3.ここまで人は寝具にこだわるのか
――家電は、まあ、あれでいいだろう。
ショッピングモールのフードコートの席を取り、私はスマートフォンのアプリに入力したToDoリストを呼び出していた。
先程出てきたイワサカカメラのレシートを見つめ、購入した物と、リスト内の購入予定品を一つ一つチェックしていった。買ったものは「完了」のチェック。そして店舗に来てから必要であると発覚した電子レンジなどは、リストに追加してから「完了」に。
これは昨晩、家電量販店のオンラインショップのサイトとにらめっこして作ったリストだ。
その時はオンラインで購入することも考えたのだが、これがまた、慣れてないせいか、まず商品の検索から躓いた。
絞り込み条件が「メーカー」や「価格」というものなら直感的に入力できたが、「サイズ」は数字の実感がイマイチ掴めず、容量、出力ワット数などは何を根拠に判断すべきかも分からない。
個々の商品知識が、全くといっていいほど、私には無かった。
冷蔵庫や洗濯機の容量? 実家の、今現役で使っているモノでさえ、ぱっと頭に数字が浮かばない。かといって、最低限の絞り込みしかしないと、二十も三十も同じような商品写真が並び、違いをいちいち見比べるのも大変だった。
やはり店舗に来てよかった。
実際の商品を前にしたら、不思議とあまり細かいことは気にならなかった。
スペックなど、商品POPに大きく書いてあるものだけを見ればいいのだと分かった。オンラインショップのサイトにはそれらの情報が小さい字でびっしり書かれていて、隅から隅まで読まないといけないような気にさせられたが、店員さんはそんな数字など、ほとんど口にしなかったじゃないか。
それに電子レンジも店員さんに言われなければ多分気づかなかった。
良かった良かった。土曜日というせっかくの休日に、わざわざ父に車を借りてまでこのモールまで来たかいがあった。
透明な容器に入ったアイスカフェラテをストローでずずっと吸いながら、そう思う。
さて、この調子で次は家具だ。
店の目星はつけてある。
モール内にある、サトリとノット・シール。
どちらも家具・生活雑貨を取り扱う大型店で、ノット・シールの方は衣料品も揃っている。
ここで全部揃えてしまえば、このタスクはもう完了ではないか?
大型家具の配送だけが来週の木曜日に間に合えば良い。
ToDoリスト内の購入予定品を見る。
ベッド、布団、テーブル、椅子、食器棚。高校生というので、学習用のデスクとその椅子も。
そういった配送が必要なモノだけをとりあえずリストにしているが、あとは店舗を歩きながら必要そうなものを一緒に買うつもりだ。それは車に積んで、今日か明日にでも直接マンションに持ち込めばいい。
よし、と立ち上がった。目処が立ったことで心も軽くなる。
昼食としてフードコートの店舗で注文したラーメンの食器を返却棚に戻し、デザートに買ったドーナツとアイスカフェラテの空袋をゴミ箱に捨てる。
じゃあ、まずはノット・シールの方から攻めるとするか!
私は意気揚々と、二階フロアにつながるショッピングモール特有のスピードの緩いエスカレーターに乗り込んだ。
――二時間後に、頭を抱えてこの同じエスカレーターを下ってくることになるのだけれども。
家具は大きいものから決めよう。そう思って乗り込んだ、家具・生活雑貨店のノット・シール。
広大なフロアは大まかに、家具、雑貨、衣料品、食料品に分かれている。
ここの雑貨や衣料品は私も時々購入しているが、家具はそういえばあまり見たことがなかった。
家具フロアは展示コーナーと商品棚がはっきりと区分けされていて、商品棚には小型家具や組み立て式家具がパーツごとに段ボール箱で梱包され、積み上げられていた。レジにはそれをカートに入れて運ぶか、カートに入らないモノや大きなモノは展示品に吊り下げられた商品カードを持ち込む方式だ。
まず最初に、展示コーナーを一周する。
迷う暇もないし、そもそも展示されている商品はそう種類もない。次々に商品カードを取っていく。
木製のベッドフレーム、シングルサイズで19,900円。
ベッドマット、これもシングルサイズで39,900円。
小さめの木製テーブルとダイニングチェア二脚のセット、79,800円。一脚でいいんじゃないかと思ったけど、セット商品は二脚からで、別々に選ぶのも少々面倒だった。
学習机、これもチェアとセットで42,900円。
複数種類がある物は、ランクのちょうど真ん中を選ぶことにした。
ベッドマットの硬さも「柔らかい」でも「硬い」でもなく「普通」。
素材は木製で、色味が似ているもので統一した。インテリアコーディネーターじゃないのだから、複数素材の取り合わせなんて考えられない。
食器棚は程よいサイズのものがない。
しかし探しているうちにはたと気づいた。
「もしかして一人暮らしだと、食器棚っていらない?」
一人暮らしなのだから食器だってそうないだろうし、そもそもキッチンのシンク下や上にも、多少の収納があった気がする。少ない食器や冷蔵庫に入れない食材など、そこに籠でも置いて入れておくほうが便利なのではないか。
実家のダイニングキッチンには当然という顔して鎮座している大型家具だったので、なんの迷いもなくリストに入れてしまっていたが、一人暮らしとファミリー層では必要なアイテムそのものが違うのかもしれない。
「そうかー。じゃあとりあえず食器棚は保留……としまして」
四枚の商品カードを手に、次は寝具売り場である。
ベッドとベッドマットは選んだ。脳内であるべき「ベッド」の姿を想像する。次いで必要なのは、布団と、枕と、上掛けだ。
……しかしここでまた早々に、私は唸ることになった。
次の刺客は誰であろう、――枕だった。
商品棚には大と小。二種類のサイズが並んでいる。
いっそ三種類だったら真ん中を選んだのに。どうしよう。
十六歳の女の子だから頭も多分小さいと思うけど。だから小のほうで。……でも大きい方が寝やすいかもしれない。
――これ、私が選んでいいの? 本人の好みはどうなの?
