役立つ可能性も高い。
「ふん。仕方がありませんわね。私が直々に書いて差し上げること、心から感謝しなさい」
パトリシアはそう言って、自身の言葉を紙に書いた。自ら悪事の証拠を残しているようなものだが。
「ありがとうございます。さすがパトリシア様ですね。パトリシア様に書いていただいたこの文章を、何度でもありがたく読み返します」
私は笑顔で言ってのける。私は生き残るためなら、媚びを遠慮なく売るタイプなので。
義妹パトリシアに媚びへつらう私の姿を、惨めだと笑うなら笑え。プライドなんか捨てて、意地汚く生きようとするのが自分なんだよ。
「へえ。ボニーお義姉様は、ご自身の立場がよく分かっていらっしゃるのですね。私の言うこと、ボニーお義姉様はちゃんと聞いてくださいね。でなければ、ボニーお義姉様を殺してやりますから。お父様もお母様も、私の味方なんですからねっ」
パトリシアがそう言ってあざ笑ってきた。パトリシアの笑い声が長い。早く終わってくれないかな。
と言うわけで、私は品のないおばさんを目指して頑張ることにした。でも、やりすぎないことを命令に盛り込んだから、いくらでも調整できる。
しっかりめのメイクだけれど、派手な印象にはしない。そして、色気はあるけれど、下品にはならないドレス選びを頑張った。
「ボニーお義姉様。そのお姿だと、私の引き立て役にはならないと思うのですが」
パトリシアが不満そうに言ってきた。でも、私は誤魔化すことにした。
「いえいえ。私はどこからどう見ても大人っぽくて、この国の男性受けは悪いのです。パトリシア様のようなかわいい系こそ、男性方には大人気ですよ」
私がそう言って合図すると、メイドは手鏡をさっと出してくれた。とても素晴らしいメイドだ。
メイドの手に、私は飴玉をこっそり渡した。こういうお菓子プレゼントは、メイド達に意外と好評だったりする。
「それもそうですわね。私の方が、ボニーお義姉様より何百倍もかわいいですわ」
パトリシアはそう言いつつ、メイドの手鏡を受け取った。そのあと、パトリシアは手鏡にすぐ飽きたらしい。パトリシアはメイドに向かって手鏡を投げていた。
メイドは手鏡を受け取り損なって、手鏡が落ちててしまった。鏡の欠片が辺りに散らばる。
「申し訳ございません」
メイドが謝って、素手で鏡を拾おうとする。あのメイドは焦っているのだろうけれど、とても危ない。
「鏡の欠片は尖っていて大変危険です。あなたの指先が切れてしまいますよ。何か道具を使った方がいいでしょう」
メイドにはそう伝えた。けれど、なぜかパトリシアは怒った。
「そんな役立たずメイドどうでもいいじゃないですかっ。ボニーお義姉様は、一週間後の社交パーティのため、しっかり準備していてくださいね。伯爵家のダニエル様を、私は狙っているのですからっ」
パトリシアの発言が面倒くさい。困ったなあ。
「かしこまりました。ですが、メイドが怪我してしまうと、この家の家事の効率が落ちてしまいます。そのため、パトリシア様も困ることになる可能性が高いのです」
あくまでパトリシアのためということを強調して言ってみる。これでパトリシアの機嫌も、少しは治らないだろうか。
「ふんっ。メイドごときが、私に迷惑をかけないでほしいものですわっ」
パトリシアがそんなことを言い捨てて、自室へ戻っていった。こんな調子で、一週間後の社交パーティ大丈夫かな。
そう思っていたけれど。次の社交パーティにて、パトリシアは不機嫌ながらも張り切っていた。パトリシアはとても愛くるしいドレスを着ていて、見た目だけならめちゃくちゃかわいかった。
「パトリシア様。ドレスがよくお似合いですね」
私は褒めた。これは本心だ。パトリシアはまごうことなき美人だった。
「当然でしょう。私は絶世の美少女ですもの。あら、あそこにダニエル様がいらっしゃいますわ。ちょっと行ってきますの」
パトリシアがそう言いながら、楽しそうに歩いていった。ダニエルはパトリシアに気がついたらしく、笑顔を向けた。
でも、ダニエルの笑みが少しぎこちない。なんでだろう。
「パトリシア様。こんばんは」
ダニエルの言葉もどこかそっけない。変だな。ダニエルがパトリシアを嫌っていたなんて情報、聞いたことないんだけど。
不思議に思いつつ、私は離れておく。パーティ会場のすみっこで、ゆっくりくつろいでおこう。
