第39話 遠征の始まり
それは派手な依頼ではなかった。
討伐でも、救援でもない。
ただ「取りに行く」だけの仕事。
だが、その薬草は貴重で、
自生地は遠く、行程は長い。
だからこそ、受ける冒険者は少なかった。
四人は顔を見合わせ、
そして、迷わずその依頼を手に取る。
それが、この遠征の始まりだった。
冒険者ギルドの掲示板の一角。
依頼書の前で、陽介は足を止めていた。
「……山を三つ越えた先、か」
紙に書かれた地図は簡素だが、距離感だけははっきりしている。
街道を外れるのは最後だけ。だが、そこまでが長い。
「薬草採取か」
ガルドが隣から覗き込む。
「《リュミナ草》。毒消しや万能薬の原料になるらしい」
フィオラが補足する。
「品質が良ければ、かなりの値がつくわ」
陽介は頷いた。
「だから敬遠されてるんですね。距離のわりに、危険度が読みにくい」
「そういうこと」
フィオラは依頼書を指で叩く。
「魔物は多くない。でも、行程が長い。途中で引き返すのも難しい」
その会話を聞きながら、アイリスが周囲を見回した。
「索敵的には問題なさそう。街道沿いは安定してるし、森に入るのは最後だけ」
ガルドは少し考え、笑った。
「……4人で行けるな」
陽介は驚かなかった。
それが自然な判断に思えたからだ。
「はい」
即座に答える。
「弓があれば、距離を保てます。索敵があるなら、先制もできます」
「言うようになったな」
ガルドは感心したように頷く。
「当然でしょ」
アイリスが腕を組む。
「私が見つけて、陽介が落とす。それで十分」
「はいはい」
陽介は苦笑する。
◆
依頼を受け、準備を整えた四人は、翌朝には街門を抜けていた。
背中の弓の重さは、もう違和感にならない。
陽介にとって、それは“持っていて当たり前のもの”だった。
「長旅になるな」
フィオラが言う。
「でも、急ぐ必要はない」
ガルドが前を見据える。
「街道は安全だ。無理をしない」
アイリスは耳を動かし、周囲の気配を探る。
「……今のところ、変なのはなし」
「了解」
陽介は短く返す。
そのやり取りは、あまりにも自然だった。
誰も説明しない。誰も指示しない。
ただ、役割がそこにあるだけ。
◆
昼前、街道沿いの丘に差しかかった頃。
アイリスが足を止めた。
「……少し先。右側の斜面に動き」
「数は?」
陽介が即座に問う。
「二体。距離は遠い。まだ気づいてない」
「回避できるな」
ガルドが言う。
「でも、進路的に重なる」
フィオラが補足する。
陽介は弓に手をかけた。
「先に落とします」
誰も止めなかった。
弦を引き、呼吸を整える。
一射目で一体目が倒れ、
二射目で二体目が地面に伏した。
「……問題なし」
アイリスが確認する。
「助かるわね」
フィオラが素直に言った。
「弓があると、ほんとに楽だな」
ガルドが笑う。
陽介は少し照れたように答えた。
「頑張りますよ」
「……誰のおかげだと思ってるのよ」
アイリスがすぐに言う。
「はいはい。アイリス様のおかげですよ」
「わかればよろしい」
四人は小さく笑い、再び歩き出した。
◆
夕方近く。
遠くに、最初の山影が見え始める。
「今日はここまでだな」
ガルドが言う。
「無理はしない」
陽介は頷きながら、弓を背負い直した。
この遠征は、まだ始まったばかりだ。
だが、不安はなかった。
四人で行く。
それが、当たり前になっていた。
第39話は、薬草遠征編の導入回です。
派手な事件はなく、
ただ「4人で行くのが自然」な流れを描いています。
弓が前提になり、
索敵と判断が噛み合い、
誰もそれを疑わない。
この“当たり前”が、
この先の物語を静かに支えていきます。
次回は、行程の本格化。
長い道のりと、小さな判断の積み重ねが始まります。




