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第16話 夕闇の疾走――オルフェンへ

谷での初戦闘を生き延びた一行は、傷ついた仲間を抱えたまま街を目指すことになる。

傷は時間とともに重くのしかかり、夕闇は追い打ちをかける。

門が閉まる刻限までに辿り着けなければ、夜の野営が待つ――そして谷の闇は、二度目の牙を隠し持っているかもしれない。

陽介は一つの決断を下す。自分の足で、仲間の未来を切り拓くために。

 谷に再び静けさが戻った。倒れた盗賊の呻き声だけが残り、砂に血の匂いが染みついている。

 陽介たちは護衛部隊と合流したが、安堵する暇はなかった。ガルドが肩を押さえ、苦しげに息をしている。


「隊長……!」

 フィオラが駆け寄り、鎧を外させると、傷は予想以上に深かった。血は止まらず、布はすぐ赤に染まる。


「……傷薬が、足りない」

 フィオラの声に緊張が走る。


 するとアイリスが耳を立て、視線を周囲に走らせた。

「陽介、あの木の向こうに薬草が生えてる! 青緑の葉、先が丸いやつ!」

「わかった!」


 陽介は飛び出し、必死に探した。地面に膝をつき、指先で葉を確かめる。

 胸の鼓動が耳に響く。時間との勝負だった。


 戻ってきた陽介の手には、ひと束の薬草。アイリスが素早く臼で潰し、傷口に塗り込む。血が薄まり、冷たい香りが広がった。


「応急処置だけど……やらないよりはずっといい」

 フィオラが頷き、布で固定する。


 だが油断はできない。谷に影が迫ってきているように感じた。フィオラが声を張る。

「このままオルフェンまで止まらず進め! 夜を迎えて野宿は危険だ!」


 ガルドは弱々しいながらも頷き、剣を握り直す。

「オルフェンまで行くぞ!」


 商隊の者たちが一斉に声を合わせた。馬の手綱が引かれ、荷車が軋みを上げて動き出す。


 アイリスは耳を澄ませ、目を細めて周囲を探る。

「今のところ魔物の気配はない。索敵は私がやる。みんなは速度を落とさないで」


 夕焼けが谷を赤く染める。だがそれは刻一刻と薄れ、空の端から夜が忍び寄っていた。

 陽介は荷車の後ろに回り、全身の力で押した。腕に痛みが走る。だが止まるわけにはいかない。


「何とか……門が閉まる刻までに着かないと」

 フィオラの声が焦りを隠せず響く。


 刻限を意識するたび、陽介の心臓は早鐘を打った。

 馬の嘶き、車輪の軋み、皆の荒い息――そのすべてが闇に吸い込まれるように感じられた。


「僕が先に行って、助けを呼びましょうか?」

 陽介の言葉に、空気が一瞬凍った。


 フィオラがじっと彼を見つめ、静かに問い返す。

「行ってくれるか?」


 陽介は迷わず頷いた。

「はい。必ず助けを連れてきます」


 アイリスが驚き、声を震わせた。

「え……陽介。そんな危ないこと……!」


「大丈夫。絶対に戻ってくるから。みんなを助けてあげてほしい」


 アイリスは唇を噛み、俯いた。

「……約束だよ。無茶はしないで」


 ガルドも浅い呼吸の中で笑った。

「坊主、頼んだぞ」


 陽介は荷を軽くし、水筒と短剣だけを持つ。盾は置いた。走るために。

「行ってきます!」


 そう叫び、闇の中へと走り出した。



 谷を抜ける道は石と砂の混じる悪路だった。靴底が叩く音が胸の鼓動と重なる。

 夕焼けは消え、藍色の空に月がかかり始める。闇が迫り、視界は狭くなる。


(時間との勝負だ……!)


 風が頬を打つ。影が揺れる。狼の遠吠えに似た音がどこかで響いた気がした。

 だが足を止めるわけにはいかない。


 やがて、遠くに灯が見えた。揺れる光が点々と並んでいる。

「……街の灯だ!」


 胸に熱が走る。足はさらに速くなる。

陽介は荒い呼吸を繰り返しながら、ただひたすらに街道を駆け抜けていた。

夕暮れが終わり、闇が広がる。

風が顔を叩き、胸の奥で心臓が激しく鳴り響く。


「絶対に間に合わせる……! みんなを助けるんだ!」


頭の中で、ガルドが血を流して倒れている姿、必死に馬車を押す仲間たち、そして不安そうな瞳で自分を見送ったアイリスの顔が交互に浮かんだ。

胸が痛い。

脚は棒のように重く、呼吸は喉を焼き、目の前の道は霞んで見える。


それでも陽介は走り続けた。

止まれば全てが終わる気がしたからだ。


やがて街の輪郭が見えた。

オルフェンの街だ。


「着いた……っ!」


門の明かりが見えた時、緊張が一気に緩み、膝が崩れ落ちそうになった。

だが踏ん張る。今倒れるわけにはいかない。


門番に目もくれず、一直線に冒険者ギルドの建物へと駆け込む。


「た、助けてください! 商隊が……魔物と盗賊に……! ガルドさんが重傷なんです!」


荒い息を整える間もなく叫んだ。


「ガルドが危険だと!?」

「何だって……あの鉄壁のガルドが!?」


酒を飲んでいた冒険者たちの表情が一変した。

椅子を蹴倒す音、武具を掴む音、あちこちで金属音が響く。


「全員、出るぞ! 仲間を見捨てて酒なんか飲んでられるか!」

「ガルドを助け出すぞ!」


一瞬で場の空気が戦場に変わった。


その光景に陽介の胸が熱くなる。

こんなにも信頼され、慕われる仲間がいる――。

ガルドという男の背中の大きさを改めて思い知らされた。


「ありがとうございます……!」

陽介は深く頭を下げた。

涙が出そうになる。


「お前も来るんだろ?」

屈強な冒険者が声をかける。


陽介は一度ためらい、だが力強くうなずいた。

「はい……! 僕も戻ります。みんなが待っているんです!」


再び外に飛び出す。

冷たい夜風が全身を包み、疲れた身体をさらに苛む。

けれど、その胸の奥にある思いが、脚を動かし続けた。


「待ってろ、みんな……! 必ず、助ける!」


陽介の瞳には、闇の向こうに仲間たちの姿がはっきりと見えていた。

陽介は仲間を救うため、単身で街へ駆け込み、冒険者たちを動かした。

小さな勇気が大きな波を呼び起こす。

次回、救援が商隊に追いつき、仲間たちは再び街の灯を目指すことになる。

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