5.生活用品売り場も罠が多い
さて――。
二階堂さんとの顔合わせを終えた私が次に向かった戦場は、総合スーパー・アイセンドーである。
マンションから一駅分歩いたところにある、地上三階、地下一階の大型店舗だ。メインは生鮮食料品のフロアだが、生活雑貨や衣料品のフロアに加えて、ファーストフードやファミリーレストランなどが入っている。
ここでは細々とした消耗品や生活雑貨を揃えるつもりだ。
事前にネットで確認した所、配送サービスと言って、店舗から5キロ以内という指定区域内であれば購入品を当日中に配送してくれるらしい。当日中というのが本当にありがたい。
本当は午前中から行くつもりだったのだが、あの顔合わせで午後にずれ込んでしまった。
昼食もそこそこに足早に移動する。もうタクシーを使ってしまえ。どうせ経費で落ちる。
今日は土曜日のショッピングモールで、疲労のために判断力を低下させ、無様に撤退した私とは違う。
身軽に動けるよう、服はいつものブラウスとスカートではなく綿のカットソーにジャージ素材のパンツ。靴はヒールの革靴なんてとんでもない、革靴風の、厚底スニーカーだ。
配送するとはいえ多少は手持ちで持って帰るかもしれないので、ショッピングバッグもいくつか持ってきている。以前に鞄やコートを買った時についてきたショッパーで、広げると横幅1メートルにもなる大きな袋である。
準備万端、と意気込んでいるうちに、タクシーは店舗前に到着していた。
二階堂さんから渡されたカードで支払って、さあ今日も、いざ、出陣である。
疲れる前に買ってしまえ。それが今日の合言葉だ。
私は次々にカートに商品を入れていく。種類があっても迷うな。納期が迫っている。これからは時間との戦い! と自分に言い聞かせながら。
トイレットペーパー、498円
ティッシュボックス5個セット、398円。
細かな商品を次々に手に取る。
もう一つ一つの値段も見なくなった。
食器用洗剤。クレンザー。スポンジ3個セット。ぽいぽいぽい、とカートに放り込む。
台ふきん10枚セット。キッチンペーパー。ラップ。アルミホイル。クッキングシート。ぽいぽいぽい。
衣料用洗剤。柔軟剤。漂白剤は……いる? まあいい、いれとこ。ぽいぽいぽいのぽい。
住居用洗剤。ガラス磨き用洗剤。フローリング磨き用洗剤。お風呂用洗剤……、トイレ用……。
……掃除用洗剤って、なんでこんなに多いのか。スプレーボトルもカラーとラベルが違うだけで、みんな一緒の形だし。
とりあえずぽいぽいぽいっと入れてみたが、いや、こんなにいらないんじゃないか?
でも迷うなと自分に言い聞かせたばかりだ。どうせ自腹じゃないんだから!
と、きりっと顔を上げてみたが、目の前に「お家丸ごとこれ一本!」とラベルに書かれている洗剤スプレーを見つけ、…………カートに入れて、他の洗剤を棚に戻した。
いや、……絶対これ一本でいいよね。
生活用品売り場も罠が多い。
気を取り直して、さて! 次!
――やばい、「かさばる」コーナーに来てしまった。
そうよね、生活するって、家電と家具と消耗品だけじゃない。こういうのが不可欠なんだけど、結構忘れがちなのだ。
洗面器、風呂イス、ボディタオル……種類があるけど柔らかめと固めの二種類、フェイスタオル5枚セット、バスタオル3枚セット、バスマット1枚、掃除用ブラシ1本とスポンジ3個セット、あとは風呂蓋! ……マンションの浴室に備え付けてあったっけ? ああ思い出せない。けど、よく考えたら一人暮らしなら蓋っていらない? よし! 無し! お風呂用品――しめて7,975円。
ランドリーバスケット、物干し用ハンガー5本セット、同じく物干し用ピンチハンガー1つ。確か浴室が乾燥機付きで干せるように物干し用バーも付いていたから、洗濯用品はこれだけでいいはず――しめて3,487円。
トイレマット、トイレ用スリッパ。ウォシュレット付きの暖房便座だったから便座カバーはいらないはず。後は掃除用ブラシとサニタリーボックスも忘れずに。トイレ用品――しめて4,486円。
フローリング用のワイパーにそのシート、ウエットタイプとドライタイプで各20枚入り、雑巾5枚とコロコロさせる粘着クリーナー、替テープ付き。掃除用品てこんなもの? あーあとゴミ箱! ――しめて3,781円。
食器。お皿大小2枚、お茶碗、お椀、マグカップとコップ。おはしとフォークとスプーンと。――しめて5,260円
キッチン用品。お料理はするかなあ? まああっても困ることはないでしょう。小さいお鍋、小さいフライパン、おっと電気ポットもいるよね。家電のときに買い忘れた……と思ったらここにもあるじゃない! 包丁、まな板、菜箸、お玉。キッチン用品は無限大よ。揃えようと思ってもきりがないから、とりあえずこれだけで――しめて12,526円
あとはなんだ。何がある?
