重心の発見
大学院の研究室は、いつも無音に近かった。
機器の低い駆動音と、紙をめくる音だけが、時間の経過を証明していた。
鷹宮恒一が博士課程に進んだのは、特別な情熱があったからではない。
ただ、そこに留まるのが最も合理的だった。
学部時代から、彼は常に「次に進む理由」を外部に求めなかった。
進める場所があるなら、進む。
それだけだ。
指導教官は、温厚な人物だった。
政治的な発言は避け、研究費の確保と論文数の管理に長けていた。
鷹宮を高く評価していたが、踏み込みはしなかった。
「君は、問いの立て方が独特だね」
そう言われたのは、三年目のゼミだった。
褒め言葉なのか、警戒なのか、鷹宮には判別できなかった。
彼の研究テーマは、理論そのものよりも
「前提条件の置き方」に重心があった。
何を不変とし、何を切り捨てるか。
その選択こそが、結論を決める。
「現実は、仮定の集合体です」
ゼミでそう発言したとき、
数人の院生が笑った。
冗談だと思ったのだろう。
鷹宮は笑わなかった。
冗談ではなかったからだ。
研究室の飲み会には、ほとんど参加しなかった。
理由を聞かれれば、「酒が弱いので」と答えた。
実際、弱くはなかったが、
酔いという状態が、彼には非効率に思えた。
ある夜、遅くまで残っていたのは鷹宮一人だけだった。
ホワイトボードには、彼が書いた数式と図式が残っている。
それは物理の式というより、
システムの安定条件を示す模式図に近かった。
ふと、彼は思った。
――なぜ、この構造は国家には適用されないのか。
人間は不完全だ。
感情に流され、短期的利益を選ぶ。
だが国家は、もっと長い時間軸で存在する。
ならば、人間の欠陥を前提に設計されるべきではないか。
その発想は、
誰かに教えられたものではなかった。
ましてや、特定の思想書から得たわけでもない。
ただ、
「そうでなければ説明がつかない」
という感覚があった。
翌日、研究室の掲示板に貼られたチラシが目に入った。
学内講演会。
テーマは「戦後日本の精神構造」。
登壇者は、年配の評論家だった。
鷹宮は、期待せずに聴講した。
講演の内容は、正直に言って粗かった。
史料の扱いも、論理の飛躍も多い。
だが、一つだけ、彼の思考に引っかかる言葉があった。
「戦後日本は、
国家の重心を失ったまま、
均衡しているふりをしている」
鷹宮は、その表現を気に入った。
正確ではないが、
方向は間違っていない。
講演後、質疑応答で彼は質問した。
感情を交えず、
構造の話として。
会場は一瞬、静まり返った。
評論家は曖昧に笑い、
「難しいですね」と答えた。
その瞬間、
鷹宮は理解した。
――この問題は、
誰も本気で解こうとしていない。
研究室に戻り、
彼はノートを開いた。
そこに書いたのは、研究テーマとは無関係な言葉だった。
「秩序は、
自然には生まれない。
設計されるか、
強制されるか、
そのどちらかだ。」
彼はそれを、
危険な思想だとは思わなかった。
ただ、
未解決の問題だと認識しただけだった。
そして、
未解決の問題があるなら、
解こうとするのは、
研究者として自然な態度だと――
そのときの彼は、
疑いもしなかった。




