4.どんな服装が好みでしょう
――あっという間に週末が終わり、月曜日になった。
朝だけ会社に顔を出すが、今日はすぐにマンションの方に移動するつもりだ。
しばらく日中はほぼマンションに詰めることになるだろう。
金曜日の段階で、同僚には私の手持ちタスクを今週いっぱい代行してくれるよう依頼済みだ。が、何の仕事で不在にするのかは公にできない関係で説明しづらく、入社二年目の後輩に、不信と不安が混ざった視線で見つめられるのが痛かった。
鮫島さんがうまく誤魔化し……フォローすると言ってくれたけど、もう本当、お願いしますよ。
朝礼後に、ホワイトボードに直帰と書く。メールチェックをしながら慌ただしく出発の準備をしていると、新着メールの中に、「二階堂修」の四文字が見えた。今回の依頼主――ローランド電機会長の秘書の名前だった。
『週末もご対応いただけているようで、誠にありがとうございます。
良ければ一度、顔合わせとスケジュール等々の認識合わせのため、直接お会いできればと思いますが、いかがでしょうか?』
ふーん、とそのメールを見た瞬間私は鼻を鳴らした。
意外。子会社の平社員相手にも、ちゃんとした対応してるじゃん。最初のメール一本だけで全部丸投げするつもりはないのね。
私はすぐに承知の返信をした。では早速、と向こうが指定してきた時刻は今日の11時だった。
というわけで、私は今、マンション「グラン・コート猪戸公園前」の近くのカフェで、二階堂さんと初めて顔を合わせている。
ランチタイムというにはまだ早いので、互いに頼んだのはコーヒーだけ。
「はじめまして。二階堂と申します。本日は急なセッティングになってしまって申し訳ありません」
「いえ、わざわざご足労ありがとうございます。改めまして、白石です。よろしくお願いします」
一通りの挨拶を終えた後に、私は、手ぶらで来るのも何なので、と急ぎ印刷してきた書類を鞄から出した。
「現在の進捗といいますか、すでに購入した物品の一覧をお持ちしました」
「これはご丁寧に、ありがとうございます」
二階堂さんはその数枚のA4用紙をすっと手に取った。
ダークグレーのスーツは生地に張りがあって、袖先からちらりと覗いた黒石のカフスが上品に映えている。ローランド電機はやはり大企業。秘書課の給料も良さそうだ。
今までメールを一度やり取りしただけで、「ローランド電機会長秘書」という肩書から漠然と年配男性を想像していたのだが、対面してみると意外に若かった。私と同じか少し上くらい――三十歳前後というところだ。
すらりと痩せていて、髪は男性サラリーマンとしては長めだが、きっちりと整髪料で纏められていて清潔感がある。四角張った眼鏡をかけていて、黒リムが細く理知的に見えた。
賢そうで品があってスマート。一言で言えば、仕事が出来そうな男の人、という感じだった。
二階堂さんはリストにざっと目を通している。内容に関する細かなチェックはする気が無さそうだ。
「先日、支払い用のクレジットカードをお届けしたと思いますが、これらはそちらでお支払いいただいていますよね?」
「はい。全てそちらで」
「結構です」
金曜日の夜、マンション「グラン・コート猪戸公園前」からの帰途、鮫島さんから電話があって社に戻ると、一枚のクレジットカードが届けられていた。極秘任務ということで、今回の物品購入には当然うちの会社の法人カードは使えず、まず私が立て替えねばいけないのかと不安だったのだが、早急に手配してくれてこれは本当に助かった。
「もう、こんなに揃えていただいたんですね。ありがとうございます」
言われて、私は反射的に首を横に振った。
「いいえ、まだまだ購入しなければならないであろうモノがいっぱいです。――あのう、一度確認させていただきたいんですけど」
「はい。なんですか」
「その購入完了品、価格も記載していますが、それくらいの価格帯のモノでよろしかったでしょうか」
実際に家電、家具を購入してから気づいた。あまりにも自分目線の価格レンジ帯で選んでしまったが、隠し子とはいえローランド電機の会長令嬢である。もっとセレブ御用達というような高額な商品を選ぶべきではなかっただろうか?
