切り捨ては、予定表に書かれていない
それは、
偶然見た資料だった。
正式な共有フォルダではない。
廊下の端末。
ログインしたままになっていた、
誰かの画面。
三浦は、
通り過ぎるつもりだった。
だが、
一つの単語が目に入った。
――「対応完了」。
クリックするつもりはなかった。
本当に。
だが、
指が動いた。
開いたのは、
簡潔な一覧表だった。
案件名。
処理区分。
影響範囲。
どれも、
抽象的な言葉ばかり。
そして、
最下段。
想定外要素
処理方針:自然収束
三浦は、
その行を
何度も読み返した。
自然収束。
それは、
何もしない、という意味ではない。
「誰も守らない」
という意味だ。
詳細を開く。
そこに、
自分の名前があった。
三浦
関係性:非公式
組織影響:限定的
リスク評価:低
備考:内部規律により自壊可能
一瞬、
視界が歪んだ。
――低?
――自壊?
胸の奥で、
何かが
静かに崩れ落ちる音がした。
彼は、
これまでを
振り返った。
内部監査室の会議。
政治任用の男。
「これは命令じゃない」という言葉。
すべてが、
彼を守るための配慮だと
思っていた。
違う。
彼を“外す”ための
準備だった。
三浦は、
椅子に座り込んだ。
――俺は、
止めに来た人間じゃない。
――切られる前提で
置かれた
安全弁だ。
感情が、
追いつかない。
怒りも、
悲しみもない。
あるのは、
異様な納得だった。
鷹宮の顔が、
頭をよぎる。
彼は、
自分が
使われていることを
理解した上で
進んでいる。
だが、
自分は違った。
正義のつもりで、
役割を演じていた。
携帯が鳴った。
相沢からだった。
「……見ましたか」
三浦は、
短く答える。
「ええ」
「あなたの名前も?」
「ありました」
相沢は、
少し黙ってから言った。
「……ごめんなさい」
三浦は、
思わず笑った。
「あなたが
謝ることじゃない」
「でも」
「むしろ、
安心しました」
相沢が、
息を呑むのが分かる。
「理由は?」
三浦は、
窓の外を見る。
庁舎の外では、
何事もないように
車が走っている。
「俺は、
まだ“物語の中”に
いると思っていた」
「でも、
違った」
「最初から、
脚注だった」
沈黙。
「……それで、
どうするんですか」
相沢の問いは、
記者ではなく、
一人の人間のものだった。
三浦は、
すぐに答えなかった。
だが、
答えは決まっていた。
「切り捨て要員には、
一つだけ
自由がある」
「何ですか」
「誰にも
期待されていないこと」
それは、
絶望ではない。
解放だった。
「彼らは、
俺が
自壊すると思っている」
三浦は、
静かに言う。
「なら、
自壊する前に
一つだけ
余計なことをする」
相沢は、
何も言わなかった。
止めなかった。
それが、
答えだった。
通話を切り、
三浦は立ち上がる。
引き出しを開け、
個人用ノートを
手に取った。
最後のページに、
こう書く。
切り捨て要員は
物語を壊す役には
向いている
彼は、
ペンを置いた。
――ここから先は、
誰の想定にもない。
それだけで、
十分だった。




