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第七話 ラスボス登場

相沢凛に案内されるまま、俺はタクシーで都内の一等地にあるという彼女の家へと向かった。車窓から見える景色が、徐々に庶民的なものから、いかにも高級住宅街といった雰囲気に変わっていく。そして、タクシーが止まったのは、冗談みたいに高い塀と重厚な鉄門に囲まれた、広大な敷地を持つ屋敷の前だった。


「…ここが、相沢さんの家か。なんだか、ラスボスが出てきそうな雰囲気だな」

俺の素直な感想に、凛は緊張した面持ちで小さく頷いた。

「…お父様は、少し…気難しい方なので。田中さん、どうか…その、あまり刺激しないようにお願いします」

彼女はそう言ったが、その声には諦めの色が混じっていた。俺がそんな殊勝な態度を取れるはずもないと、彼女も薄々分かっているのだろう。


鉄門が静かに開き、タクシーが屋敷の玄関へと続く長いアプローチを進む。手入れの行き届いた庭園は美しかったが、それ以上に俺の目を引いたのは、庭のあちこちに配置された監視カメラと、時折姿を見せる屈強な体つきの黒服の男たちだった。

(ほう…これは、なかなかどうして。ただの金持ちの家とはワケが違うな。期待できるかもしれん)

俺の「死ねるかもしれないセンサー」が、微かに反応を示し始めていた。


玄関で俺たちを迎えたのは、執事と名乗る初老の男性だった。彼の物腰は極めて丁寧だったが、その目は鋭く俺の全身を観察している。

「お嬢様、お帰りなさいませ。旦那様がお待ちです。…こちらの方が、田中様でいらっしゃいますね」

「ええ、そうよ、じいや。お父様に、急ぎお会いしたいの」

凛は、どこか強張った表情で答えた。


通されたのは、天井が高く、壁一面に本棚が並ぶ、広大な書斎だった。重厚なマホガニーのデスクの向こうに、一人の男が静かに座っていた。相沢凛の父親、相沢玄道あいざわ げんどう。それが、目の前の男の名前だった。

歳の頃は50代半ばだろうか。仕立ての良いスーツを隙なく着こなし、その眼光は爬虫類のように冷たく、感情を読ませない。全身から発せられる威圧感は、そこらのヤクザの親分など比較にならないほど重く、不気味なものだった。

(こいつは…間違いなく「悪の組織」のトップだ。下手をすれば、俺の求める「死」をあっさり提供してくれるかもしれんぞ…?)

俺の期待値が、一気に高まった。


「凛、遅かったではないか。…それで、そちらの男が、お前の言っていた『使える駒』とやらかね?」

玄道の声は低く、抑揚がなかった。その視線は、俺を品定めするように、じろりと一瞥しただけだ。

「はい、お父様。こちら、田中一郎さんです。私の…護衛として、当面の間、力を借りることになりました」

凛は、明らかに萎縮しながら言った。

「護衛、か。随分と荒っぽい見た目の男だが、使い物になるのかね?」

玄道は、俺の鍛え上げられた肉体を見ても、表情一つ変えなかった。


「どうも、田中一郎です。趣味は筋トレと異世界転生です。人生の目標は、トラックに轢かれてチート能力を授かり、ハーレムを築いて魔王を倒し、世界を救った後に名誉の戦死を遂げることです。目下の悩みは、鍛えすぎてトラック程度では死ねなくなったことです。よろしく」

俺は、いつも通り正直かつ簡潔に自己紹介をした。

凛が隣で小さく息を呑み、俯いてしまったのが分かったが、知ったことではない。

玄道の爬虫類のような目が、ほんの僅かに細められた。書斎の空気が、まるで粘性を帯びたかのように重くなる。


「…なるほど。確かに、常識というタガは外れているようだ。凛が連れてくるだけのことはある、ということか。面白い」

しばらくの沈黙の後、玄道は薄い唇の端を歪めて言った。それは笑みというより、獲物を見つけた捕食者のそれに近かった。

「だが、我が相沢家に仕えるというのなら、そのふざけた目的は一旦忘れろ。貴様の力は、あくまで我が家の利益のために使ってもらう。理解できるか、田中一郎君?」

「利益、ね。俺の利益と一致するなら、吝かではない。俺が求めるのは、スリルと興奮、そして何より『最高の死』だ。あんたがそれを提供できるというなら、多少の駒働きはしてやってもいい」

俺の不遜な言葉に、玄道は眉一つ動かさなかった。

「…ククク。面白い。実に面白い男だ。その度胸、あるいはただの馬鹿なのか。いずれにせよ、利用価値はありそうだ」


玄道は、デスクの上に置かれていた葉巻に火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出した。

「我が相沢家は、現在、いくつかの『厄介事』を抱えていてね。それは、お前のような規格外の力を持つ者にしか片付けられない類のものだ。そして、その『厄介事』は、お前の言う『スリルと興奮』には事欠かんはずだ」

(おおっ! いいぞ、その展開!)

俺の心の中で、期待のドラムが打ち鳴らされた。


「娘、凛の身辺警護は当然として、貴様にはいくつか汚れ仕事もこなしてもらう。その働き如何によっては、貴様の望む『最高の死に場所』の情報の一つや二つ、くれてやらんでもない。どうだね?」

「交渉成立だ。ただし、俺の行動にいちいち指図はするな。結果は出す」

「よかろう。結果こそが全てだ」

玄道は、満足げに頷いた。その瞳の奥には、俺という新たな玩具を手に入れた子供のような、残酷な光が宿っていた。


こうして、俺は相沢家の「厄介事」に、自ら首を突っ込むことになった。この家の闇、そしてその主である相沢玄道という男の底知れない悪意。それが俺にどれほどの「死のチャンス」をもたらしてくれるのか。俺の新たな日常は、この悪の巣窟の中で、刺激的に始まろうとしていた。


玄道が、ふとインターフォンに手を伸ばした。

「…どうやら、最初の『厄介事』が向こうからやってきたようだ。田中一郎、早速だが腕試しだ。歓迎の準備をしてやれ」

その言葉と同時に、屋敷の外から複数の車の急ブレーキの音と、何かが破壊されるような轟音が響いてきた。

俺は思わず、獰猛な笑みを浮かべた。

(上等だ…! 早速、死なせてくれるってか!? この悪の親玉も、なかなか話が分かるじゃないか!)

俺の鋼の肉体が、新たな戦いを求めて、うずき始めていた。

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