7.一緒に買い物に行きましょう
「なんです? 購入不可能な品って」
二階堂さんの問いに、私はやや間を置いて、そのアイテムの名を口にした。
「下着です」
「え? ――あぁ、え?」
二階堂さんの視線が一瞬だけ動揺の気配を見せ、仕事ができるビジネスマンの仮面がややズレたように見えた。
「下着だけは、大まかなサイズでは無理です。女の子ですから」
「……そう、なん、ですか?」
どういう反応をしていいか本気で戸惑っているようだ。
顎に手をやり、軽く頬を指でタップしている。どもりつつも、口を開く。
「いや、大まかというか、大体のサイズで構わない……ですよ?」
「大体のサイズなんてないんです。着心地を考えるとやはりきちんとお店で計測して、フィッティングもしないと。成長期の子は特にです」
つとめて早口で言い放った。言い含められる前に、こちらが言いたいことを言い切りたい。
「であれば、本人が後で一人で――」
「だから、明日! 明日、御本人と一緒に買わせてください! 私、お迎えに行きますので」
二階堂さんは目を丸くする。
私は二階堂さんとの距離を詰めて、背の高い二階堂さんを見上げてぐっと目を見つめた。
しばらくお互い黙って視線を合わせていたが、やがて二階堂さんは黒リムのメガネをくいと指で触れた。
「……いえ。私どもの依頼はこの部屋のセットアップだけですので。そこまでしていただく理由もありません」
「でも、納品は完了しておりません」
この部屋の家具家電、生活用品、クローゼットの衣服を、私は手で指し示した。
「ここまで揃えはしましたけど、ご依頼内容は『早坂凛々花さんが上京したその日からこの部屋で暮らせるように』とのことでした。下着がなければ『暮らせる』とは言えませんよね?」
「まあ、仰ることは分かりますが」
「このご依頼、きちんと完遂させていただけませんでしょうか。納期の今日までに調整できなかったのは私どもの不備ですが、どうかもう一日お時間をください」
お願いします、と頭を下げる。
ややあって、二階堂さんがふうと息をついた。
「分かりました。では、その旨、よろしくお願いします」
「ありがとうございます!」
頭を跳ね上げると、二階堂さんは小さく首を傾げている。
何でも見透かすような、クールな表情はそこには無かった。
「白石さん。なんでそこまで?」
「そりゃ、合わない下着ほど気持ち悪いものもないからです。――気持ちよく、ここでの暮らしをスタートさせてほしいじゃないですか」
私がそう言い切ると、二階堂さんは腕を組んでなにやら思案顔をした。ふうん、と呟いたような気もした。
「気持ちよく――か。私なんかからしたら、ここまでしてあげればもう十分、という気もしますがね」
その言い方に引っかかりを覚えた。いや、そう言えば、以前からだ。
どこか他人事のような。
どこか突き放したような。
どこか無責任な、言い方。
そう思っていると、つい唇から言葉が漏れた。
「……あまり歓迎されてはいらっしゃらないんですね」
とたん、二階堂さんの眼鏡の奥から、ちろりと鈍い炎が揺らめいたような気がした。
失言した、と思ったが、二階堂さんは苦みを噛み潰すような口で、微笑んだ。
「まあ、そうですね。はい。でも、成人までは面倒をみなくてはなりませんから。会長も別に、望んで引き取るわけではないようですし、と」
率直にそう言われ、ぎくりとさせられた。踏み込んだ情報を開示することで、返ってこちらを怯ませることが目的なのか。――なにそれ。
ここで反論する必要はない、と思ったが。どうにも言わずにはいられなかった。
「でも、凛々花さんも上京を喜んでらっしゃるか、分かりませんよね?」
写真の中であんなに笑顔でくっついていた友人たちとも離されて、たった一人、これから見知らぬ街で暮らせという。
成人ならば引き取らなくて良かった、というのならば、成人ならば引き取られなくてすんだのに、と思っているかもしれない。
二階堂さんはさらに口を歪めた。不愉快そうでもあり、気まずそうでもある。
私は間に漂う緊張感をあえて無視して、またゆっくりと頭を下げた。
「出過ぎたことを申しました」
「いえ――。一つのご意見として、受け止めます」
そして二階堂さんは胸元から取り出したスマートフォンで、スケジュールを確認した。
「明日、羽田に午後1時35分着の便です。あなたが来ると本人に伝えておきますので、アテンドお願いします。買い物の後に、このマンションまで」
「お一人で札幌からいらっしゃるんですか? 札幌のアパートから」
「ええ。新千歳までは行き方も分かると言っています。航空券も手配して渡してありますし……」
一人で。
そう思った時、二階堂さんはちらりと腕時計で時間を確かめた。
少し何かを思案して、そして顔を上げた。
