判断材料は、記事にならない形をしていた
封筒は、
宅配便では届かなかった。
編集部の受付でもない。
自宅のポストでもない。
地下鉄のコインロッカー。
番号だけが、
事前にメッセージで送られてきた。
23番
今日中
開けなくてもいい
「開けなくてもいい」という一文が、
逆に逃げ道を塞いでいた。
相沢真紀は、
終電一本前のホームに立っていた。
人は多い。
だが、
誰も彼女を見ていない。
それが、
この街の優しさであり、
残酷さでもある。
ロッカーを開けると、
中には小さな箱が一つだけあった。
鍵も、
封もない。
持ち上げた瞬間、
彼女は分かった。
――これは、
紙じゃない。
編集部近くの
小さな喫茶店に入り、
一番奥の席に座る。
箱を開ける。
中にあったのは、
USBメモリと、
数枚の紙。
紙は、
説明書きではない。
目次だった。
相沢は、
USBを自分のノートPCに挿す。
オフライン。
ネット接続は切った。
フォルダは三つ。
「寄付」
「委員会」
「例外」
最初に開いたのは、
「寄付」。
そこに並んでいたのは、
実在する企業名だった。
上場企業。
誰もが知っている。
CMも流れている。
だが、
金額は、
寄付としては妙だった。
少額。
だが、
周期的。
しかも、
受け皿が複数に分かれている。
公益法人。
研究助成団体。
文化振興基金。
どれも、
合法。
どれも、
追及しづらい。
相沢は、
唇を噛んだ。
――これは、
“資金提供”じゃない。
――環境整備だ。
次に、
「委員会」。
議事録。
非公開。
だが、
形式は整っている。
安全保障。
先端技術。
研究倫理。
そこに、
鷹宮恒一の名前はない。
だが、
彼が過去に書いた論文の要約が、
別人名義で引用されている。
相沢は、
息を吐いた。
――表に出さないための、
知識の使い方。
最後に、
「例外」。
このフォルダを開いた瞬間、
彼女は直感した。
ここが、核心だ。
中身は、
法律文書だった。
政令。
省令。
通達。
いずれも、
報道されない種類のもの。
そこに、
赤字でコメントが付いている。
通常は禁止
ただし
「国益上、必要な場合を除く」
相沢は、
画面を見つめた。
――誰が、
必要だと判断する?
答えは、
どこにも書かれていない。
だが、
「委員会」と
「寄付」が、
その判断を
無言で支えている。
USBを抜き、
相沢は箱に戻した。
これを記事にすれば、
訴えられる。
負ける。
確実に。
証拠は、
すべて合法の顔をしている。
だが――
合法であることと、
安全であることは、
別だ。
携帯が震えた。
非通知。
出ると、
三浦の声だった。
『見ましたか』
「……ええ」
『どう思いました』
相沢は、
即答できなかった。
しばらくして、
こう答えた。
「これは、
誰か一人の狂気じゃない」
『はい』
「“許されている空間”が、
ある」
『ええ』
「だから、
止められない」
電話の向こうで、
三浦が息を吸う音がした。
『それでも』
相沢は、
彼の言葉を遮る。
「分かっています」
彼女は、
静かに言った。
「これは、
書くための材料じゃない」
「判断するための材料です」
通話が切れた。
相沢は、
窓の外を見た。
東京は、
相変わらず光っている。
誰もが、
“普通”の生活をしている。
その下で、
誰かが
「例外」を積み上げている。
相沢は、
USBをバッグに入れた。
記事にはならない。
だが、
これを知らないまま
生きることもできない。
――記者である前に、
人として。
彼女は、
次に会うべき人物の名前を、
頭の中で呼んだ。
鷹宮恒一。
直接ではない。
だが、
彼に最も近い場所へ。
判断は、
もう始まっていた。




