第43話 確かな背中
山を越え、森を抜け、目的の薬草を確保した一行は、帰路につく。
長い行程の終盤。
疲労はあるが、不安はない。
理由は明確だった。
索敵があり、前線があり、そして――弓がある。
これまで積み重ねてきたものが、形として現れる一日。
それはただ「できるようになった」という、当たり前の確認の時間だった。
帰路の朝は、静かだった。
霧が低く流れ、木々の隙間から差し込む光が、地面にまだらな影を落としている。
「今日中には街に戻れるな」
ガルドが前を見たまま言う。
「ええ。問題なければ夕方前には門が見えるはずです」
フィオラが地図を畳んだ。
アイリスはすでに周囲を探っている。
「……反応なし。気持ち悪いくらい静かね」
「平和ってやつだろ」
陽介は弓を背負い直しながら応じた。
この数日、矢筒の軽さが変わった。
減る速度が早い。それは無駄撃ちが増えたからではない。
必要な場面で、必要な数を使えるようになった証だった。
◆
街道に合流するまでの森は、油断できない場所だ。
だが、今回は違った。
「右奥、距離三十。小型」
アイリスの声が淡々と落ちる。
陽介は即座に立ち止まり、弓を構えた。
呼吸を整え、引き絞る。
矢は音もなく放たれ、茂みの向こうで短い音を立てた。
「処理完了」
アイリスが言う。
「……早いな」
ガルドが感心したように鼻を鳴らす。
「前なら、ここで隊形を組み直してた」
「今は必要ありません」
フィオラが頷く。
「索敵と後衛が機能している」
「頑張りますよ」
陽介が軽く返す。
「……誰のおかげだと思ってるのよ」
アイリスが即座に噛みつく。
「はいはい。アイリス様のおかげですよ」
「わかればよろしい」
四人の間に、軽い笑いが落ちた。
歩みは止まらない。
◆
昼前、もう一度だけ小さな群れと遭遇した。
三体。街道を横切るように現れた魔物だ。
「左から来る」
アイリスの声。
言葉が終わる前に、陽介はすでに二射目を放っていた。
一体が倒れ、残りが散開する。
「フィオラ」
「ええ」
前線が一歩前に出る。
だが、それは“時間稼ぎ”ではなかった。
三射目。
四射目。
魔物は前線に触れる前にすべて倒れ伏した。
「……もう、壁いらないんじゃないか?」
ガルドが冗談めかして言う。
「さすがにそれは困ります」
フィオラが即答する。
「前に立つ人間がいなくなったら、後ろは不安になりますから」
「聞いたか、陽介」
「はい。調子に乗らないようにします」
会話は軽く、歩調も変わらない。
ただ一つ、確実に変わったものがあった。
矢を放つ背中に、迷いがなかった。
◆
午後、街が見え始めた。
石造りの外壁と、行き交う人影。
「帰ったら報告だな」
「報酬、楽しみですね」
「先に風呂」
「それ重要」
いつものやり取り。
何も変わらない。
その中で、アイリスは一度だけ足を止めた。
そして――
何も言わなかった。
代わりに、ほんの一瞬だけ、陽介の横顔を見た。
風が斜面を抜け、木々を揺らす。
次の瞬間、彼女はまた歩き出していた。
◆
街道を抜け、門が近づく。
冒険は終わり、日常に戻る。
「いい仕事だったな」
ガルドが言う。
「ええ」
フィオラが頷く。
陽介は弓に触れ、静かに息を吐いた。
自分の足で立ち、
自分の手で守り、
自分の判断で進む。
それが、できるようになった。
第43話は、薬草遠征の帰路を描きました。
森を抜け、街道へ戻り、いくつかの小さな遭遇を処理しながら街へ帰還します。
次回は、ギルドへの報告と報酬受け取り、そして次の依頼へ向けた準備に入ります。