「――では、ちょっとこの後がありますので。ここで失礼いたします」
「はい」
「白石さん。この度は本当にありがとうございました」
そう言って、二階堂さんはマンションの部屋から出ていった。
こころなしか足早で、なにやら急いでいるようにも見えた。
一人になり、どっと肩に空気が重くのしかかってきた。
「…………一介の営業事務が、いらないこと言っちゃった…………」
しかも憶測で。人の気持ちを勝手に代弁して。
やらかしたな、と思い目の前が暗くなるが。
まあでも、言わずにはいられなかったのだ。
* * * * * * *
――金曜日、午後1時45分。
羽田空港第二ターミナル、到着ロビーの正面で、「早坂凛々花」と書いたボードを掲げながら私は待ち構えていた。
到着便が表示されるたび、手荷物受け取りレーンが動き出すたび、ガラスの向こう側で搭乗客の塊がわらわらとロビー外に吐き出されてくる。何度目かの人の塊をやり過ごすうちに、ふとこちらを見ている視線に気づいた。
女の子だ。
ロングの黒髪を垂らして、ピンクのパーカーにデニム。派手なロゴの付いたバックパックを背負っている。ほっそりした小柄なその少女は、私が手に持ったボードをじっと見つめていた。
「早坂……凛々花さん?」
少女はこくりと頷いて、おずおずと近寄ってきた。
「はい、そうです」
細い声には緊張の色が見えた。
「はじめまして。お迎えに参りました。白石菜月と言います」
名刺を渡すと、早坂凛々花はどう受け取っていいか分からぬように困惑した表情を見せたが、それでも両手で受け取ってくれた。
「……二階堂さんから聞きました」
じっと名刺を見つめ、呟く。
「お姉さんが、新しい家のことを色々準備してくれたんですよね。その人がお迎えにも来てくれるって。優しい人だって。怖くないから、そのままついて行ってって」
そしてぴょこりと頭を下げる。
「ありがとうございます」
その小さな頭を見下ろして、胸がぎゅっと掴まれた気になった。
タクシー乗り場に向かう途中、隣を歩きながらなんとはなしに話しかけてみた。
早坂凛々花の表情はまだ固い。応答もぎこちないが、それでも応えてはくれる。
「お腹は空いてません? ご飯は食べました?」
「はい。飛行機乗る前に食べてきました」
「飛行機は、空港で迷ったりしませんでした?」
一人だと聞いていたので、と付け加える。しかし早坂凛々花は首をふるふると振った。
「二階堂さんが迎えに来てくれて。空港まで送ってくれました」
「え!?」
「来るって聞いてなかったんですけど、何故か、朝、アパートの下にいて」
今朝、札幌に? いや、昨日の午後三時にここ東京にいたじゃないか。
その時、一人で行かせると言っていたのに。
あの後に、突発的に札幌へ飛んだのだろうか。時間的には確かに夜の飛行機に間に合うだろうが。
「――別に、送ってくれたりしなくても良かったんですけど。二階堂さん、私とはあまり直接会わないほうがいい立場の人なんで。だから、向こうの空港でお別れしてきましたけど」
早坂凛々花の言葉は淡々としていた。己や周囲の人間の境遇はよく分かっているようだ。
しかし口調は淡々ながら、話を続けるうちにその頬に赤みが差してくる。
「車で空港まで。途中で学校とか、昔ママと行ったとことか、ぐるっと回って見せてくれました。空港でもご飯奢ってくれて。何しに来たんですか? って聞いたんですけど、こっちで仕事が、とか、うにゃうにゃ言ってて。でも、最後に『行ってらっしゃい』って言ってくれて」
行ってらっしゃい――。
一人での出立なら、誰にも言われなかったはずの言葉だ。
「それ言いに来たんですか? って聞いたら、そのまますっと去って行きました」
凛々花の表情が、一瞬だけふっと緩んだ。
「変な人です」
たまらず、私は隣で吹き出した。
タクシーに乗り込み、住所を告げると車はゆっくりと走り出した。
隣に座る早坂凛々花は東京の喧騒を窓越しに眺めている。
「マンションに着いたら荷物をおいて、一緒に買い物に行きましょう」
「――買い物?」
「できる限り揃えたつもりだけど、どうしても凛々花さんが一緒じゃないと買えないものがあってね。下着とか、シャンプーとかリンスとか、スキンケア用品ね。お化粧はする? この機に好きなものを一揃え買っちゃわない?」
言いながら、私のほうが心浮き立つ気がしてきた。
「買い物、楽しいから!」
ー 完 ー
これにて完結です!
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※登場する企業・店舗・商品・価格はすべて架空のものです。
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