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最終話 朝、いつもが欠けていた

夜は静かに終わり、朝は変わらずやってくる。

空は晴れ、街は動き、昨日の続きが始まる――はずだった。


だが、ほんの一つだけ。

当たり前だったものが、そこにはなかった。

 朝の光が、窓から差し込んでいた。

 薄いカーテンを通して、柔らかく室内を照らす。


 陽介は、ゆっくりと目を開けた。

(……朝か)

 窓の外では、すでに街が目を覚ましている。人の声、荷車の音、遠くで鳴る鐘。


 陽介は、いつもの時間に目を覚ました。

 身体の調子も悪くない。昨日の疲れも残っていない。

 

 よく眠れた。そう感じた。

「……行くか」


 そう呟いて、部屋を出る。

 隣の部屋――アイリスの部屋の前で、足が止まった。


 ノックをするつもりで、手を上げる。

 だが、なぜかそのまま止まった。


「アイリス、おはよう」


 声をかける。

 返事はない。


「起きてるだろ。そろそろ集合だぞ」


 いつもなら、ここで何かしら返ってくる。

 文句か、皮肉か、寝起きの不機嫌な声か。


 ――何もない。


「開けるぞ」

 陽介は、もう一度だけ呼んだあと、扉に手をかけた。



 部屋の中は、夜の名残をそのまま残していた。


 カーテンは半分閉じられ、朝の光が斜めに差し込んでいる。

 空気は冷えすぎてもおらず、暖かすぎもしない。


 ベッドに、布団があった。


 きちんと畳まれていない。

 片側が沈み、寝返りを打ったような皺が残っている。


 ――寝ていた。


 そうとしか思えない形だった。


「……?」


 陽介は、ゆっくりと近づいた。


 枕の位置は変わっていない。

 布団は、途中で起き上がった様子もない。


 それなのに。


 床に、衣服が落ちていた。


 上着。

 インナー。

 飾り紐。


 順序はなく、畳まれてもいない。

 脱いだというより、その場に落ちたような形。


 まるで――

 中身だけが、静かに抜け落ちたように。


 陽介は、その場から動けなかった。


「……アイリス?」


 声に出してみる。

 返事はない。


 部屋を見回す。


 靴は、入口に揃ったまま。

 弓の矢筒も、壁に立てかけたまま。

 窓は閉じられている。


 外へ出た痕跡は、どこにもない。


 それでも。


 ベッドには“誰かがいた形”があり、

 床には“誰かが着ていたもの”が残っている。


 なのに――

 本人だけが、いない。



 陽介は部屋を出た。

 廊下を歩き、階段を下りる。


 一階では、ガルドとフィオラがすでに準備をしていた。


「おう」

 ガルドが顔を上げる。

「今日は早いな」


「……はい」


 それだけ答えて、陽介は一瞬、言葉を探した。


「今日は――」


 ガルドが言いかけて、止まった。


 数秒の間。

 それだけで、空気が変わる。


「……アイリスは?」


 陽介は、少しだけ息を吸った。


「……いません」


 ガルドは、すぐには何も言わなかった。

 視線を落とし、指で顎をなぞる。


 フィオラが一歩近づき、何も聞かずに頷く。


「今日は、動かない」

 ガルドが言う。


「了解」

 フィオラは短く返した。


 それで決まった。



 宿の外に出ると、空はよく晴れていた。

 雲一つない、いつもの朝。


 街は動いている。

 人は笑い、店は開き、依頼書は張り替えられていく。


 陽介は、無意識に隣を見た。

 そこに、いつもいるアイリスがいる前提で、視線だけが動く。


 ……何もない。


 それでも、街は今日の予定を進めていく。


 昨日まで、当たり前にあったもの。

 声。

 気配。

 索敵の報告。


 それらが、確かに欠けている。


 世界は変わらない。

 ただ一つだけ、戻らないものがある。


 陽介は空を見上げた。


 晴れている。

 どこまでも。


 その下で、彼はしばらく立ち尽くしていた……

最後まで読んでいただきありがとうございました。

途中更新が止まってしまいましたが、何とか再開することができました。


また別の作品で、皆様とお会いできることを楽しみにしております。

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