6.ついに迎えた納品と検収
――火曜日。
24時間ごみ捨て可能。これはとんでもない恩恵だ。
マンション1階のエントランス。真正面ではなくやや脇の通路の先にある、マンション専用ゴミ置き場の戸を閉めながら、そう思わずにはいられなかった。このゴミ置き場のお陰で、住民は誰でもいつでも好きな時にゴミ出しができる。
実家は一戸建てで、ゴミ出しの日時は厳しく決められていた。週一回しか回収がない不燃ごみを出しそこねて、いつまでも玄関脇を大きな袋が塞いでいることも多々あって、母などが「老後はマンションがいいかも」と時折呟いているのは、きっとこの恩恵を知っているからだろうと思う。
ともあれ――このゴミ置き場のお陰で、合計10袋にもなったゴミ袋を一気に片付けることができた。
月曜日に総合スーパー・アイセンドーで大量に購入した生活用品。
配送業者も驚くくらいの大量の購入品が届けられたのは夕刻、日が暮れてから。仕切り直して今日の朝から始めたのは、それらすべての開封と収納だった。
一つ一つの商品の、包装してあるビニールを取り、値札を取り、まとめてある紐やテープを取っていく。プラスチックやビニール、紙と分別し、ゴミ袋に入れていく。
一つか二つなら大したことはないが、数十近い商品の、すべてをきれいに剥がすのがまた大変だった。
しかも買っていたゴミ袋は、一人暮らし用だからとタカをくくって20Lしか入らないものだったので、あっという間に10枚入りを全て使い果たし、また同じものを購入することになったのだ。
収納も、キッチンや洗面所下にこれらのものを入れるのは、そのまま突っ込むといかにも使い勝手が悪い。
引き出し内のサイズを測って、中で小分けにできるような仕切りや引き出しをまたアイセンドーに買いに行き、これまた非常にかさばるプラスチックケースを大量に買い込んでは開封・設置し……。
そんなことで一日が終わった。
本当はまだ買い出し必要なモノがあるのだが、日も暮れてしまったし続きはまた明日。
部屋に戻るエレベーターの中で軍手を脱ぎ、私は、はあぁ、と息をついた。
――水曜日。
明日の木曜日は家電や家具の搬入・設置、ガス栓の開栓立ち会いのためほとんどマンションから動けないため、実質、今日が最終日と思っていい。
再び私は土曜日に訪れたショッピングモールを訪れた。
家電はもう買った。家具や生活用品もOK。残るは衣料品である。
巨大なモールの中にある衣料品店は三十あまり。その中から昨夜のうちに、十代の女の子が好みそうなブランド、セレクトショップをWebで調べてリストアップしてある。
その中で選んだのが、ここ、1階にあるブランドショップだ。店舗の前でじっくり店内を見渡して、うん、と私は頷いた。
テイストはアメリカン・カジュアル。発祥はキッズブランドらしくポップな色使いと大きめのロゴが印象的で、今はハイティーンの女の子を対象にしたラインがメインになっている。価格はやや高めだが、その分素材や縫製は上質との評判だ。カラフルなビタミンカラーのアイテムが多い割に、シルエットは上品で露出も少ない方。
正直な事を言うと、このタスクを鮫島さんから振られ、ToDoリストを作成しながら内心一番楽しそうだと思っていたのが、この洋服の購入だった。
服は好きだ。毎月数万円は服代に当てている自覚がある。
家電や生活用品は門外漢だったが、服は、むしろ買いたい。買わせろ、とも言いたい位。
自分の服かどうか、それはもう関係ない。
なにしろ財布を気にしなくていいのだ。このシチュエーションがまず最高。
店舗のハンガーにずらりと吊るされた、幾着もの色とりどりのジャケット、ブラウス、パンツ、スカートを右から左に指さして、
『ここからここまで、全部くださる?』
映画でよくあるシーン。観ているこちらの購買欲を十二分に満たしてくれる台詞。
妄想するだけで脳の何処かから麻薬のような物質が出てきそうな、そんな台詞――を。
「…………っ、言ってみたかった……けど!」
店舗の前で思わず唸り声が出た。
奥にいた店員さんがとっさに不審者かと視線を寄越してくる。慌てて愛想笑いで取り繕う。
そのまま店に足を踏み入れ、吊るしの服と、棚に畳まれた商品をじっくりと見る。手にとって、感触を確かめる。
写真で一度見ただけの早坂凛々花に、似合うだろうか。
あの元気いっぱいに笑顔を浮かべていた少女の、好みに合っているだろうか。
一着一着を、丁寧に選ぼう。
あの子の顔を思い浮かべ、聞いた身長を参考に、目の前でまるであの子が立っているように想像する。
このジャケットは重たくない?
