プロローグ
「何をお探しですか?」
背後から声をかけられ、私ははっと振り返った。イワサカカメラの法被を着た店員さんがにこりと微笑む。
大型ショッピングモール内の、その中でもかなりの面積を占める家電量販店の中である。
「イワサカ、イワサカ、イワサカ・カ・メ・ラ〜♪」と店名を連呼する軽快なBGMが流れる中、棚や天井から吊るされたPOPが空気をざわめかしている。
四角張った家電がずらりと並ぶ棚に気圧されて、店頭すぐという位置で立ち尽くしていた私は、何をお探し――と聞かれて、素直に答えた。
「何を、と聞かれたら――何もかも、です」
店員さんは笑顔のまま、少しだけ肩を跳ねさせた。その目に期待の光が浮かぶ。私は続けた。
「電灯、エアコン、冷蔵庫と洗濯機、テレビ……はいるかな? あと何でしょう。何がいるかな?」
逆に聞いてしまったが、店員さんはむしろ口元を緩ませる。
「はい、何でも揃えますよ! 今からお一人暮らしされる、とかですか?」
はい。そうです。
――私じゃないんですけどね。
無言で頷きながら、心の内でそう答える。
「まず、いるのが、電灯。部屋についてないんです」
「はい! シーリングライトとペンダントライト、どちらにしましょう?」
「え、何? 種類があるの?」
慌てているうちに、いくつか、と数も聞かれ、十畳のワンルームだからとりあえず一つ? と聞き返すように答えた。
「部屋が明るくなれば何でもいいんですけど……」
「それではとりあえず、こちらのLEDシーリングライトをおすすめします。十畳一部屋ならこのサイズから」
通路を進んだ照明器具売り場に連れて行かれ、幅一メートル近い、透明な皿のようなライトを勧められた。
装飾も何も無いシンプルなものだが、他を見渡してもみな同じように見える。
「じゃ、それで」
「16,800円になります」
「はい、それで」
淡々と言うと、店員さんは商品が展示されている棚から商品カードを一つ抜き取った。
「もしよろしければ、他の商品も一緒にご案内しますよ。まとめ買いということで、配送料等々おまけさせてもらいます!」
「いいんですか? じゃお願いします」
「もちろんです! 喜んで!」
浮かれたように、店員さんは笑顔でまた肩を跳ねさせた。
「次はエアコンですね! メーカーのご指定は?」
「ないです。おすすめでいいです」
あちらです、と案内される。
歩きながら、店員さんは手際よく店内の棚からカタログを抜き取り、着いたエアコン売り場でまずそれを広げて見せてくれた。
「おすすめは国産のこの二つのメーカーですかね。十畳ならこのへん。同じメーカー、サイズでも、付属機能で色々違うんですよ。より機能的な除湿、オートクリーン、今はWiFiでスマホからコントロールできたり……」
「ああ、分かんない。とりあえず、ちゃんと暖かくなったり涼しくなったりすればいいです」
「じゃ、こちらとかは。スマホ接続なしで除湿も通常機能のみですが、お掃除が楽なタイプです」
壁にずらりと掛けられたエアコンの実機のなかで、真ん中あたりにある一台を指し示された。
その他、二十台ほど並んだエアコンは下に値札が垂れ下がっていて、金額はマチマチだ。ざっと見た限り、中間の金額のものを提示してくれたように思えた。
迷う必要もない、と思えた。
「じゃ、それで」
「208,600円です」
「はい、それで」
次は冷蔵庫。店員さんは店内をずんずんと奥に進む。私も足早についていく。
「お一人暮らしなら、このサイズかな」
これは高さ140センチです、と言って、店員さんは私の身長よりやや低いその冷蔵庫の上に手を乗せた。扉は上下に二つ。
「自炊されるなら、このサイズでも野菜室があるほうがいいです。でも冷凍食品とかレトルトが多ければ、冷凍機能が充実しているタイプの、こちらがおすすめですね」
「えーっと」
迷う。私が使う冷蔵庫ではないのだ。かといって、私なら……料理は一緒に暮らす母親任せなので、どちらとも言えない。
「あんまり……自炊はしないかな」
使うのは、高校生、十六歳の女の子だ。
料理の腕は知らないが、世間一般からして、その年頃なら買って食べるほうが多いのでは? わからないけど。
