第10話 夜の見張り ―火の揺らめきと胸の鼓動―
こんにちは!
今回はいよいよ「夜の見張り」の場面です。
昼の穏やかさとは違い、街道での夜は油断できない緊張感に包まれています。
陽介の不安、アイリスのツンデレな励まし、そして頼れる先輩フィオラ。
三者三様のやり取りを通して「仲間と過ごす夜の重み」を描きました。
焚き火の光に照らされる一幕を、ぜひ想像しながら楽しんでね。
夕食を終えた頃、焚き火の赤い光が夜風に揺れていた。
肉と野菜を煮込んだ簡単なスープの香りがまだ残っていて、腹の奥に温もりが広がっている。けれど、心まで温めてくれるとは限らない。ここは街道沿い――夜の街道に「絶対安全」なんて言葉は存在しなかった。
「見張りは二人ずつ交代だ。それまでは休んでおけ」
護衛長ガルドの低く通る声が、焚き火の輪を包むように響いた。元Aランク冒険者として数々の修羅場をくぐり抜けた男の言葉には、誰も逆らえない迫力がある。
ガルドの視線が陽介たちへと向く。
「フィオラ。お前は陽介とアイリスと一緒に立て。経験の浅い奴らにいろいろ教えてやれ」
「わかった」フィオラは迷わず頷いた。
軽く手を振り、にこりと笑ってみせる。
「お前たちの番の時は私が一緒にいるから安心しな」
「ありがとうございます……」
陽介は胸の奥が一気に軽くなるのを感じた。
冒険者見習いの自分にとって「夜の見張り」は未知そのもの。
正直、恐怖でしかなかったのだ。
そんな彼の横で、アイリスは腕を組み、わざとらしく「ふん」と鼻を鳴らす。
「そんなにビビらなくても大丈夫よ。私がセンサーで周囲を監視してあげるんだから」
「いやいや、センサーって……」
「検索機能、レーダー、動体感知。ぜーんぶ完備。半径百メートル以内の動きは一つ残らず把握済みよ。感謝してもいいんだよ?」
胸を張るアイリスの猫耳が、誇らしげにぴんと立った。
「……ありがとう」陽介が小声で呟くと、アイリスは一瞬だけ動きを止め、頬を赤く染めた。
「べ、別に! あんたのためじゃなくて、私自身が安全でいたいだけなんだからね!」
しっぽをばたばたと揺らす様子は、どう見てもツンデレ爆発である。
そのやり取りを見ていたフィオラが、堪えきれずに吹き出した。
「ふふ……あんたたちって本当に仲いいね」
「な、仲良くなんか……!」
「いや、仲いいよな」陽介は素直に頷いた。
「~~~~っ!」
アイリスは顔を真っ赤にして、ばっと立ち上がる。
「寝る!」
そう叫んでテントの入口をばさりと開け、中へ入ってしまった。
「……あーあ」陽介は苦笑し、慌ててその後を追った。
簡易テントの中は狭かった。二人が横になると、肩が触れ合うほどの距離。布の天幕越しに、外の夜風がかすかに伝わってくる。
「……なあ、本当に何も起きないよな?」
陽介は毛布にくるまりながら、心臓の鼓動を落ち着けようと天幕を見上げて呟いた。
「大丈夫」
アイリスの声は小さいけれど、妙に強い響きを持っていた。
「私が絶対に守ってあげる」
その横顔は、焚き火の残光が届かない暗がりでも、ほんのり温かく見えた。
「……ありがとな」
「だから別に、あんたのためじゃないってば……」
言葉とは裏腹に、アイリスのしっぽがそっと陽介の腰に巻きついた。
近くで聞こえる彼女の心臓の鼓動が、外の夜よりもずっと鮮やかに感じられる。
外では護衛たちの足音が交代で響き、遠くで馬が鼻を鳴らした。
夜の冷たい空気が布越しに忍び込み、二人の間だけがほんのりと温まっていた。
「……何もないといいな」
陽介はつぶやき、薄いまぶたを閉じた。
その言葉に答えるように、アイリスの指先がほんの少し陽介の袖を握る。
彼女の頬が、暗闇の中で赤く染まっていた。
――夜は、ゆっくりと更けていく。
読んでくれてありがとう!
第10話は「夜の見張り」の前の静かな時間を描きました。
陽介の不安、アイリスの強がりと優しさ、フィオラの頼もしさ――それぞれの個性が少しずつ混じり合ってきたと思います。
戦闘シーンはなかったけれど、その分「心の距離」がぐっと縮まる夜にできたかな。
次回はついに「最初の夜の異変」。静けさを破る影が、物語を新たな局面へと導いていきます。どうぞお楽しみに!✨