脳内でマンションの部屋をシミュレートしてみる。
まずは「ただいま〜」と玄関に入って靴を脱いで――スリッパ! 980円。
洗面所で手を洗って――ハンドソープ! 398円。
今日も遅くなったな。今、何時? ――掛け時計! 4,590円。
おやすみなさい。電気消して布団に入って。うん、布団は揃えた。
おはようございまーす。――目覚まし時計! 3,980円……いや、スマートフォンでいいか。私もそうしてるわ。戻してマイナス3,980円
今日もいい天気。カーテンをシャーっと開けて……って! ――カーテン!
カーテンはサイズを測って来ないと無理だ! これは明日以降に、と素早く割り切る。
流石にカートが溢れてしまって、この間に二度、カートごとレジに預けている。
三往復の末にまとめて会計をしたら、配送時間が午後4時〜6時になると告げられた。時刻は午後3時。ちょっと一度休憩しようと店のカフェコーナーに行きかけた時、
「……あっ、忘れてた」
目の前の陳列棚に並ぶ美容衛生用品が、存在を訴えかけていた。
シャンプー。コンディショナー。洗顔ソープにボディーソープ。
そして十六歳ならスキンケア用品もいるに決まっている。クレンジングオイル。化粧水。乳液。美容液。フェイスパック。
配送はもう頼んでしまっていたけど、こんなこともあろうとショッピングバッグも持っているのだ。液体で重いが、担いでマンションまで運べばいい。
むしろ生活用品より、この手の商品のほうが私には身近で。
迷うことなく選べる――そう思って手を伸ばしたが。
「……いや、こっちのほうがちょっと無理……かな」
選べない。
美容衛生用品は顧客の細かなニーズに応じて、それこそ洗剤以上に多種多様な商品がラインナップされている。シャンプー一つ取ってみても、元々の髪質から希望の仕上がり具合、さらに香りの有無や種類が違う。それは個々の顧客の好みが非常に細かく、それに対し限界までマッチングしようとしているからだ。
一番肌に近い商品だからこそ、「これでないと駄目」と思う人が多い商品。
――あの子も、そうじゃないだろうか。
早坂凛々花。二階堂さんに見せてもらったあの小さな女の子。
髪は長かった。写真越しにも黒くてツヤツヤしているのが分かって、ヘアケアにはこだわりがありそうだ。
シャンプーボトルを一つ手に取る。
表に書かれた売り文句と、裏の成分表を見る。
もう一本、隣のボトルを手に取り、同じようにじっくりと見る。
さらに隣、その隣。
種類が多すぎて、とても全ては確認できないだろう。
時間はそうない。配送品が届く時間にはマンションで待ち構えていなければいけないのだ。
私は首の後ろを、爪でカリカリと掻く。
それでも、ちゃんと選んであげたい。
準備されたヘアケア用品を使って、がっかりさせるようなことはしたくない。
たった一人で、見知らぬ街に来る十六歳の女の子。
あの笑顔が曇るかもしれない。その責任を負っているのだと、今更ながらに私は気づいた。
「あ〜……、写真、見なきゃよかったかな……」
ため息とともに、唸り声が喉の奥から漏れた。
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