異変は、報告に現れない
最初に気づいたのは、数値ではなかった。
空調の音でも、
通信の遅延でもない。
人間の反応だった。
鷹宮恒一は、
地下の会議室で、
いつものように資料に目を通していた。
紙ではない。
画面でもない。
彼の頭の中にある、
進行表だ。
――予定通り。
――誤差、許容範囲。
――人員、全員機能。
問題は、
**その“問題のなさ”**だった。
「……」
彼は、
報告役の男から目を離さずに言った。
「今の説明を、
もう一度」
男は、
一瞬だけ言葉に詰まった。
「はい……
ええと、
特に変わった点は――」
鷹宮は、
その続きを待たなかった。
「“特に変わった点はない”
という報告が、
三回続いている」
部屋の空気が、
わずかに硬くなる。
「それは、
偶然か?」
誰も答えない。
鷹宮は、
静かに椅子にもたれた。
「進行中の計画において、
人間が関与する以上、
何かは必ず起きる」
「起きていないとしたら、
それは二通りだ」
彼は、
指を一本立てる。
「一つ。
本当に、
何も起きていない」
指をもう一本。
「もう一つ。
起きたことが、
上がってきていない」
誰かが、
息を呑む音がした。
鷹宮は、
それを聞き逃さない。
「私は、
後者を疑っている」
報告役の男が、
視線を逸らした。
その仕草は、
一秒にも満たない。
だが、
十分だった。
「君は、
“知らない”のではない」
鷹宮の声は、
感情を含まない。
「“判断していない”」
男は、
慌てて首を振る。
「いえ、
そんな――」
「違う」
鷹宮は、
淡々と遮る。
「判断していないのではない。
判断を、
他人に委ねた」
その言葉は、
責めではなかった。
診断だった。
「誰に」
男は、
唇を噛んだ。
「……上、です」
その瞬間、
鷹宮の中で、
一本の線が繋がった。
上。
つまり、
この場ではない場所。
「分かった」
鷹宮は、
それ以上追及しなかった。
代わりに、
会議を切り上げる。
「今日は、
ここまでにしよう」
誰も反論しない。
人が出ていくのを見送り、
最後に残った鷹宮は、
照明を落とした。
暗闇の中で、
彼は考える。
――内部からの裏切りではない。
――だが、
外部の視線が、
内側に入り始めている。
それは、
彼にとって未知ではなかった。
過去にも、
何度かあった。
研究室時代。
企業との共同研究。
政治家との非公式接触。
必ず、
同じ兆候がある。
誰も、
止めに来ない。
止めに来ない代わりに、
「様子を見る」者が増える。
それは、
介入の前触れだ。
鷹宮は、
机の引き出しから
一冊のノートを取り出した。
古い。
デジタル化されていない。
誰にも共有していない。
そこに、
一行だけ書き足す。
外部の“合理”が動き始めた
内部は、まだ自覚していない
彼は、
ペンを置いた。
――三浦。
その名前が、
頭をよぎる。
直接の証拠はない。
だが、
彼なら、
組織を通さずに動く。
それは、
鷹宮が最も警戒していた
タイプの人間だった。
正義感でも、
恐怖でもない。
「自分が終わる覚悟」を
計算に入れる人間。
鷹宮は、
薄く笑った。
「……遅い」
誰に言うでもなく、
呟く。
「もう、
引き返す段階は
過ぎている」
だが同時に、
彼は理解していた。
――これは、
失敗の兆候ではない。
――物語が、
外に漏れ始めただけだ。
そして、
物語が外に出たとき、
必ず起こる。
誰かが、
「止めたつもりになる」。
鷹宮は、
照明を点けた。
その光の下で、
彼の表情は
冷静そのものだった。
だが、
胸の奥では、
別の感情が芽生えている。
――次は、
誰が
“切られる側”になるか。
それを見極めるために、
彼は動き始めた。
静かに。
確実に。