このシャツは何色がいい? ピンク? イエロー?
このカットソーに合わせるなら、もう少し華奢なシルエットのボトムがいい。パンツにするか、スカートにするか。
店員さんに声をかけて、コーディネートも手伝ってもらう。
「妹さんに、ですか?」
ブランドそのものが私には若すぎるテイストのため、そう聞かれた。「娘に」と言われなくて良かった、と内心思いつつ、「仕事で……」と言いかけて、やはりやめた。
「……はい。そうなんです」
妹の服を揃えてやる姉のつもりで選ぼう。そう思ったのだ。
偽善と自己満足が混じったこの感情に、心の中の自分が呆れ顔で肩を竦める。
これは仕事だ。取引先に借りを返して恩を売るためだけの行為。
でも、それとは全く関係ない、早坂凛々花の感情も無視はしたくない。
「ありがとうございました!」
店員さんに店先で見送られた時、私は大きな紙袋を両手に下げていた。
六セットの上下の組み合わせを選んで、合計十五着。靴は二足、アクセサリーも数点。
店に入って出てくるまで二時間。袋の重みはあるが、疲労は不思議と感じなかった。
今までの購入品のような、忙しなく、とりあえずカートに放り込めというような買い物とは全く違う。
「……まあ、気に入ってもらえるかは、また別の話だけど……」
それでも無力感はある。線引きは難しいが、またそれも早坂凛々花の自由だ。
――ふと、モール内の一店舗が目に止まった。
足を止める。
隣接する他の店舗よりやや幅の狭いその間口。
陳列された商品を店の外から見つめながらしばし考え込む。
ややあって、私は「うん」と頷いた。
「やっぱり、これは、言わなくちゃ……だな」
――木曜日。
午後三時。
朝から怒涛のように押し寄せた、家電と家具の配送と設置がようやく終わった頃合いに、二階堂さんがマンションに姿を現した。あらかじめ指定されていた時刻ぴったりだ。玄関でまず、お互い向かい合って頭を下げた。
「お疲れ様です。それでは検収の方、よろしくお願いします」
「お疲れ様です。この度は、お手数をおかけしました。では確認させていただきます」
十六歳の女の子の、一人暮らし用のセットアップ。
ついに納品と検収の時を迎えたのだ。
二階堂さんは靴を脱いで上がった。
ぱたぱたと、静かな足音で室内を見て回る。
トイレ。マットを敷いて、トイレットペーパーもセットしてある。
脱衣所兼洗面所。タオルや歯ブラシ、洗顔料も配置済み。洗面台の下には掃除用品を収納してある。
キッチン。調理用品はシンク下の引き出しに一揃え。食器もその隣の引き出しに。冷蔵庫の上には電子レンジをセット。
居室内には奥にベッド、手前にダイニングテーブル。ベッド脇に学習机を配置。
カーテンも規格サイズなので、オーダーではなく既製品を購入した。色を合わせてベッドシーツと布団カバーも。
クローゼットを開けてもらう。十五着の服はハンガーで吊るし、衣装ケースの引き出しにアクセサリーも入れておいた。
二階堂さんはアイテムそのものには手を触れようとはしなかった。どれも「はい、はい」とちらりと見るだけ。熱心さの問題なのか、それともこれを使うのは十六歳の女の子だという配慮なのか。
一通り見終わった後で、後ろについていた私にくるりと振り返った。
「はい。確認させていただきました。不足なく、ご対応いただけたと思います」
しかし私の顔を見て、もう一度、ぐるりと部屋を見渡す。
「ただ、昨日メールでおっしゃっておられた件。――『購入不可能な品があり、本日の納品を完了できない』とありましたが、特にそのような感じには……」
私は頷いた。
「ご相談させていただきたいんです。私の独断では購入が難しい品がありまして」
「金額の問題ですか?」
「いえ」
「入手が難しいとか」
「いいえ」
二階堂さんの顔がやや曇る。私はやや間を置いて、そのアイテムの名を口にした。
次回で完結です。
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※登場する企業・店舗・商品・価格はすべて架空のものです。
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