選ばれたのは、思想ではなかった
それは、
予定にない面会だった。
日時も、
議題も、
事前に知らされていない。
それでも鷹宮は、
断らなかった。
断る理由が、
もうなかったからだ。
案内されたのは、
地下でも、
いつもの会議室でもない。
企業の役員フロア。
セキュリティは厳重だが、
軍事的ではない。
――ここは、
国家の中枢ではない。
その事実が、
彼の中で
静かに響いた。
応接室には、
三人の男がいた。
肩書は、
誰も名乗らない。
だが、
名乗らなくても
分かる。
彼らは、
意思決定を
“職業”にしている人間だ。
「時間は取らせません」
進行役の男が言う。
「確認だけです」
鷹宮は、
椅子に腰を下ろした。
「何を」
男は、
タブレットを操作する。
画面に映し出されたのは、
心理分析の要約。
学歴。
論文。
発言。
公開・非公開の記録。
そこに、
赤字で書かれている。
特性:
・自己正当化能力が高い
・外部承認を必要としない
・撤退判断を“敗北”と認識する傾向
・象徴への帰属意識が強い
鷹宮は、
無言で見ていた。
「……それが?」
進行役は、
淡々と続ける。
「理想的でした」
その言葉に、
鷹宮の眉が
わずかに動く。
「何のために」
男は、
少しだけ言葉を選んだ。
「責任を
最後まで
引き受けるために」
その瞬間、
鷹宮の中で
何かがズレた。
「私は、
主体として
動いてきた」
彼は、
静かに言う。
「誰にも
命じられていない」
「ええ」
男は、
あっさり頷く。
「だからこそです」
別の男が、
口を開く。
「命令されていない人間は、
命令されたとは
主張できない」
その論理が、
一瞬で理解できてしまったことが、
鷹宮を打ちのめした。
――自由意思は、
免罪符にならない。
「……私の思想が、
必要だったのではないのか」
その問いは、
鷹宮自身が
最も信じてきた部分だった。
進行役は、
首を横に振る。
「思想は、
何でもよかった」
「必要だったのは、
あなたが
それを
本気で信じること」
言葉が、
胸に刺さる。
過激だからではない。
純粋だからでもない。
“引き返さない”
という一点。
それだけで、
選ばれた。
鷹宮は、
初めて
言葉を失った。
研究者として、
思想家として、
自分は
“理解している側”だと
思っていた。
だが、
理解されていたのは
自分の性質だった。
「……私は」
声が、
少しだけ
掠れた。
「駒だったと?」
進行役は、
否定しなかった。
「駒、という言葉は
不正確です」
「あなたは、
出口です」
出口。
問題が、
誰かの顔を持って
終わるための。
「あなたが
全てを引き受ける限り、
他は無傷でいられる」
その構造が、
あまりにも
美しく、
醜かった。
沈黙。
鷹宮は、
ゆっくりと立ち上がった。
「……分かりました」
自分でも驚くほど、
冷静な声だった。
「一つだけ、
確認を」
「何でしょう」
「私が
途中で止まったら?」
男たちは、
視線を交わす。
そして、
答える。
「その場合は、
あなたではない
別の“出口”が
開くだけです」
その瞬間、
鷹宮の中で
最後の支柱が折れた。
――自分が止まれば、
世界が変わる。
その思い込み。
彼は、
初めて
笑った。
乾いた、
自嘲の笑みだった。
「……なるほど」
彼は、
小さく呟く。
「私の思想は、
武器ではなかった」
「包装紙だ」
男たちは、
何も言わなかった。
それ以上、
言う必要がなかったからだ。
部屋を出たあと、
鷹宮は
一人でエレベーターに乗った。
鏡に映る
自分の顔を見る。
そこには、
選ばれし者はいない。
ただ、
都合のいい形に
削られた人間が
立っていた。
――それでも。
彼の胸に、
新しい感情が
芽生え始めている。
怒りでも、
絶望でもない。
選ばれなかった
可能性への
静かな興味。
エレベーターが
止まる。
扉が開く。
ここから先は、
彼自身も
想定していなかった領域だ。