とはいっても、そんなモノは何処で買えばいいのか想像もつかないのだが。
二階堂さんはもう一度リストに目を落として、特に気にした様子もなく言った。
「いや、これくらいで構いません。十分です。使うのは十六歳の子ですからね。あまり贅沢を覚えさせたくないというご意向もありますので」
「そのご意向って、会――」
会長の、と言いそうになって、瞬間、二階堂さんの眼鏡越しの眼光に、ぎくりとさせられた。
慌てて顔を伏せて言葉を切る。
「……し、失礼しました」
「いえ。なにとぞ、このことは他言無用でお願いしますね」
そっと目線を上げれば、二階堂さんはもう穏やかな笑みを口元にたたえていた。が、目元にはさっきの鋭利な光の残像が残っているような気がして、私は密かに呼吸を整え、話を変えた。
「あ、あと、すみません。衣料品も揃えてほしいとおっしゃってましたが」
「はい」
「サイズが分からなければ購入は難しくて。だいたいでいいので、分かりませんか?」
「なるほど、ごもっともです。お待ちください、転校手続きの時に制服も発注していたので、サイズは聞いていました」
二階堂さんはスマートフォンを取り出した。メモか、本人とのやり取りのログを探しているのだろう。
「Sサイズ、7号と言っていますね。身長は153センチ。靴のサイズは22.5センチ。これも学校指定の靴がありまして、そのために聞きました」
私もスマートフォンにメモをする。
「あとは、どんな服装が好みでしょうか?」
「好み?」
「その、可愛い系がいいのか、ボーイッシュなのが好きとか。あの、ご存知ありませんか?」
「……」
「似合いそう、とかでもいいんですけど」
「……」
「お会いになったことあるんですよね? その――、その子に」
早坂凛々花、という名も口に出して良いか分からず、そういった呼び方になってしまう。
「それはもちろん。何度も」
「どんなイメージの方でしょうか。その、見た感じ……」
二階堂さんは記憶を辿ろうとするかのように、しばし視線を彷徨わせた。
「……普通、としか」
――普通。
一番、役に立たない回答だ。
「その時の、服装とかは……」
「……何を着てたかな……?」
二階堂さんは腕を組んで天井を見上げた。しばらく待っていると、視線を下ろしてもう一度スマートフォンを手に取った。
「――写真で良ければ、ご覧になりますか」
「え! 写真! いいんですか、はい!」
「この、一番右の子です」
「拝見します」
差し出された画面を覗き込むと、三人の女の子の写真が表示されていた。どこかの街角で楽しそうに自撮りしたものだ。二階堂さんは、他の女の子のSNSから取得した二ヶ月ほど前の写真だと説明してくれた。
写真の中の早坂凛々花は、小柄な少女だった。
他の二人に比べて身長も低く、全体的に華奢だ。顔も小さく、しかし目鼻立ちははっきりとして、弾けるような笑顔がいかにも楽しげで、無邪気だった。十六歳の高校生と聞いていたが、中学生とか、下手したら小学生高学年といってもいいくらいだ。
――本当に、子供じゃないか。
こんな子が、これから見も知らぬ街でたった一人で暮らすのか。
あの、がらんどうの、ワンルームで。
「これで、大丈夫ですか?」
「はい、……分かりました」
私は視線を下げて、ゆっくりと頷いた。
二階堂さんは怪訝そうにこちらを見たが、そのままスマートフォンを胸ポケットに滑り込ませた。
「それでは今日はこれで失礼します。またご連絡させていただきます。何かありましたらすぐにご連絡ください。この件は最優先で動いておりますので」
「はい、こちらからも都度、進捗をご報告いいたします」
同時に席を立ち、向かい合って頭を下げる。
「引き続き、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
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※登場する企業・店舗・商品・価格はすべて架空のものです。
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