第19話 オルフェンの灯と小さな安息
死闘の夜を越え、援軍と共に魔物を退けた商隊は、ようやく街オルフェンへと辿り着いた。
それは達成感と安堵が入り混じる瞬間であり、張り詰めていた心と身体がようやく緩むひとときだった。
陽介とアイリスもまた、重なる疲労に抗えず、ただ「眠る」という当たり前の行為に救われていく。
束の間の休息――それは、次なる冒険のための大切な時間だった。
ギルドから駆けつけた冒険者たちの加勢もあり、夜道に迫ってきた魔物たちはすべて討伐された。剣戟の余韻が静まり返ると、街道には疲労と汗と血の匂いだけが残った。
肩で息をする者、地面に膝をつき空を仰ぐ者。
それぞれが生き残った安堵を味わいながらも、まだ緊張が抜けきらない顔をしている。
街の灯が視界に入ったとき、一行は心からのため息を漏らした。
「見えた……オルフェンの灯りだ!」
「やっと……やっと着いたか……」
馬車を押していた陽介は、汗に濡れた額を拭った。
足は重く、視界は霞む。それでも、門が近づくたびに胸の奥に少しずつ温かさが広がっていった。
◆
街の門は刻限を過ぎていたが、すでに事情を聞きつけていた衛兵たちが待ち構えていた。松明を掲げ、列を整え、一行を迎え入れる。
「よく無事で……! さあ、中へ!」
石畳の音が、耳に心地よかった。
門をくぐった瞬間、張り詰めていた空気がふっと解ける。
街の灯は暖かく、外の闇を遠いものにしてくれた。
ガルドは担架に乗せられ、治療院へと運ばれていった。彼は薄い笑みを浮かべ、仲間たちに短く言葉を残す。
「詳しいことは……明日だ。今日は、みんな休んでくれ」
フィオラはそれに頷き、仲間たちをそれぞれ宿へと案内する。
陽介とアイリスもまた、紹介された宿屋の軒先に立った。
◆
木の看板に吊るされた灯りが、ゆらゆらと揺れている。
戸を開けると、温かなスープの匂いと柔らかな灯火が二人を包んだ。
「……助かったな」
陽介が小さく漏らす。
「うん……」
アイリスも短く答えるが、その声は震えていた。安堵と疲労が一度に押し寄せ、身体中から力が抜けてしまったようだ。
女将が気遣うように笑みを向ける。
「部屋は二階の奥だよ。熱い湯も用意できるけど、もう疲れ切ってるなら……無理せず横になりな」
「ありがとうございます……」
陽介は軽く頭を下げ、アイリスと共に階段を上がった。
◆
部屋に入ると、ベッドが二つ並んでいた。
陽介は靴を脱ぐのももどかしく、そのまま倒れ込む。
「……ふぁぁ……」
布団の柔らかさが背中に広がり、意識が溶けていく。
隣でアイリスもベッドに身体を沈めた。
「ねえ、陽介……」
「ん……」
「本当に……戻ってきてくれて、ありがと……」
か細い声が夜の静けさに溶ける。
陽介は力なく笑みを返した。
「もう泣くなよ……」
「泣いてない……もう泣いてないよ……」
アイリスは言い訳のように呟きながら、目を閉じた。
長いまつげが震え、安堵の涙が一粒だけ頬を伝う。
陽介もまた、まぶたを閉じる。
身体の奥から眠気が這い上がり、考える余裕すら奪っていく。
――よく頑張った。
そんな言葉を互いに心の中で交わしながら、二人は静かに眠りへと落ちていった。
長い戦いを経て、ようやく街に辿り着いた陽介たちは、初めて心から眠ることができた。
恐怖も、痛みも、涙も、今はただ夢の中へ溶けていく。