迷ったが、大は小を兼ねる方式で大きいサイズのものにするか――と手を伸ばした所、棚の真ん中に掲示されている一枚の紙に気づいた。
「枕の選び方」と題されたラミネート加工されたその紙には、枕本体はサイズだけでなく素材や形違いで様々に用意されていて、この店だけでもなんと七種類もある、らしい。マジかよ。
まずは高低の違い。それも両端だけが高くなっているモノ、中の詰め物を増やしたり減らしたりして調整できるモノ。
柔らかさの違い。これは中身の詰め物の違いにもよる。羽毛、綿、ビーズ、プラスチックや備長炭のパイプ……などなど。
思わず今自分が使っている枕はなんだろうと考えてしまう。学生の頃から使っているもので、親が買ってくれたもの。中身が何かなんて考えたことなかった。
しばし呆然としながら、私はまた首の後ろをカリカリと爪で掻き、ん〜と声を漏らす。
目をつぶって、その紙にびしっと人差し指を突き立てる。目を開けると、指先は表内、七種類の枕の左から二番目を指していた。
「よしこれ! 高さは普通、柔らかめ。素材はポリエステル綿。お値段2,890円!」
商品棚には段ボール箱に入って積まれているものもあったが、その表の下に商品カードがあったので、該当商品のカードを抜き取った。配送にするような大きさの商品は全部この方式も取られているようだ。
続いては、お布団。
「えーと、上掛けは季節で違うよね。冬用と夏用、あとは毛布? 一枚? 二枚いるかな?」
ところが布団も枕同様、様々な種類があったのだ。
羽毛布団のコーナーで、私はまたしばし立ち尽くした。
「掛け」という値札の隣で積まれているモノが掛け布団なのは分かったが、その隣に「合掛け」「肌掛け」と別のものが二種類ある。よく見ると厚みが違う。掛け、合掛け、肌掛け、の順に薄くなっていくが、さて、ではどれを買うべきなのか?
「……もう、三枚買っちゃえ!」
十六歳の女の子――早坂凛々花が暑がりなのか寒がりなのかまったく知る由もないが、暑ければ薄い布団にしてもらえばいいのだ。寒い時に布団の厚みが足りないより、全然マシである。
値段はやはり、真ん中のものを。それさえ決まればほぼ選択肢は絞られた。
シングル用掛け布団、64,800円。
シングル用合掛け布団、55,900円。
シングル用肌掛け布団、29,800円。
ついでに毛布、9,980円。
毛布は掛け布団に比べてなんだか安く感じたので、それは二枚、色違いで購入することにした。
それから……ええと、寝具のカバーがいるのだ、が。
先程から寝具売り場でかなりの面積を占めている多種多様な寝具カバーの存在には気づいていた。
が、その圧力に見えないふりをしていたのだ。なにしろ、種類が膨大だからである。
サイズ違いは「シングル」で絞ればいい。
色も何種類かあるが、正直もう白かベージュでいいだろう。
だが「布地」の違いは、――ここまで人は寝具にこだわるのか――と、また思わず唸ってしまう。
「これは綿、これは、ポリエステル。こっちは……え、麻? じゃあこれは……あ、これも綿だ。確かにさっきと手触り違うけど、違うのは産地? ……織り方? はあ?」
折りたたまれたカバーとシーツをさわさわと撫でてみるが、違いが分かってもそれがどう寝心地に影響があるのかわからない。
自分の布団は――とまたしても思い返すが、毎日寝る時に掛ける布団のカバーが綿なのか麻なのかポリエステルなのか、そんなこと、考えたこともなかった!
また、首を爪でカリカリとする。もう疲労で精神がささくれてきているのが、自分でも分かっていた。
「…………ひ、ひとまず撤退しよう。もう、足が」
今日だけで、モールの中を多分一万歩は歩いている。
ノット・シールだけで二時間以上は彷徨っているのだ。そろそろ限界。もう一店舗のサトリに行く気力もすでに消滅している。
――生活雑貨は、また、明日以降で……。
私は手にしていた商品カードだけを持ってレジに向かう。
これだけは配送を頼む関係上、今日中に終わらせてしまいたい。
ぐったりして下りのエスカレーターに乗った時、もう時刻は夕刻になっていた。
上る時は遅く感じたその動きも、重たい足を引きずる今になっては、その緩やかさが返ってありがたかった。
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