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前日譚 風滝家にて

 風滝瀬奈(かぜたきせな)は至って平凡極まりない男子中学生である。年齢、十四。自らの生家の関係上、とある部分が世間とズレているが、瀬奈自身についてはそこまで特筆すべき部分はない。

 そんな彼の家族構成は父と母、そして姉、である。


 ──そして、これは彼がまだ妖怪の世界に入る前の、ほんの少し前のお話。





「──おい、愚弟。付き合え」


「……姉弟での交際なんて、どんな泥沼展開だよ」


「そんなわけないだろ、愚弟」


「説明が足らなすぎるんだよ、愚姉」


 軽口を叩くのは、瀬奈の部屋にノックもせずに入ってっきた姉である守勇(しゅゆ)であった。それに対して瀬奈は軽く顔を歪めるが雑誌から目を逸らさない。


「会社でムカついたことがあったの。だから付き合え」


 現在時刻は夕方の十九時。近くのカラオケは保護者同伴であっても未成年は二十三時までがマックスである。


「そんな短時間でいいのか?」


「ああ、構わない。行くぞ」


「へー、へー」


 私服に緑色のパーカーを羽織り、そのまま学割を使うために学生証の入った財布を持って瀬奈は守勇と一緒に玄関のある一階へと降りていく。

 リビングには両親の姿があり、仲良く談笑しているようだ。その空気を壊すのも悪いとこっそり守勇と共に瀬奈は家から出ようとする。


「バイク?」


「ああ」


「オレも免許取ろうかな」


「やめとけ。私も二回落ちたんだ、お前じゃあ二十回は落ちる」


「は?」


 姉のほうが確かに自分より要領がいいことはわかっていてもその言い方はムカつく。蹴りを入れようとしてもさらっと逃げられてしまってなんとも言えない感情に襲われるも、とりあえず瀬奈は自分用のヘルメットを着用した。


「しっかり掴まれよ?」


「わーってるよ」


 そのままいつものようにバイクに二人で乗り、家から一番近いカラオケへと向かっていく。そこのカラオケはカラオケを利用した客の駐車料金が三時間無料になるのだ。


「そういえば瀬奈、お前もそろそろ高校生だが、どうだ。楽しみか?」


「……不安半分楽しみ半分だよ」


「そうか。まあ私もそんなもんだった。お前は私の妹だ、それなりに上手くやれるだろうさ」


「どっからその自己肯定感がでてくんだよ……」


 姉と同じ高校に通うことが決まったのは少し前だ。寮制であり、楽しかったと今まで散々聞かされていたからどこか憧れがあったのだろう。


「姉ちゃんはなんかあったの?」


「ん? ただ会社でムカついたことがあったって言ったろ」


「それの詳細求む」


「ちょーっと凝り固まった昭和頭のジジイに絡まれたんだよ。あー、クソ。目上の人って言うんだったらそれなりに働いてくれ」


 そこからはしばらく愚痴が続いた。

 要領がいいこの姉はうまくこなすが、ストレスの発散はうまくできないのだ。こうして弟であり、決して自分を突き放さないという確信を持っている相手にしか愚痴を話さないところがこの姉の一筋縄ではない性格を表している。


「……」


「ついたぞ」


「あ、わかった」


 瀬奈はそう言ってとりあえずバイクから降りてヘルメットを外す。そのまま先にいつものように受付を済ませて部屋番号のある紙を受け取った。

 部屋に入ってマイクの音量調節を済ましているとバイクの駐車をし終わった守勇が合流して無言で曲を次々に入れていく。


「デュエットソング……これ歌えるか?」


「ああ、知ってる。たぶん歌える」


 基本的にこのカラオケは守勇が入れる曲に合いの手を入れたり、歌い疲れて休んでいる間に好きに曲を入れるのがお決まりとなっている。


「んー、最近の曲は……このドラマの曲はよく聞くよな」


「いい曲だよな」


「ドラマの方も見てーな。時間がありゃ休憩時間にでも見ておくか」


 そう言いながら守勇はスマホで軽く検索にかける。その間に曲のイントロが始まってそのまま瀬奈はマイクを手渡した。


「……あ、採点いれんの忘れた。いいや、終了しといて」


「ん」


 少し段取りが悪いのもいつも通りだ。そのまま瀬奈は言われたとおりに曲を消してそのまま採点を入れ直す。


「オレもなにか歌おっかなぁ……」


 自分のよく聞く音楽アプリの再生アルバムを見ながらカラオケの検索にかけていく。そこで適当に選んで採点を入れてそのままタンバリンとマラカスを手に持った。


「盛り上げていくぞ──ッ!」


「おー」


 守勇のデスメタルに合いの手を入れながら瀬奈はあくびを噛み殺す。


 なんというか、少しいつもとは違う態度になってしまった。だからこそ、それに守勇は気づく。──姉だからだろうか。


「んだよ、テンションひっくいなぁ。──瀬奈、気にしてんのか?」


 先程までの雰囲気とは一転して守勇の声が一段と低くなった。きちんと名前を呼び、重く語る。

 それがなんの話題かも、瀬奈は一瞬で察して心配させてしまったと反省した。


「そういうんじゃ、ない、な。ただ……まあ、そろそろ『あの日』だけどさ」


「……気にすんな、なんて言わねーよ。でも、お前のせいじゃあない」


「…………知ってるし、わかってるよ」


 そうしながらマラカスを置いてタンバリンだけに集中する。けども、どうにもこの時期にはいつも違うことが脳裏にチラついてしまう。


『──■■■■■!』


 ──そう言った、愛おしい存在の言葉が。

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