前日譚 咲崎家にて
一年前の四月。主人公・咲崎蒼の中学時代のお話です。
咲崎蒼は至って平凡極まりない男子中学生である。年齢、十四。特段特筆すべき点もなければ、特段特別ではない、そんな少年だ。
そんな彼の家族構成は父と母、そして妹である。
──そして、これは彼がまだ妖怪の世界に入る前の、ほんの少し前のお話。
*
咲崎朱は自他共に認めないブラコンである。そして兄である蒼もまた自他共に認めるシスコンである。
基本的には家にいない両親に代わり家庭内での家事担当は別れており、そして蒼は料理中のキッチン周りへの全面的な立ち入りを禁止されている。これは決して蒼が料理下手であるというわけではないのだが、絶望的に蒼と朱の調味料が合わないためである。
そんなわけで時刻も巡り夕方の午後六時半。
「お、今日の夜ご飯は餃子?」
「冷凍だけどね。ちょっと部活が忙しくて」
「全然! いやぁ、俺ってば揚げ物好きだからさ」
そう言う朱ではあるがキチンとサラダといった副菜はつくられており、蒼とはよく血縁を疑われるしっかりさである。
さてさて。咲崎家は東京都に一軒家を構える格式高くない家だ。とはいえども誰かを招くということは朱以外はしないのだが。
「いやぁ、朱ももう中一だろ? 時間ってのはやっぱりすぐ立つもんなんだな〜」
「……蒼こそ、そろそろ高校生じゃない。進路は決まったの?」
「マジで決まってない。やばいよ」
教室で誰かと話すということは基本的に蒼はしないが、それでも教室内での会話というのは嫌でも聞こえてくる。聞き耳を立てれば進路についての話も聞こえてきたのだ。
現在は四月も下旬。桜が散り、朱も蒼のいる中学に入学して慣れてきた頃であろう。そして、三年生からすれば次のステージたる高校について決めなくてはならない。
「進学はするんでしょ?」
「まあね。就職は特にしたい願望もないからさ。学ぶ意欲も特段ないけど、高校生にはなっておきたい」
この現代の日本社会にて中学卒業から就職というのは全体的な割合から見れば少数であろう。かく言う蒼も、大多数に呑まれることを良しとする性格であり、このまま高校へと進学するつもりだ。
行きたい高校もないので手の届く範囲の高校に進学して卒業する。そして、親はそういうことを気にする性格ではない。
「……あ。そういえば、父さんって今どこにいるかわかる?」
「お父さん? どこって、職場だと思うけど」
「そ、そうだね」
──咲崎蒼という人物はとてつもなく他者に関心がなく、それは三年間同じクラスであった相手の名前を一文字も掠らないレベルで間違えるほどだ。そしてそれが原因で友人どころか知り合いもできなく、そして本人もその状況を受け入れている。
簡単に言うならば、普通に人間としてどうかしているのだ。
そうしてそんな咲崎蒼の父もどこかおかしな人物である。
「いやさ、父さんってスマホ持ってないじゃん? そろそろどうにかしてほしいよね」
「仕方ないよ。現代人として生活できない原始人なんだから」
スマホを持っていない、というのはまあいるにはいるであろう。しかしながら問題はここからだ。
まず銀行口座を持っていない。パソコンが使えない。なんなら家電も怪しい。電化製品全般が嫌っているかのように致命的に扱えないのだ。
「何なら固定電話も壊したもんね。テレビだって買った次の日に壊して修理めんどくさいって言ってそのままにしてたし」
そんな人物が就ける職業が現代日本にある、これはもはや世界の七不思議ではなかろうか。なんて蒼は思いながら父の姿を脳裏に浮かべた。
「そこに惚れたお母さんもお母さんだと思うけどね、私は」
「あはは」
お似合いな夫婦、なのだろう、結局は。
そんなことを思いながら味噌汁をすすると、ふと朱がコトンと持っていた茶碗を置いて、どこか遠慮しがちな表情を取る。
「……蒼」
「ん? どうした?」
「その、さ。私って、まだ十二歳、だよね」
「そ、そうだね。俺の記憶が正しければ」
朱の誕生日はまだ迎えられておらず、彼女の年齢は十二のままだ。小学校卒業したてのほやほやである。
「……今日、一緒に寝ても良い?」
「良いけど」
即答。この素早さが兄妹間での円満の秘訣だ。
明日は土日であり休み。もし寝坊したとしても別に誰も咎めまい。
「……? 何?」
「いやぁ、懐かしいなぁと」
じまじまと蒼は気色の悪いと言われる視線を朱に送る。
──幼いときの思い出。家に二人しかいないとき、あいにくとこの家にはテレビがなかったので一緒にラジオを聞いたりしたのだ。夜遅いからと、イヤホンを共有し合って。
「それで、今日は何か見たいものが?」
「……ん」
今ではラジオは進化してポータブルテレビとなり、そこでDVDを入れたりして一緒に見たり知ている。ホラー映画などは特に。
「俺はこうして朱との思い出が増えてくの、好きだよ」
「……嫌いじゃないとかの方が、まだ良いかも」
照れてる朱も可愛い。なんて思いながら蒼は醤油をつけた餃子を口に入れる。
他者へと興味を示さないものが大切に思う。それは、確かな愛なのだ。……もしかしたら。もしかしたら大切を増やしたくなかったから、誰へも関心を増やさなかったのかもしれない。けれど、それは憶測だ。
大切なことというのは、存外、自分にさえもわからないものである。
──なお、来年からは普通に拒絶されるようになるのだが、これはまた別のお話。
超絶不定期更新で前日譚やら後日談を書いていけたらなと……
今回は主人公たる蒼の入学前の話でした。
蒼はシスコンでありファザコンでありマザコンです(朱もそう)。家族への愛が強すぎて他の人への関心が薄かった中学時代。それが妖怪の世界の高校で生活していく内に……? ってのは本編で!




