第21話 初めての訓練 剣から弓へ――新たな適性
冒険者として生き残るために。
陽介はついに訓練の日々へと足を踏み入れる。
基礎体力づくりから始まり、汗と筋肉痛にまみれる毎日。
そして剣の稽古では容赦なく叩き伏せられる。
しかしガルドは、陽介の身体の特徴を見抜き、思いがけない提案をする。
――「剣ではなく、弓の方が適性がある」
半信半疑で手に取った弓は、彼に新たな可能性を示す。
基礎体力づくり
翌朝、陽介はギルドの訓練場に立っていた。
朝露に濡れた地面。木製の訓練人形や丸太が並び、既に数人の冒険者が汗を流している。
ガルドは片腕を吊りながらも、声は豪快だった。
「まずは基礎体力だ! 走れ、跳べ、筋肉をつけろ! 剣を振るのはその後だ!」
陽介はグラウンドを走り出す。だが、数分もしないうちに息が上がった。
「はぁっ、はぁっ……なんで、こんなに……」
「陽介ー! 顔が死んでるー!」
木陰から声が飛ぶ。アイリスだった。しっぽを振りながら、まるで見物客のように手を振っている。
「しっぽ振って応援してるんだよ! ――って、全然応援になってねぇ!」
陽介が叫ぶと、アイリスはにやにや笑って返す。
「だって、陽介がへろへろになってるの、面白いんだもん♪」
その言葉に、周囲の冒険者がくすりと笑った。
陽介は赤面しながらも歯を食いしばり、さらに走る。
数十周を走り終えたころには、膝が笑い、汗で全身がぐっしょりだった。
「……も、もう無理……」
地面に倒れ込みそうになると、ガルドの豪快な声が落ちる。
「根性を見せろ! 体が動かなくなってからが本番だ!」
「うわぁぁぁぁ……!」
陽介は必死に腕立て伏せを始めた。
その背後から、またアイリスの声。
「ひとーつ、ふたーつ……遅っ! カタツムリより遅いー!」
「うるさいっ!」
涙目で叫ぶ陽介に、彼女はケラケラ笑っていた。
翌日の積み重ね
二日目も、三日目も、同じような訓練が続いた。
最初は一周ごとにへばっていたが、次第に二周、三周と走れる距離が伸びていく。
腕立ても、最初は数回で崩れていたが、十回、二十回と数が増えていった。
「……あれ? 陽介、昨日より早くなってるじゃん」
アイリスが首をかしげる。
「そりゃあ、やってれば少しはな……」
陽介が息を整えながら答えると、彼女はしっぽをふりふり。
「へぇ、やるじゃん。昨日はミジンコレベルだったけど、今日はカエルくらいにはなったかな」
「昆虫の例えはやめろ!」
陽介が叫ぶと、見ていた冒険者たちがまた笑い声を上げた。
そんなやり取りが続くうち、陽介の顔にも少しずつ笑みが戻ってきた。
身体は痛い。だが、確かに成長している手応えがあった。
剣の稽古
数日後、ついにガルドが木剣を取り出した。
「よし、基礎体力もついてきたな。次は剣だ」
陽介は木剣を両手で構える。だが手汗で柄が滑り、緊張で心臓が跳ねていた。
対するガルドは、片腕を吊ったまま、もう片方だけで木剣を握る。
「本気でかかってこい」
「よ、よろしくお願いします!」
――そして数秒後。
「……いててて……」
陽介は地面に転がっていた。頬には赤い線、肩には痺れ。
「弱すぎる!」
ガルドの怒声が響く。
「頭を守るだけで必死か! 剣は盾じゃねぇ! 攻めてこそ活きるんだ!」
「わ、わかってます! でも!」
立ち上がる陽介に、アイリスの声が飛ぶ。
「陽介ー、もう二十回は地面に転がってるよ! 地面と仲良しすぎー!」
「笑ってないで助けろ!」
「だってこれは鍛錬でしょ? 横から口出ししたら台無しじゃん♪」
アイリスの茶々が飛ぶたびに、陽介の顔は赤くなる。だが同時に、心の奥に小さな炎が灯った。
(負けてたまるか……!)
