排除は、命令よりも先に完了している
鷹宮は、
名簿を見ていた。
人数は変わっていない。
だが、
機能している人数は減っている。
その差分に、
彼は目を留めた。
――藤原。
三十代後半。
技術畑ではない。
調整役。
空気を読むことに長け、
誰からも嫌われない。
だからこそ、
最初に“揺れる”。
鷹宮は、
藤原を個別に呼び出した。
場所は、
地下ではない。
表の会議室。
ガラス張り。
監視カメラもある。
「座ってください」
鷹宮は、
丁寧に言った。
藤原は、
少し驚いた表情で頷く。
「最近、
何か困っていることは?」
唐突だが、
不自然ではない。
藤原は、
一瞬考えた後、
首を振った。
「特には……」
「そうですか」
鷹宮は、
一枚の紙を差し出した。
正式文書。
捺印済み。
内容は――
内部確認用の覚書。
「これを、
どう思いますか」
藤原は、
目を走らせる。
数秒。
それから、
眉がわずかに動いた。
「……少し、
踏み込み過ぎでは」
鷹宮は、
その反応を
記憶した。
「どの点が」
「例外規定の運用が、
拡張解釈に見えます」
正しい指摘だった。
だが、
ここで重要なのは正しさではない。
鷹宮は、
静かに頷く。
「では、
この覚書を
誰に共有しますか」
藤原は、
言葉に詰まった。
「……上に、
確認を」
その答えを聞いた瞬間、
鷹宮の中で
結論が出た。
――彼は、
判断を外に出す。
それは、
裏切りではない。
だが、
この段階では致命的だった。
「分かりました」
鷹宮は、
微笑んだ。
「では、
今日はここまで」
藤原は、
ほっとした表情で
立ち上がる。
その背中に、
鷹宮は
声をかけた。
「藤原さん」
「はい」
「しばらく、
表の案件を
お願いすることになります」
藤原は、
少し戸惑った。
「……異動、ですか」
「調整です」
その言葉は、
柔らかい。
だが、
意味は明確だった。
翌日から、
藤原は
重要な会議に
呼ばれなくなった。
資料は届く。
だが、
決裁には回らない。
連絡は来る。
だが、
事後報告だけ。
数日後、
人事から通知が来る。
「外部監査対応のため、
一定期間、
関連業務から外れる」
理由は、
それだけ。
藤原は、
誰にも抗議できない。
なぜなら、
手続きは完璧だった。
鷹宮は、
その様子を
報告書で確認した。
異常なし
業務継続に支障なし
彼は、
ペンを置いた。
――これで、
“揺れる音”は消えた。
だが、
彼の表情は
硬いままだ。
なぜなら、
藤原は
最も危険な存在ではなかった。
危険なのは、
何も言わずに、
判断だけを
外へ渡す者。
そのタイプは、
まだ内部にいる。
鷹宮は、
ノートを開き、
新たに一行書く。
試験一:完了
次は、沈黙する者
彼は、
時計を見た。
時間は、
確実に進んでいる。
外では、
誰かが
「止めたつもり」で
動いている。
だが、
内部はもう、
選別の段階に入っていた。
静かに。
合法的に。
誰も血を流さないまま。
それが、
最も成功率の高い
粛清だった。




