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第五話 駅前の喫茶店にて

俺たちが向かったのは、駅近くの昔ながらの洋食屋だった。俺は本能的に高タンパク・高カロリーなメニューを選び、いつものように「死ねなかった」ことへの自戒と次なる死への渇望を胸に、しかし目の前の食事には真摯に向き合う。つまり、黙々と大量に食べるということだ。


一方、相沢凛は、俺が頼んだ山のような「特製デラックスコンボプレート(ライス特盛、鶏むね肉ソテートッピング)」と、自分の頼んだ可愛らしいオムライスを交互に見比べながら、どこか面白そうに、そして少しだけ心配そうに俺を見ていた。


「田中さん…本当に、その…お強いんですね」

しばらくして、彼女がおずおずと口を開いた。フォークの先でオムライスのケチャップをいじりながら。

「強いというか…死ねないだけだ。さっきのスナイパーも、もっとこう…ドカンと一撃で魂ごと異世界に送ってくれるような威力はなかった。期待外れもいいところだ」

俺が鶏肉を咀嚼しながら不満を漏らすと、凛は少し伏せていた目を上げ、俺をじっと見つめた。その瞳には、恐怖や戸惑いとは違う、何かを見定めるような、あるいは共感するような光が宿っているように見えた。


「でも…田中さんがご無事で、本当によかったです。それに…」

彼女は言葉を区切り、ほんの少しだけ声を潜めた。

「…ああいう手合いは、中途半半端に反撃しても、また同じことを繰り返すだけかもしれません。徹底的に、再起不能にするか、あるいは…存在そのものを消してしまわないと、本当の安全は手に入らないのかもしれませんね」


俺は思わず食べる手を止めた。今、この女子高生はなんと言った? まるで裏社会の交渉人か、あるいは復讐に燃える悲劇のヒロインのようなセリフだ。普通の女子高生が、命を狙われた直後に口にする言葉とは到底思えない。


俺が訝しげな視線を向けると、凛はふっと自嘲気味に微笑んだ。

「ごめんなさい、変なこと言って。でも、私の家は…少し、普通ではないので。そういう汚いことや、力でねじ伏せるような場面を、子供の頃から間近で見て育ちましたから…綺麗事だけでは、大切なものは守れないこともありますし、時には…誰かが泥を被らないといけないこともあるんだって」

その横顔は、年の割には達観しているようにも、あるいは諦めているようにも見えた。どこか育ちの良さを感じさせる雰囲気とは裏腹に、または、そういった環境が故にか、影のある表情だった。


(なるほど…この子も、何やらワケありか…)

俺は内心で頷いた。だからと言って、俺の「死にたい」という目的が変わるわけではないが。

「ふーん。まあ、世の中、いろんな奴がいるからな」

俺は特に深入りせず、再び食事に戻った。俺の興味は、あくまで「どうすれば効率よく死ねるか」という一点に集約されている。他人の家の事情など、正直どうでもいい。


しかし、凛は俺のそんな素気ない態度に、むしろ安堵したような表情を見せた。

「田中さんは…何も聞かないんですね」

「聞く必要も、興味もない。俺が知りたいのは、次の確実な死に場所だけだ」

きっぱりと言い切ると、凛はくすりと小さく笑った。

「ふふ…やっぱり、田中さんは面白いです。お父様や、家の者たちとは全然違う」

彼女の声音には、先ほどまでの影が少し薄れ、どこか楽しげな響きが混じっていた。


(面白い、か…まあ、死にたい男が女子高生にご飯奢ってる図は、確かに面白いかもしれんが)

俺は特に何も言わず、最後の肉片を口に放り込んだ。


凛は、そんな俺の姿をじっと見つめていた。彼女の心の中では、様々な思いが交錯していた。

(この人は…田中さんは、私が今まで知っているどの大人とも違う。お父様のように体面や利益を気にして嘘を重ねることもない。お母様のように世間体を恐れて何も言えなくなることもない。使用人たちのように、顔色を窺って本音を隠すこともしない)

彼女の家は、外面は立派な名家だが、その内実は利権にまみれ、時には非合法な手段も厭わない世界だった。そんな中で育った凛にとって、田中一郎という男の存在は、あまりにも異質で、だからこそ強烈に惹きつけられるものがあった。

(「死にたい」なんて、普通なら狂気の沙汰だ。でも、この人の言葉には嘘がない。自分の欲望に、驚くほど真っ直ぐだ。そして、そのために信じられないような力を手に入れている…)

先ほどのチンピラたちを一瞬で無力化した姿。そして、スナイパーの弾丸を胸で受け止めても平然としていた、常識ではありえない光景。それは、常に何者かの悪意や危険に晒され、窮屈な檻の中で生きてきた凛にとって、圧倒的な「力」の象徴であり、ある種の解放感すら覚えさせるものだった。

(この人の強さがあれば…もしかしたら、私を縛るこの家からも、この運命からも、逃れられるかもしれない。いや、それ以上に…この人の隣にいると、なぜか息がしやすい気がする。こんな風に、誰かと普通に食事をするなんて、いつ以来だろう…)

ほんのりと赤らんだ彼女の頬。その意味にはまだ誰も気づいていなかった。


食事が終わり、店の外へ出る。日はとっぷりと暮れ、街のネオンが煌めいていた。

「ごちそうさまでした、田中さん。あの…今日は、本当にありがとうございました」

凛は深々と頭を下げた。

「別に。お前が無事だったのは結果論だ。俺はただ死に損ねただけだ」

「それでも、です。あの…田中さん」

凛は何か言いかけたが、少し躊躇ってから、意を決したように顔を上げた。

「また…お会いできますか?」

その問いには、切実な響きが込められていた。


俺は少し考えるふりをしてから、空を見上げた。

「さあな。俺は常に最高の死に場所を探して彷徨っている。次に会う時は、俺の葬式かもしれんぞ」

「縁起でもないこと言わないでください」

凛が少しむくれたように言った。

「…でも、もし田中さんが困った時は、私も何かお手伝いできることがあれば…私の家は、少しだけ…その、色々なことに詳しいですから」

最後の言葉は、意味深だった。


俺は特に返事はせず、夜の雑踏へと歩き出した。

(さて、次はどんな死に方が俺を待っているかな…)

背後で、凛がじっと俺を見送っている気配を感じながら、俺の「死ねない」日常は、また新たな関係性を孕みつつ、続いていくのだった。

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