何度も地面に転がされながらも、陽介は立ち上がり続けた。
汗と泥にまみれ、息は荒れ、足は震えている。
だが、その姿にガルドの口元がわずかに緩んだ。
「根性は合格だ。……だがな」
木剣が再び振り下ろされ、陽介はまた地面に叩きつけられた。
「技術はゼロ点だ!」
「うぅぅぅ……」
涙目の陽介に、アイリスは楽しそうに言った。
「頑張れ、未来の最弱剣士くん♪」
「それ励ましになってねぇ!」
陽介は叫びながらも、また立ち上がった。
小さな前進
日が傾き、訓練が終わった頃。
陽介は全身ボロボロで地面に座り込んでいた。
肩で息をし、顔には泥と汗。
「よくやった」
ガルドが短く言う。
「今日はただ打ちのめされただけだ。だが、それを繰り返していくうちに、必ず剣は体に馴染む。明日も来い」
「……はい!」
陽介は力を振り絞って答える。
アイリスが隣に座り込み、タオルで彼の顔を拭った。
「泥だらけ。ほんと見てらんない」
「なら最初から応援してくれよ……」
弱々しく文句を言うと、アイリスは顔を赤くしてしっぽを揺らした。
「べ、別に……。泣きそうになるのが嫌だから見てただけよ」
その言葉に、陽介は思わず微笑んだ。
小さな前進が、確かにそこにあった。
剣の基礎を終えて
数日間にわたり続いた剣の訓練。
走り込みや腕立て伏せ、素振りの反復、ガルドとの打ち合い。
最初は一合も受け止められなかった陽介も、今では十合、二十合と木剣を交わすまでに成長していた。
もっとも、結末はいつも同じ。
「ぐえぇっ!」
陽介が地面に転がり、アイリスが大笑いする。
「また地面にごろんごろーん♪ もう土とお友だちだね!」
「う、うるさいっ!」
悔しさを噛みしめながらも、陽介は必死に立ち上がり続けた。
その粘りに、ガルドは満足げに頷いた。
「よし。剣の基礎は一通りできるようになったな」
陽介は泥だらけの顔を上げる。
「ほんとですか? まだ全然勝てませんけど……」
「勝つのはまだ先の話だ。だが“形”は身についた」
そう言ったガルドが、不意に真剣な眼差しを向けた。
ガルドの提案
「……だがな、陽介。ここで武器を変える」
「えっ? 変えるって……剣じゃなくなるんですか?」
「ああ。お前の体つき、特に肩と腕の使い方を見てると、どうも剣よりも弓の方が適性がある気がする。無理に剣を続けるより、向いている武器を伸ばした方が戦力になる」
陽介は目を丸くした。
「弓……ですか?」
横で聞いていたアイリスが口を挟む。
「へぇー、いいじゃない。だって陽介、剣振るより石投げてる方が当ててたしね。もう最初から“投げ専”っぽかったもん」
「それ言うな!」
陽介は顔を真っ赤にした。
ガルドは苦笑しつつも、壁に立てかけられた練習用の弓を手に取った。
「まあ試してみろ。弓を引いて的を狙え」
初めての弓
陽介は弓を受け取り、弦を引いた。
「うっ……けっこう硬いな」
肩と背中にかかる張力がずしりと響く。だが不思議と、握った感触はしっくりきた。
ガルドが短く指示する。
「狙いは胸じゃなく背中で引け。肘を張り、的の中心を見ろ」
陽介は息を整え、矢を放つ。
――ひゅん、と風を切る音。
矢は一直線に飛び、訓練場の的に突き刺さった。
深々と。
「……当たった!?」
陽介が驚きで目を見開く。
ガルドは腕を組み、豪快に笑った。
「初めてでこれはなかなかだぞ! 威力も十分だ。やはり弓の方が上達が早く戦力になる」
アイリスがパチパチと手を叩いた。
「すごーい! でも、まぐれかもしれないし、もう一回もう一回!」
「……お前、素直に褒められないのか」
ぶつぶつ言いながらも、陽介は再び弓を引いた。
二射目、三射目。
矢は的の中心に近い位置に立て続けに突き刺さる。
アイリスの目が大きくなった。
「え、ほんとに当たってる……! ちょっと悔しいんだけど」
陽介は思わず笑みをこぼす。
「剣よりもしっくりくるな。これなら……!」
弓の訓練の日々
それからの日々は、弓の訓練に明け暮れた。
矢をつがえ、引き、放つ――その反復を何百、何千と繰り返す。
腕と背中は筋肉痛で悲鳴を上げた。
「いっててて……!」
矢筒を背負うだけで肩が痛む。
「陽介ー、また顔が死んでるー! 的の方じゃなくて地面に倒れる気?」
「違うわ!」
矢を拾う姿すらアイリスの茶々のネタにされる。
だが不思議なことに、心は折れなかった。
矢が的に刺さるたび、体の奥に小さな快感が広がる。
「……こっちの方が上達が早く戦力になると思う」
ガルドが真剣に言った。
「適性が弓なら、それを磨いた方がいい。剣は補助で十分だ」
陽介は大きく頷く。
「はい。剣も学び続けますけど……今は弓を極めたいです」
その横でアイリスがまた口を挟む。
「いいんじゃない? 私の索敵と陽介の弓、相性よさそうだし。……でも外したら全部“私のせい”にされそうだからイヤだけど!」
「そんなこと言わねぇ!」
二人の言い合いに、訓練場はまた笑いに包まれる。
新しい一歩
夕暮れ。訓練を終えた陽介は、弓を手に立っていた。
まだ未熟だ。だが、確かに手応えがある。
「よし、今日のところはここまでだ」
ガルドが声を張る。
「陽介、お前の武器は弓だ。ここから先は徹底的に叩き込むぞ」
「はい!」
陽介は胸の奥に熱を抱きながら答えた。
アイリスが隣に立ち、しっぽをふりふりしながら小さく呟いた。
「……まあ悪くないわね。アンタが強くなれば、私も安心して戦えるし」
「なんだよ、素直に言えばいいのに」
「なっ、言ってないでしょ! 勘違いしないでよ!」
赤い顔をしてぷいっとそっぽを向くアイリス。
その横で陽介は、確かに自分の中に芽生えた“新しい武器”の感覚を噛みしめていた。
「剣から弓へ」。
ガルドの提案により、陽介は自らの適性に気づき、新しい武器として弓を手にした。
初めての射撃で見せた手応えは、彼の未来を示すものだった。
そして、アイリスの茶々に支えられながら、弓の道を歩み始める。