「でしたらまさにこれ、自炊されない方用です。冷凍室が体積の半分を占めています。サイズもそう大きくないので、上に電子レンジも置けますし」
思わず、あっと声が出た。
「電子レンジ! 忘れてた、それもあったほうがいいですよね」
「自炊されないのならばマストです。自炊される方でもマストですね。正直、冷蔵庫がなくても電子レンジは必要です」
脳内の購入予定品リストの項目が増える。冷蔵庫に迷う時間など取ってられなくなった。
「じゃ、冷蔵庫はそれにします」
「48,950円です」
「はい、それで」
そして次は、そのまま隣のコーナーにある電子レンジ。
「チン、して温める機能があればいいです」
「温めるだけでも、オーブン機能が付いていたほうがいいですよ。機能的な問題で、温度の感知方法が違いまして……」
「えー……、じゃ、じゃあ、それで」
「スチーム機能はどうします?」
「え、なにそれ?」
もう脳内キャパシティーの限界だ、と首を小刻みに振ると、ここは店員さんが飲み込んでくれた。「スチームは、まあ、なくてもいいと思います」と言って、私の代わりに一台決めてくれる。
「51,500円です」
「はい、それで」
その後、洗濯機は乾燥機能付きのドラム式。一人暮らし用の小型のもの。158,000円。
掃除機はスティッククリーナー。47,800円。
テレビはそもそも必要かどうか迷ったが、初めての一人暮らしなら点けておくだけでも寂しくないと言われたので、とりあえずの32型。54,800円。
さらに、トースターは? 炊飯器は? アイロンは? と店員さんは小型家電も売りたそうだったが、必要になったら買うと告げた。それを判断する時には、私はもうお役御免になっているだろうが。
広い店内を歩き回ったおかげで、もうクタクタだ。時計を見ると入店から三時間近く経っている。会計の際に、小さなテーブルに案内され、椅子に座ったらもう立ち上がりたくないほどだった。サービスで出してもらったアイスコーヒーがカラカラの喉を潤してくれる。
合計金額は配送料、設置工事料、リサイクル料などなど、もろもろ全部込みで646,980円。
「端数引いて。600,000円でいかがでしょう!」
「はい……、じゃあ、それで」
領収書をお願いしてカードを渡す。私の自腹ではないが、その後に渡されたレシートを見て、ひのふのみのと支払額の桁数を数えてしまった。
「……配達と設置、来週の木曜日まででお願いできます? その日が絶対なんですけど、大丈夫でしょうか」
「木曜でよろしいですか? はい、今、設置業者のスケジュール抑えました。商品もすべて在庫揃っていますので、大丈夫です!」
頼もしい声に、ああ良かった、と胸を撫で下ろした。配送日だけがネックなのだ。すべてを来週の金曜日に間に合わせなくてはならないのだから。
さて、重い腰を上げて、私は次の場所に向かう。
とりあえず家電はなんとかなった。次は家具。
このために、私はわざわざ休日に、電車に乗ってこの大型ショッピングモールに来ているのだ。
大手家電量販店のイワサカカメラと、サトリとノット・シールという日本の家具・生活用品店を代表する二店舗が揃う広大なモールに。
仕事とは言え――そもそも私はただの金属メーカー勤務の営業事務で。
なにゆえ、こんな畑違いの業務を割り振られたのか、未だに納得はいっていないが。
上からの命令。さらにその上も、親会社という絶対的上位存在からの命令に従ってのことだ。
私はこの一週間で、住み慣れた地を離れ、たった一人で上京してくる十六歳の女の子が、寝て起きて、食べて、生きていくための生活基盤を作ってやらなければならないのだ。
生活は何をするにも物がいる。
迷う暇はない。買って! 買って! 買いまくるしかない!
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※登場する企業・店舗・商品・価格はすべて架空のものです。
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