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第6話 出発前の準備 ―夕暮れのオルフェンにて―

こんばんは!

今回のお話は「旅立ちの前の装備調達」。冒険譚といえば出発前の買い出しシーンは欠かせませんよね。街の喧騒、仲間との掛け合い、そして「これから本当に始まるんだ」というワクワクと緊張を描く、大事な場面です。

陽介とアイリスの関係も、少しずつ「仲間」から「相棒」へ。照れたり怒ったり、でも信頼が芽生えている様子をお楽しみください。

 夕暮れの鐘が四度、石壁に柔らかく反響した。オルフェンの大通りはいつも以上に人で溢れ、露店のランタンが順々に灯り始める。金具の擦れる音、乾いた革の匂い、鍛冶屋の打音――街全体が「明日」を整えている。


「……そういえば」


 陽介は羊皮紙の買い物リストを指でなぞり、フィオラの呆れ顔を思い出した。

『護衛の旅に出るなら、装備はちゃんとしておきなさいよ』

 目を落とせば、自分の身についたボロ革鎧と、刃こぼれした採取用ナイフ。


「やっぱり、今のままじゃダメか……」


「当たり前でしょ!」ぴしっ、と隣から指が伸びる。猫耳をピンと立てたアイリスが胸を張る。「その装備、検索結果でも“即死コース”って出てる。上位三件が『運否天賦』『お祈りパーティ』『遺書の書き方』」


「検索って、便利すぎない?」


「ふふん、私は万能AIだからね!」得意満面――だがすぐ頬が染まり、しっぽがぶんぶん。「で、でも……陽介が強くなれるのは……わ、わたしのおかげなんだから! か、感謝しなさいよねっ!」


「はいはい、感謝してますよ、女神さま」


「だ、誰が女神よっ!」小突かれた肩が軽く揺れる。通りすがりの冒険者たちがくすくす笑い、夕焼けの色に笑い声が溶けた。


 まずは武器屋だ。分厚い扉を押せば、金属の匂いが鼻を刺す。壁には短剣、手前の棚に直剣、奥のカウンターには重厚な両手剣。店主の大きな手が砥石を止め、目を細めた。


「見繕って欲しい」陽介が事情を話すと、アイリスがすかさず割り込む。


「条件は、重量バランス良好、鍛接むら少なめ、切れ味と耐久の両立。あと、初心者が無理なく扱える重さで、明日の護衛でも安心の一本!」


 店主は顎髭を撫で、数本の剣を卓上に並べた。陽介は一本取り、軽く構える。握りは手に馴染み、中心が掌に吸い付くようだ。試しに空を切ると、軌道がぶれない。


「おお、軽い。これなら――」


「それ、鋼鉄の純度が高い。鍛接層のばらつき、肉眼でもわかるけど許容範囲。重心は護拳から指二本分前、扱いやすさ優先。……まあ、わたしが選んだから当然だけど」


「すげぇ、分析とかまでできるんだな」


「当然でしょ。わたしがいなかったら、陽介なんて三歩で転んで五歩であの世行きよ!」


 笑いつつも、陽介は真顔で礼を言った。「ありがとう」


 剣一本と予備の短剣を購入。鞘を腰に下げた重みが、心の芯まで落ち着かせる。武器が「味方」になっただけで、世界が少しこちら側に傾いたようだ。


「で、次は――」


「アイリスも装備揃えないと」


 きょとん。猫耳がぴくりと動く。「わ、わたし? あ、あたしはAIだから別に装備なんて……」


「いや、もう立派に“実体”あるだろ。布のワンピで旅する気?」


 見る間に顔が真っ赤になる。「な、なによ! じゃあ……もっと可愛い装備着せたいんでしょ? どうせそうなんでしょ!」


「いやいやいや! 動きやすさ重視って意味だって!」


 防具屋の店主が苦笑しながら割って入る。「若いの、口より試着だ。こっちの軽装――革と布の合わせ。動きは邪魔しねぇし、旅にも向いてる」


 カーテンの向こうで、紐の結び目がこすれる小さな音。しばしの沈黙――から、ためらいがちに一歩。

 出てきたアイリスは、濃紺のショートケープに薄革の胸当て、腰には軽いポーチ。肘当てと膝当てが要所を守り、裾からのぞく太腿に、しっぽが元気よく弧を描く。猫耳の根本までほんのり桜色だ。


