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前日譚 鬼城院家にて

 鬼城院桜(きじょういんさくら)は平凡とはあまりにもかけ離れた家に生まれた男子中学生である。年齢、十四歳。しかしながら、特筆すべきは兄の方であり、自身もまた特別を嫌っている。

 そんな彼の家族構成は父と母、そして兄である。

 ──そして、これは彼がまだ人間に出会うその前。ほんの少し前のお話だ。





 ──案外、何も思わなかった。それが良いことなのか悪いことなのかは、わからないが。


「──ですので桜様には来年から境妖学園へと通っていただくこととなりました」


「……そう、か」


 高校は全国にいくつかあり、そして本来ならば桜は一番家から近い京都の方の学校へと通うはずであった。が、しかしこうして決まったのは東京にあるという、『天狗』が治める学校だ。


「そういえば、今お前が通ってるんだっけか──遜鬼(ゆずき)


 遜鬼と呼ばれた女性──薄い金髪の髪を腰まで伸ばし、三つ編みにして黒いリボンで結んだ美少女の外見を取った女中は桜の言葉に頷いた。


「はい。けれども私は来年で卒業の身。桜様の護衛につける期間は限られております」


「そんな物騒なことが起こるような場所じゃないだろう。……それで、母さんと父さんは?」


「これはご当主様と旦那様のご決定でございます」


「……そうか」


 鬼城院家現当主である母がそうしろと言うのならば決定事項であり誰かに共有しなくても良い。

 そも、女中頭である遜鬼が伝えに来たのだからその可能性がまずに高かったであろう。


「……桜様」


「? どうした?」


「……いえ。ただ、……少し、気になることが──」


「──それ以上は、許可していないであろう?」


 音もなく、空間に一人の人物が舞い降りた。空からか、きちんと歩いたのかはわからない。けれども瞬き一つの間に遜鬼の後ろに”その人物”はいた。


「ッ。申し訳ございません、出過ぎた真似を致しました」


「……母さん」


 美しい、鬼だった。誇り高き、鬼神と呼ばれた一体の鬼。

 その人物の存在を認識した途端、遜鬼はすぐに膝をついて謝罪をする。そんな遜鬼を見ることなく、美しき鬼は桜へと近づいていった。


「珍しい。なんで母さんが俺のとこに?」


「なに、自らの息子の下へ母が向かうのに理由がいると?」


「……別に、なくてもいいとは、思うけどさ」


「冗談よ。……桜」


 美しき鬼は母として桜へと近づく。頬を撫でて慈しむような目線を確かに向けながら。


「そなたが妾の屋敷を離れ、学び舎にて育まれる……全てを見ることは妾には叶わぬが、それでも──」


 母が最後に何を言おうとしたか、それは桜にわかることはなかった。きっと、これから先もどうせわからない。──桜が家族をわかったことなんて、一度もないのだから。


「……そろそろ父さんの方にいったらどうだ? 俺、自分の父親が俺に嫉妬するところなんて見たくないんだが」


 鬼城院家当主の旦那である桜の父は愛妻家として有名である。そも、千年前は禁じられていた他『種族』間での結婚を、自らが『茨木童子』で惚れた相手が『酒呑童子』であるからという理由で無理やり法を変えて母の隣に座ったような男だ。

 そして、自身の妻が息子と話しているだけで嫉妬するような男である。そのせいで息子二人に嫌われているのだが本人は妻に愛されていればOKという鋼メンタルを持っているがために主張を曲げたことはない。


 こうして桜が二人で(使用人は一人いるが)母と話しているだけであらゆる仕事を放り出して飛んできかねない。


「はっはっは。あやつの嫉妬も妾からすれば享楽よ。愛であろう?」


「いや知らないよ。……それじゃあ俺は夕飯まで部屋で宿題してるから」


「そうか。……遜鬼」


「は」


「あやつの嫉妬も愛も受けるのは妾である。伴せよ」


「かしこまりました」


 親同士の独占欲やらなにやらを見せられ、少し嫌な心境になりつつ桜は少し屋敷の離れにある自分の部屋から出て庭へと向かう。


 鬼城院家には誰もが息を呑みその美しさに見とれてしまうような立派な庭があり、底に行くのが桜は好きであった。


「……」


 庭にいるときは何も考えず、囚われずにいるような感覚を覚える。──何にも、誰にも。


 ふと耳を澄ませば屋敷の一室から叫ぶ父の声と母の笑い声が聞こえたりするが、この時だけは無視である。

 そろそろ戻るべきか。そう思うと──一人の気配を感じた。


「──桜」


「……兄、さん」


 自らと似た顔立ちをした男。角を二本額へと生やした和服姿の美丈夫──鬼城院紅葉。


「な、んで……」


「……俺の言葉、だな。いや、ここにいることを咎めるほうがお門違いだ」


「っ、兄さんがいるなら、邪魔しちゃ悪い。俺は部屋に戻るよ」


「そうか」


 あまりにも一方的すぎる言葉。こんなの、兄に対して表立って嫌いと言っているようなものに近い。けれどそれを桜がきちんと言葉に出すことも、紅葉がそれを叱ることも、ない。絶対に、ないのだ。


「……桜」


「……何?」


「その、……高校、決まったんだな」


「そうだね。決まったみたいだ」


「……気を付けて」


「……」


 嫌い合っているわけでは、決してない。けれども、どこからか二人の間の歯車は崩れて──治らないところまで、来てしまったのだ。


「……兄さんこそね」


 兄に別れを告げると同時に、桜は嫌でも理解した。

 鬼城院紅葉は京都にある伝統と格式を重んじている高等学校の出身であり、──そんな兄の母校と一緒ではなかったと、安堵している自分がいるのだ。


「ほんと、嫌になる……」


 家族を嫌いに思ったことはない。ならば、これは何なのか。この感情に名前を付けるならば、なんなのか。


 ──こうして、確かな心の亀裂を感じながら、桜は次の春に高校へと入学することとなる。そしてそこに通うこととなった人間の少年と友人になるのだが、それはまた別のお話。

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