そう思っていたら、奇妙な声が聞こえてきた。なんだ。
「あそこの子爵家って、当主様が再婚なさったんでしょう。元愛人の子どものパトリシア様が、使用人をいじめているらしいですよ。パトリシア様は手鏡を投げたり、怒鳴ったり、色々大変らしいんです」
そんな他貴族の小さな呟きが、どこからともなく聞こえてきた。なんで自分の家の噂を、他貴族達が知っているんだ。私達の家の使用人達が、守秘義務を犯してまで、トラブル内容を明かしたとは思えないが。
ああでも、私達の子爵家には、他貴族達が商談などで訪れることも多い。つまり、家でのパトリシアの言動が、他貴族達に直接バレた可能性は高いのか。
壁に耳あり障子に目あり、気をつけないといけないな。まあ、この国に障子はないけれど。
「うわあああん。私では駄目ですのっ」
あれ。パトリシアがなんか騒いでいる。何かあったのか。見に行ってみるか。
ダニエルとパトリシアの近くに戻ってみる。すると、ダニエルは困ったように諭していた。
「僕は優しいボニー様が好きです。ですから、パトリシア様と婚約はしたくありません」
ダニエルがなんか言っている。いや、ちょっと待て。なんで私の名前が挙がっているんだ。
そもそも、ダニエルと私はそこまで接点がない、それに、普段私は社交パーティにおいて、他人と話をする方ではない。つまり、私が優しいなんて根拠はないはずだ。
「ダニエル様はひどい発言ばかりですっ。ボニーお義姉様が使用人にも優しそうとか、意味不明なことばかり言わないでくださいっ」
パトリシアがなんかめちゃくちゃ騒いでいる。つまり、家での私の言動も、他貴族に知られているってことか。なんかすっごく怖いんだけど。
「ボニー様。大好きです」
こんな状況なのに、ダニエルはこちらを見て、愛の言葉を投げかけてきた。やばいだろ。火に油を注ぐつもりか。
まあでも、ダニエルと私の婚約が結ばれるに越したことはない。もちろん、婚約の最終決定には、家同士の許可も必要なのだけれど。
そもそも、パトリシアは私を暗殺できるんだぞと脅してきている状態だ。つまり、ダニエルのような婚約者がいてくれると、私は後ろ盾ができてすごく生きやすくなる。
「はい。私もダニエル様のことを愛しております」
というわけで、打算ありきで返事してしまった。いや、断った方がよかったか。どうだろう。
すると、近くのテーブルにあったお皿を、パトリシアは持った。そして、パトリシアへお皿で私に殴りかかろうとしてきた。危なすぎる。
けれど、ダニエルはパトリシアの手首を掴み、簡単に止めてみせた。すごいな。
「パトリシア様。あなたがボニー様のご義姉妹でなければ、僕はパトリシア様をもっと嫌っていたでしょう。僕はボニー様と結婚したいので、パトリシア様と親戚になることを我慢できるのです」
ダニエルが静かに言う。すると、パトリシアは泣き出した。うん。地獄絵図だ。どうしよう。
「腹が立ちます。死んでしまえばいいのに。いえ、いいでしょう。私は心が広いので、ダニエル様とボニーお義姉様の婚約を祝福いたしますわ。私はもっといい相手を探してみせますから。覚悟してくださいませっ」
パトリシアがそう言って、お皿を持ったまま立ち去っていった。どうしよう。パトリシアを追って、謝った方がいいだろうか。
いや、それよりまず、ダニエルに謝罪すべきだ。他の家の貴族に、ここまで迷惑をかけてしまったのだから。
「ダニエル様。この度は多大なるご迷惑をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます。今後このようなことのないように徹底してまいりますので、何卒ご容赦賜りますようお願い申し上げます」
そう言って、頭を深く下げる。ダニエルのような他貴族を、暴言だけでなく暴力沙汰に巻き込んでしまうだなんて、本当にあってはならないことだ。
「いいえ。いいんですよ。それにしても、ボニー様のことが心配です。普段からパトリシア様は暗殺を仄めかして、ボニー様を脅していたのでしょう」
だから、どうしてダニエルは、うちの事情をよく知っているんだ。私達の子爵家のセキュリティがザルすぎる。
でも、ダニエルの目はとても優しそうで、心配してくれているようだった。こんな人がいてくれるなら嬉しいと、幸せを少し感じられた。