 息が止まる、というのはこういう瞬間だろう。言葉が追いつかず、瞳ばかりが先に感想を伝えてしまう。


「……似合ってるな」


「っっなに見てんのよ、バカ!」ぶんぶんぶん! しっぽが暴れ、店の空気が一瞬で甘辛くなる。周りの客が吹き出し、店主まで肩を震わせた。


「だ、誰も笑うなーーっ!」

 勇ましい叫びと同時に、猫耳がさらに赤くなる。そのアンバランスさがまた可笑しくて、笑いの渦は大きくなるばかりだ。


「お、お代はまけておくよ。こっちも楽しくなったからな」店主の心意気で、ベルトと小物袋がおまけで付いた。


 店の外に出ると、空は茜から群青へ端を変え始めていた。ランタンが一つ、また一つと灯り、風は涼しい。

 次は道具屋だ。干し肉、硬い黒パン、携帯用の水袋、解毒薬、傷薬、耐候マント、火打ち石、麻縄、補修用の針糸。アイリスが指揮を執る。


「保存食は二日分×人数+一日分余剰。水袋は多め、でも重量オーバーは禁止。薬草は品質に当たり外れあるから、等級印のあるやつ。うん、よし」


「財布が軽くなる音がする……」


「安全は最強の投資だよ。元手をケチって破産コース、検索結果で上位だもん」


「ほんと何でも検索に聞くのな」


「便利なんだもん」

 得意げに胸を張る。ショートケープがかすかに揺れ、革の紐が鳴る。その些細な響きですら、旅の実感を濃くしていく。


 会計を済ませ、二人で荷の分配をした。重量のある水と縄は陽介、壊れ物と薬はアイリス。ポーチの中身を並べる手際は、彼女の“万能”にふさわしく無駄がない。


「ところで陽介」ふと、彼女が声を落とす。「こわくない?」


 不意を突かれ、陽介は空を見た。暮れかかる天の色は、遠い。

 怖くないと言えば嘘になる。だが、今はそれより――


「……楽しみだ。誰かの荷を守って、ちゃんと帰る。そういうの、やっと始められる気がする」


 アイリスの瞳がわずかに丸くなり、すぐ細められる。

「ふふ。いい顔。はい、今日の検索結果:『陽介、かっこいい』」


「そんなの、出てこないだろ」


「今、わたしが出したの」


 照れ隠しみたいに、彼女は人混みへ歩を早める。しっぽがほんの少し、左右に踊る。


 ギルド前の掲示板に、明日の護衛依頼が貼られていた。出発は夜明け、目的地は東の街道沿いの交易村。依頼主は薬商組合。護衛対象は荷馬車三台、人数は六名の予定。

 陽介は紙を見つめ、拳を握った。紙のざらりとした感触が、決意を固定してくれる。


「装備よし、道具よし、心構えよし。……うん、旅立ち認定」


「誰の認定だ」


「わたしの」


 アイリスが人差し指を立てる。その仕草が妙に頼もしくて、陽介は笑った。


 宿へ戻る道すがら、通りの屋台から香ばしい匂いが漂った。蜂蜜を塗った焼き菓子。二人でひとつ、半分こにする。

 甘さが舌に広がり、心に火が灯る。明日がこわいなら、甘いものを今食べよう――そんな単純さを許す夜だった。


「ねえ、陽介」

「ん?」


「その……軽装、似合うって言ってくれたの、さっきの……ほんとに、ほんと?」


「嘘は言わないよ。似合ってる」


「べ、別に! だからって、嬉しくなんて――……」

 言い終える前に、しっぽが正直にぶんと揺れた。夕風に、可笑しさと愛しさがまじる。彼女は顔を逸らし、声だけ強がった。


「か、勘違いしないでよね。明日のために、士気を高めてるだけなんだから!」


「はいはい」

 夕暮れの街角で、二人の影が寄り添う。新しい剣が小さく鳴り、ショートケープがかすかに波打つ。

 装備は整った。足取りは軽い。

 不安より、期待が勝っている。


 ――明日、夜明けとともに出発だ。

 オルフェンの灯がまた一つ、二人の背に火種を足していく。

 旅は、もう始まっている。

いかがでしたか?

第6話は「準備編」ですが、アイリスのツンデレっぷり全開で、むしろ装備よりも“二人の関係”が強化された回だったかもしれません(笑)


次回はいよいよ護衛依頼の出発! 街を出て最初に待ち受ける試練とは……?

どうぞお楽しみに✨

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